Category: 知財ニュース

JASRAC vs 音楽教室 の件について少し考えてみる

JASRACが音楽教室に著作物利用料請求する方針を発表して、世間は盛り上がっています。いろいろな意見が出ており、簡単には解決しなそうなので、少しだけ論点を整理してみたいと思います。

この問題はまず、音楽教室での演奏が著作権法上の「演奏(実演)」に当たるかどうかが問題なわけです。

もし演奏に当たらないなら、さすがのJASRACも利用料を請求することはできません。

逆にもし演奏に当たるなら、音楽教室は利用料を払わないとは言えないでしょう。

それでは結局演奏に当たるのかどうかについては、ドンピシャの判例・裁判例がないため、よくわからないわけです。

条文を見れば、音楽を「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として」演奏するには著作権者の許諾が必要(著22条)となっており、「公衆」には「特定かつ多数の者を含む」(著2条5項)とされています。この定義をみても、音楽教室の生徒さんが「公衆」に該当するかは微妙で、JASRACの請求に合理性があるかは、よくわかりません。

更には、仮に演奏に該当するとしても、著作権が制限される場合に該当するかの検討も必要です。演奏権については、

  1. 営利を目的とせず
  2. 聴衆又は観衆から料金を受けず
  3. 実演家に対し報酬が支払われない

のすべてを満たす場合には、著作権が及ばないことになっています。(まぁしかし、有料の音楽教室では、これはいずれも満たすことはできないでしょう。)

音楽教室での演奏が著作権法上の「演奏」に該当するかについては、かなり昔から両者の間で意見対立があったようで、「音楽教育を守る会」なる団体がいきなり設立されたのも、十分な準備期間があったからでしょう。以下の記事などでは「守る会側がJASRACを訴える」と煽り気味に書いてありますが、まだ利用料が請求されていない段階なので、請求の妥当性を争うことはできません。あるとしても、音楽教室での演奏が著作権法上の演奏に該当しないこと(JASRACに対する債務が不存在であること)の確認訴訟を提起するくらいでしょう。

これで白黒つけば本件は解決しそうなものですが、そうは簡単にいかなそうです。仮に「演奏に該当する」と判断された場合でも、音楽教室側が反発しそうだからです。

音楽教室側はずっと「音楽教育に悪影響を与える」と言っています。すなわち、仮に著作権侵害でも利用料の請求は免除されるべき、という趣旨の主張をしていると思われます。これを日本という国で認めますかという問題があるわけです。

この点については様々な意見があるでしょうが、例えば学習塾が教材をコピーしまくっても、教育目的だから許されるかというと、それは受け入れられない人が多いでしょう。出版社は教材を買ってくれというはずです。日本では、教育目的であることは、著作物の利用の免罪符とはなりません。適切な利用料を支払えば利用することができるという形でバランスをとっているからです。学習塾での複製と音楽教室での演奏の違いはどこにあるのか?という問いに、音楽教室側は答えていく必要があるでしょう。

今回、JASRACが提案する利用料は、受講料の2.5%だそうです。この数字の妥当性はかなり慎重に検討されるべきですが、仮にこの数字が採用された場合でも、例えば受講料(月謝)が5000円の場合に、著作物利用料は、月間125円(年間1500円)です。これが受講料に上乗せされたとしても、それを理由に音楽教育から離れないといけない人は、ほとんどいないでしょう。

音楽教育を受ける人の中には、将来社会に対して音楽を提供する立場になる人も当然いるはずです。そうした人たちが自分の著作物に対する利用料をちゃんと請求できるようになるために、自分が利用するものについては、利用料をちゃんと支払う経験をさせることが、より音楽教育に資するという考え方もできるかもしれません(もちろん著作権法上の根拠がある場合のみです)。

ただし、そもそも演奏権は、コンサートなどでたくさんの人に演奏を聞かせる場合に著作物利用料を払いなさい、ということを想定しているわけです。観客は、チケット代にその費用が含まれていることに、当然納得しているでしょう。そのような条文を根拠に、音楽教室での演奏にも権利が及ぶと解釈するのは、一般の感覚としてはなかなか受け入れられないかもしれません。仮に条文上該当せざるを得ない場合でも、利用料率には十分な配慮をするとか、そもそも権利者に十分なコンセンサスを得るなどのステップを経てから運用を開始するべきだと思います。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

「PPAP」が他人に勝手に商標出願された件について、少し落ち着いて考えてみる

世間はすっかりこの話題でもちきりのようです。問い合わせが多いので、簡単な解説と、弁理士として思うことを少し書いてみます。

コトの発端・・・というとどこが発端なのかわからないのですが、ベストライセンス株式会社とその代表の上田育弘氏が「PPAP」関連の商標出願をしたということが、ネットのみならずテレビ等のメディアで大きく報じられているようです。例えば、

