Category: 審決取消訴訟

『フランク三浦』商標問題について考える

数日前になりますが、面白いニュースが出てきました。

超高級腕時計の『フランク・ミュラー』のパロディ商品として人気の高い、『フランク三浦』という腕時計のブランドがあり、これが「時計」等を指定商品として商標登録されていました(商標登録第5517482号)。

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これに対して、本家フランク・ミュラー側が無効審判を請求したところ、特許庁審判部は、これを無効とする審決を出しました(無効2015-890035)。これを不服として、フランク三浦側が知財高裁に審決の取り消しを求めていたものについて、知財高裁は請求認容の(すなわち商標登録は有効という)判断を下したというものです。

現段階ではまだ判決文が入手できないためソースはニュース記事のみになってしまいますが、まぁ知財高裁らしい判断かなという印象です。

今回主に争われたのは、商4条1項11号の該当性だと思われます。主引例として商標登録第4978655号(『フランク ミュラー』の標準文字商標)が挙げられ、これとの類似性が議論されたようです。

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日本では、パロディの商標を認めるかどうかという基準はありません。なので通常の商標として、両商標の類似性を判断することになります。(ただし後述するようにパロディならではの論点も多少あります。)

ざっくりみて、『フランク三浦』は「フランクミウラ」と発音されるので、称呼は『フランク・ミュラー』と類似するでしょう。そもそもパロディ商標なので、似ていて当然です。実際この点は特許庁審査・審判・知財高裁の各段階で共通の判断がされています。逆に、外観は一見して非類似でしょう。判断が難しいのは観念で、無効審判と知財高裁ではここで差が出ているようです。

審査基準によると、11号における商標の類否判断では取り引きの実情が考慮されることになっています。が、特許庁の審査段階では、単純に両商標を比較(離隔観察)して、外観や観念が異なるとして登録になったものと思われます。実際に、審査段階では拒絶理由は一度も通知されていません。

それが、無効審判では、称呼は当然類似するとして、観念についても『フランク三浦』からは『フランク・ミュラー』を想起するとして、類似性を肯定し、商標登録を無効としました。フランク・ミュラーの著名性を考慮しての判断です。

一方で知財高裁では、称呼は類似するものの、外観に加えて観念についても、「三浦」部分が日本人を想起させるとして、類似性を否定したようです。どうやら知財高裁は離隔観察の時点で商標非類似と言っているようです(判決文を読まないと正確なことはわかりません)。

この判決はさらに面白い判断をしています。上記だけでバッサリ「非類似」と切ってしまってもよかったのでしょうが(実際にそうしたのかもしれませんが)、知財高裁では両者の価格帯などに触れ、需要者が両商標を混同するおそれがないことを述べています。この「混同」が狭義の混同を指すのか、広義の混同まで含むのか、現段階ではわかりませんが、もし15号との絡みで出てきた議論なら面白いかもしれません。

11号の類似における混同とは、狭義の混同だとされています。つまり、フランク三浦の時計の出所がフランク・ミュラーだと需要者が混同するかというと、それはしないだろうと。だから両商標は非類似なのだという話ならば、それなりにしっくりきます。

一方で15号における混同とは、広義の混同までを含む概念だといわれています。つまり、フランク三浦の時計がフランク・ミュラーから出されているとは思わないにしても、日本における低価格帯向けの時計を製造販売する子会社や関連会社から出されているのではないかと需要者が思う可能性があるのであれば、15号に該当するとして無効にされるはずです。本件は15号にも該当しないと判断されているものですから、もし15号該当性の議論において知財高裁が「ミュラーは多くが100万円を超えるのに対し、三浦は4000円から6000円と安いことなどから、「(広義の)混同は考えられない」と」(同MBS)判断したのならば、この部分はさらに面白いネタとなるでしょう。このあたりは判決文が入手できるまではただの妄想です。

ところでこの判決は弁理士としてなかなか興味深いです。

実際にこの種の相談をよく受けます。仮に「フランク・ミュラーのパロディとして『フランク三浦』という時計を販売していいか」と相談されたら、どう答えたらいいのでしょう。「問題ない、GO!」とはなかなか答えられません。なにせ特許庁の審査及び審判、知財高裁で判断が分かれているのですから、事前に正解を予測しろというのは無理というものです。しかもこれは登録性における類否の議論です。侵害性における類否の議論ならどうなるか、現段階でもわかりません。

このような場合に、私は、どうしても使いたいなら実際に出願してみるようアドバイスすることがあります。出願してみて登録になれば特許庁のお墨付きを得られたとして登録商標を堂々と使用すればいい* ですし、登録できなければ類似商標ということでしょうから使用しなければいいです。商標出願は費用も安いですし、判断が出るまでの期間も4ヶ月程度ですので、複数の弁理士に何十万円もかけて鑑定書をもらったり、特許庁に判定を請求するくらいなら、出願して審査官に判断してもらう方がコスパがいいでしょう。

* ただし、後に無効となった場合には、仮にそれまで商標登録されていたとしても、使用していた期間の損害賠償責任を負うというのが裁判所の立場ですから、100%リスクを回避できるわけではありません。

このような方法を採った場合、本件のように審査段階で離隔観察により非類似と判断され登録になったとして、その後無効審判やその取消訴訟で取り引きの実情が考慮された結果、無効とされてしまうリスクが実務上どれだけあるかは非常に悩ましいところです。本件では審査段階と知財高裁が同様の結論だったので結果的にこのような問題は生じなかったのでしょうが、逆の結論のケースも当然考えられます。

現実問題として、特許庁の審査段階で取り引きの実情を大きく考慮することは不可能でしょうし、今回のように拒絶理由さえ通知されずに登録されてしまうと、出願人にはそのための資料を提出する機会すら与えられません。そういうことは事後的に無効審判で争えということなのかもしれませんが、コストの観点からは個人や中小企業には優しくない制度です。本件のように判断が分かれる可能性があるものについては、審査段階で一度拒絶理由通知を打っていただきたいものです。本件などは拒絶理由通知が打たれていてもよかったケースなように思います。

さて、この判決のニュースは話題になっており、弊所にも「パロディ商標って大丈夫なんですか」という問い合わせが既にありました。たしかに、これまでの日本での商標の争いをみると、フランク・ミュラーのような明らかに著名な商標の持ち主が負けるケースは珍しいように思います。多くの場合、著名ブランドが正義であり、真似をする方が悪なので、よっぽどのことがない限り著名ブランド側が負けることは少ないでしょう。

だからといって「有名ブランドも少しいじればパクってOK」というわけではありません。前述のとおり、日本ではパロディだからどうかという基準はありません。結局は両商標が類似するかを議論するだけです。その過程で、本件のように「需要者層が異なる」というパロディの特徴が結論に何らかの影響を与え得るという程度です。そのような中で、今回フランク三浦は、本気でパロディをしたからこそこのような結論を得たと考えていいと思います。なぜならば、「需要者層が異なる」ことが類否判断に大きく影響するのであれば、粗悪な模倣品についても類似商標が登録しやすいのかというと、そんなことはないはずだからです。

例えば、『GUCCHI』の偽物の『GOCCHI』というブランドがあったとして、これを付したカバンが3千円台で売られていたらどうでしょうか。それを買う人はまさか本物のグッチだとは思わないでしょうから、需要者層は両者で異なります。ならば『GOCCHI』を商標登録して販売することを認めていいかというと、そんなことはないでしょう。やはりパロディをやるにしても、離隔観察の段階で非類似だと判断される商標を選択しないと危険だということです。(そして非類似な商標でパロディをすることは難しいはずです。)

結局、パロディをするにも真剣にやらないといけないということです。フランク三浦は、本気でパロディをした、だから裁判所も許してやろうという結論を下したのだと思います。彼らは自ら時計を作り、しかもその精巧さや品質に定評があったと聞きます。そのような、そもそも特徴のある時計に、著名なフランク・ミュラーをもじった名称をつけて、しかも「三浦」という日本で一般的な姓を選んだことで、一種のギャグ/ユーモアとして評価できるレベルに達していたのでしょう。著名なフランク・ミュラーのブランド力を利用して偽物を売ろうとした事例とは違うということです。

ただ正直、釈然としない部分もあります。価格帯が異なるから需要者が混同しないと言いますが、ではフランク・ミュラーが大衆向けの1万円くらいの時計を売り出したら結論は変わるのでしょうか。

フランク・ミュラー側は、「信用や顧客吸引力への『ただ乗り』目的だ」(朝日新聞DIGITALと主張しているようで、これはまさにその通りでしょう。もし「フランク・ミュラー」という著名ブランドがない世界だったなら、「フランク三浦」はどれだけ売れたでしょうか。ただ乗りではあるが、商標法で保護される利益を損なっていないという判断でしょうか。いまいち納得できません。

それにこれはあくまでも審決取消訴訟です。侵害訴訟でも同じ結論となるでしょうか。さすがにこの判決がある以上、今後商標権侵害訴訟が提起されても、そこで商標非類似と言うのは難しいかもしれません。そういう意味で、フランク・ミュラー側はいきなり無効審判を請求するのではなく、侵害訴訟から入ってその中で類似性や商標登録の有効性を争った方がよかったかもしれません(いまだから言えるわけですが)。

また、不正競争防止法の訴訟ならば、フランク三浦が差し止められる可能性も決して低くないと思われます。仮に商標部分が非類似だとしても、文字盤のデザイン(※フランク・ミュラーの文字盤デザインはかなり特殊的です)もよく似ています。それを商品等表示として類似性が争われた場合、文字盤の類似性を凌駕するほどの非類似性が商標部分にあるかは微妙だと思います。おそらくフランク・ミュラーの著名性は揺るがないでしょうから、2号の適用があります。2号では、著名ブランドの品位を落としたり(ポリューション)、唯一的な地位を傷つけたり(ダイリューション)する行為も制限されるので、フランク三浦の時計はそれらに該当するかもしれません。

そういう意味で、フランク三浦がこのまま販売を続けられるかわからず、まだまだ微妙な案件だといえると思います。

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マイケル・ジョーダンが中国で名前の無断商標登録を潰せなかった事例

中学高校とずっとバスケ部だったのですが、当時マイケル・ジョーダンはすべてのバスケ少年たちの憧れの的で、言葉では言い表せないほどの人気を誇っていました。

そのバスケの神様、マイケル・ジョーダンが、中国で「ジョーダン」の名称を勝手に商標登録されたとして争っていた件が決着しました。結論は、ジョーダン側の敗訴。バスケの神様も中国の法律には勝てなかったようです。

訴訟の内容
事案の概要

中国の乔丹体育という企業が、『乔丹』を含む複数の商標を中国で出願し、登録を得ました。『乔丹』は中国語で人名の「ジョーダン」を意味します。これに対してマイケル・ジョーダンは、自分の名前が勝手に商標登録されたとして、商標登録の無効宣告請求をしたものです。
なお以下の記事では「商標権侵害」となっていますが、本件は無効審決(無効宣告決定)に対する取消訴訟です

なお、本件無効宣告請求は、先だって行った異議申立が却下されたことを受けて、2012年に商標評審委員会に対してなされ、2014年4月に請求棄却(商標登録維持)の決定がなされました。これを受けて、ジョーダン側は今年の初めに北京市第一中級人民法院に審決取消訴訟を提起しましたが、そこでも敗訴しました。そのため、今年4月に北京市高級人民法院(日本でいう高裁)に上訴していました。

また本件とは直接関係ありませんが、訴えられた乔丹体育はこれらの訴訟等によりブランドイメージが低下し予定していた上場に失敗したとして、逆にジョーダン氏に損害賠償を求める訴訟を提起しています。

結論

請求棄却。商標登録維持。

裁判所の判断

北京市高級人民法院は、

  1. 乔丹が必ずしも”Jordan”に対応するわけではない点、
  2. “Jordan”は米国で一般的な姓または名である点、
  3. “Michael Jordan”の中国語表記は「迈克尔·乔丹」であるが、「乔丹」のみの商標が「迈克尔·乔丹」や”Michael Jordan”を示すことの証明がない点、

を理由に、「乔丹」はマイケル・ジョーダンの名前についての権利を侵害しないと結論付けました。

また、ジョーダン側は、乔丹体育が下記の図形を用いていたことから、「乔丹」がマイケル・ジョーダンに結びつくなどと主張しました。

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しかし人民法院は、このようなシルエットのみでは需要者はこの図形の人物がマイケル・ジョーダンであると判断できないとして、この主張を退けました。この文脈で、人民法院は、人格権たる肖像権が保護されるには、需要者が明確にその肖像を認識できなければならないことを指摘しています。

解説
ジョーダンと乔丹

人名の Jordan は、中国語(簡体字)では乔丹と表記されます。なお、「乔」という字は、日本語では「喬」に該当します。

乔丹のピンインは qiáo dān (チィァオ ダン)です。これはJordan の音から漢字を当てはめたパターンですが、[dʒɔ́ːrdn]と[qiáodān]の称呼がどの程度類似するか(Jordanから乔丹がただちに導かれるのか)を真剣に検討すると、多少面倒かもしれません。実際、人民法院は「乔丹」とJordanが必ずしも一対一対応しないと指摘しています。

ただ辞書で調べる限り中国語の「乔丹」は人名のJordanに一対一対応しているように思えます。このあたりは中国語に詳しい方の意見をきいてみたいところです。

余談ですが、Jordanには人名(ジョーダン)と国名(ヨルダン)の2種類の意味があります。中国語では、人名の場合は「乔丹」、国名の場合は「约旦(yuēdàn)」と、表記も発音も異なります。この点については日本語と同じですね。

中国商標法の規定 – 日本法との比較 –

乔丹は中国で商標登録されるべきなのでしょうか。中国商標法では、以下の規定があります。

第32条(旧31条)
商標登録出願は先に存在する他人の権利を侵害してはならない。(後段省略)

日本の商標法と比べると、だいぶ規定ぶりが異なります。

まず、日本の商標法では、このような包括的な規定にはなっていません。商標法4条1項各号に、登録できないケースが個別に列挙されています。一方で中国法では、かなりざっくりとくくってあり、具体的なケースは個別の案件ごとに判断する仕組みになっている点が特徴です。

さらに、「先に存在する他人の権利」なる概念は、日本の商標法ではありません。ここにいう「権利」には、意匠権や著作権、企業名などが広く含まれます。企業名などは商標登録されていない場合も含まれますから、このようなものまで出願の排除効を有するのは、日本の商標法よりも厳しい規定ぶりだといえます。今回は人名である「マイケル・ジョーダン」がこの権利である前提で争われました。

私見

マイケル・ジョーダンからすると、このような商標登録が潰せないのは非常につらいと思います。仮に先に自分で登録しようにも、不使用の問題があるので結局は意味がないことです。

人民法院は、要は「乔丹」と「マイケル・ジョーダン」が対応しないので、ジョーダンの氏名についての権利を侵害しない(ゆえに「乔丹」は商標登録されることができる)と結論付けました。ジョーダン側は、上述のようにシルエットからマイケル・ジョーダンが連想される点や、乔丹体育が背番号23番のユニフォームを販売していることから、需要者は「乔丹」からマイケル・ジョーダンを想起するなどと主張しましたが、認められませんでした。

たしかに「ジョーダン」は、米国で一般的な姓または名です。上記シルエットロゴからは、必ずしもマイケル・ジョーダンを想起できないという指摘も正しいでしょう。(ちなみにこのシルエットはNIKEが用いている下記の有名なシルエットを模倣したものと思われます。)

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左:NIKEがエアジョーダンシリーズに用いたロゴ 右:乔丹体育が用いているロゴ
右の図だけを見てマイケル・ジョーダンを想起するのはたしかに難しい

バスケファンにとっては、このロゴはむしろ下記NBAのロゴを連想させます(まぁたいして似ていないのですが)。ロゴから「NBA」あるいは「バスケ」しか連想しないとすると、「乔丹」とこのロゴの組み合わせでは、NBAに在籍する他のジョーダン選手(例えば現役では DeAndre Jordan や Jordan Hill)をも想起するので、やはり「乔丹」とマイケル・ジョーダンが一対一対応しないという指摘には一理あるように思います。

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NBAのロゴ。モデルは Jerry West

しかし、「ジョーダンという語」と「バスケ」の組み合わせでもマイケル・ジョーダンと対応しないとされてしまうと、もはや中国で自己の姓または名を他人に勝手に商標登録されてしまうことは防げないようにも思えてきます。乔丹体育は、「乔丹」は一般的な米国人の名前から取っただけで、マイケル・ジョーダンとは無関係であると主張していますが、さすがにこれは無理があります。中国ではバスケは日本に比べかなり人気のあるスポーツで、マイケル・ジョーダンは中国で最も有名な外国人の一人です。実際、下級審段階では、ジョーダン側は「「乔丹」という語を知っており、かつ真っ先にマイケル・ジョーダンを想起する需要者は、全国の63.8%にのぼる」という調査結果を証拠として提出しています。それでも、「乔丹」とマイケル・ジョーダンは必ずしも一対一対応しないからダメだというのですから、中国では、氏名ならともかく、ありふれたものの場合は姓または名のみを他人に商標登録されてしまうことは甘受するしかないといえるかもしれません。

しかし、中国商標法第32条では、人物の氏名についての権利は、その人の人格権を指すとされています。そうであるならば、必ずしも一対一対応のような厳格な基準を要求するのではなく、「乔丹」についての商標登録がマイケル・ジョーダンの人格権を損なうか、より本質的な議論があってもよいように思います。例えば、「乔丹」とマイケル・ジョーダンが一対一対応するかはそれほど重要ではなく、「乔丹」からマイケル・ジョーダンを強く連想するかどうかで判断すればよいのではないでしょうか。また本件では、マイケル・ジョーダンの著名性が判断にどれくらい影響を与えているのか不明です。仮に著名性が考慮されるのだとすると、マイケル・ジョーダンの著名性で足りないならばもはや全人類でこのような事例に対応できる人物はほとんどいないでしょうし、逆に著名性が一切考慮されないのだとすると、著名人の姓や名を不正な商標登録から保護することはやはり非常に難しいことになります。

なお、「乔丹体育」は中国では非常に有名な会社です。私の住んでいる義烏でも、近所のスーパーやコンビニではどこでも乔丹体育のボールなどを売っています。乔丹体育は1984年に設立され、その後これほど有名になり上場直前まで成長した会社ですから、中国国家としてこのブランドは守らなければならないという判断がはたらいたのかもしれません。そういう意味では、本件は多少特殊な事情があったのかもしれません。

日本の場合

仮に日本で『ジョーダン』なる商標が出願されたとしたら、どうなるでしょうか。

もし日本人の名前なら、ありふれた氏は登録になりません(商3条1項4号)。しかしジョーダンは日本ではありふれた氏ではないので、本規定をもっては拒絶されないでしょう。

本件の場合は、「他人の氏名の著名な略称」として登録拒絶になると思われます(商4条1項8号)。

商標法第4条第1項
八  他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)

「氏名」とはフルネームのことなので、「マイケル・ジョーダン」は、本人か、本人から許諾を得た人以外は登録できません。しかし「ジョーダン」は氏名ではないので、これに該当しません。氏または名のいずれか一方の場合は、それが著明な場合に限って本号に該当します。ジョーダンはマイケル・ジョーダンの略称として日本で著明だと思われるので、日本では本号を根拠に登録されないと思います。実際、「ジョーダン」の商標登録は、本日の時点で存在しません。

この規定は、上記私見で述べた「「乔丹」からマイケル・ジョーダンを強く連想するかどうか」という基準に近いものとなっているといえそうです。氏名の略称が著明なのであれば当然略称からその人物を連想するでしょうから、それを他人が勝手に商標登録すると人格権が損なわれると考えているわけです。

類似の事例

類似というほどではないのですが、同様に32条を根拠に登録性が争われた事例があります。

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広州のステーキハウスが、上記ロゴを商標登録したところ、下記シカゴ・ブルズの著作権を侵害する商標だとして、NBAから異議申立及びその却下決定に対する不服審判を請求されました。

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結局本件はその後中級人民法院を経て高級人民法院まであらそわれることとなり、最終的にNBA側の主張が認められて、上記商標登録は取り消されました。

著作権を侵害する商標だから登録できないという規定は、日本の商標制度の感覚からはにわかには受け入れられないかもしれません。日本では、他人の著作物であっても勝手に商標登録できることになっています(その著作物が周知な場合は登録できないこともあります)。その上で、著作権とぶつかる範囲の商標権の効力を制限するというバランスの取り方をしています。そうしないと、特許庁は審査段階でその商標が他人の著作物でないかを調査し判断する必要が出てきてしまいますが、商標の著作物性を判断するのは一般には難しいく、審査負担にも繋がってしまいます。

実際、上記事件でも、シカゴ・ブルズのロゴの著作権の帰属について延々と議論がされています。商32条違反を根拠にする無効審判では請求人適格が先行権利者または利害関係人に限られているため、著作権の権利の帰属が問題になるのです。異議申立、無効審判、中級法院、高級法院と争ってようやくNBAが上記ブルズロゴの著作権を有していることが認められました。

NBAがステーキハウスを経営する可能性は低く、自らの商標登録が現実的でないことから、こういう事態を防ぐには著作権登録をしておくことが有効だと考えられます。しかしすべてのロゴなどを著作権登録することも現実には難しく、また仮に著作権登録をするにしても、日本企業は日本で登録しておけば足りるのか、中国での登録が必要なのか(訴訟負担がどの程度軽減されるのか)、まだわかりません。

中国では、審査段階では先行する著作権等についての調査は行われないため、上記のような事例では一旦登録された後に異議申立や無効審判などで登録を潰すことになります。著作権に基づいて他人の不正な出願を排除できることはたしかに便利なのですが、著作権の管理を戦略的に行わないと実務上証明負担がかなり大きく、せっかく便利な規定も十分に活用できない点に注意が必要です。

上述のように中国商標法32条はかなりざっくりとした規定ぶりになっていて、どのような権利に基づいてどのような出願を排除できるかは、個別の事例ごとに、審判や裁判で闘う必要があります。しかしまだ事例が少なく、それらの基準が明らかになっていないものも多いようです。中国ではちょっとでも有名になり価値が出てくるとすぐに無断で商標登録されてしまうことがよくあります。国際的に活動する企業は常に最新の情報にアンテナを張っておくことが重要です。