などなど。

ベストライセンスの行為はかねてから業界で問題になっており、このブログでも何度か取り上げたことがありました。

なのでこれまでの経緯は省略しますが、今回は「PPAP」を出願していたことがわかり、炎上しているわけです。

例えば、J-PlatPatでざっくりと「ピイピイエイピイ」という称呼を検索してみると、

関連しそうな出願が4件ヒットして、うち3件がベストライセンスによる出願です(残る1件はエイベックス)。

あるいは、「ペンパイナッポー」で検索してみると、

5件がヒットして、すべてベストライセンスによる出願です。

このあたりから、「ピコ太郎がPPAPを歌うとベストライセンスに使用料を請求される!」という指摘がなされているようですが、その心配はありません。

そもそもまだベストライセンスによって商標出願されただけの段階で、登録されたわけではありません。しかも、どうせ出願料未納なのでしょうから、結局登録されることはないと思います(仮に出願料を払って登録されると、登録料が発生するので、ベストライセンスはそれも納付しないといけません)。

ということでそもそも気にする必要はないと思われるのですが、このあたりを飛ばしてこれらが登録された場合を想定しても、ピコ太郎さんが「PPAP」とか「ペンパイナッポ〜」などと歌っても、ベストライセンスの商標権は侵害しません。

商標権の侵害となるには、現存する商標登録の、

1. 指定商品/役務について、*
2. 登録商標を、**
3. 商標的に使用する、

ことが必要です。

* ** いずれも類似のものを含みます。

しかしながら、歌を歌っても、どの指定商品/役務についても商標を使用することにはならないので、要件1を満たしません。(まぁCMソングなどでは事情が異なる場合もあるかもしれませんが、ここではとりあえずおいておきます。)

このように、ベストライセンスが出願しても、さらには万一それが登録されても、ピコ太郎さんには実質的な影響はありません。他人が勝手に登録するのはけしからん!という感情はわかりますが、「芸人はネタを公表する前に商標出願しておかないといけないのか」というようなことは、心配する必要はありません。

今後もしそれらの出願が問題になるとしたら、

  1. ピコ太郎さんが「PPAP」を商標出願した場合に、登録できないケースが出てくる
  2. ピコ太郎さんが「PPAP」を商標的に使用しようとした場合に、制限されるケースが出てくる

といった点についてでしょう。

1については、実際にエイベックスがベストライセンスに9日間遅れて出願をしており、登録が妨げられる可能性があります。エイベックスにとっては大迷惑でしょう。

また、2については、例えばベストライセンスによる商願2016-108551が「文房具類(第16類)」を指定していることから、ピコ太郎さんが「PPAP」ブランドのペンを販売しようとしたときなどに、問題になるかもしれません。

ベストライセンスの無断大量出願は、今回のように芸能関係で話題になることが多いのですが、商標実務をする上では、たまたま出願内容が重複(類似)してしまうことの方が問題です。

特許庁は、

という通達を出しており、要は「どうせ出願料未納なので、そのうち取り下げられるから待ちましょう」と言うのですが、個人や中小企業では事業のスピードが速く、出願内容が不安定なまま進めることにはリスクがあるとして、商標の変更をせざるを得ないケースがあります。もし出願の譲渡やライセンスなどの交渉をすれば、彼らはその段階で出願料を納付し出願を有効化して、高額の費用を請求してくるであろうことは想像に難くありませんから、こちらから連絡をすることは通常は考えられません。弁理士としては、こういう点が特に問題だと考えています。

特許庁も手を焼いているのだと思いますが、何らかの解決策を見出してほしいものです。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

パロディTシャツ一斉摘発の件をもう少し考えてみる

先日、アメリカ村でパロディTシャツなどを売っていた店舗の経営者などが一斉に逮捕されたというニュースを紹介しましたが、その後いろいろとご意見を伺ったので、もう少し考えてみたいと思います。

ネット上でも様々な考察がなされていますが、こちらの弁護士ドットコムの記事がよくまとまっているので、参考とさせていただこうと思います。

上記記事でも説明されているとおり、商標の機能は「自他商品識別機能」を基本として、さらに、「出所表示機能」「品質保証機能」「宣伝広告機能」の3つに細分化されると言われています。商標権侵害とは、形式的には指定商品に登録商標を使用すること(いずれも類似のものを含みます)をいいますが、実質的にはそれによって前記いずれかの機能が害されることをいいます。

ただしこの中で、宣伝広告機能については、学説では有力に指摘されているものの、裁判所は一貫してそれを認めていないので、今回は販売者の逮捕にまで至っていることをも考えて、これは考慮しないことにします。

また、ニュース記事からは対象となるパロディ商標がよくわからないので検討がしづらいのですが、そもそもパロディとして成功していない、ただの模倣品と評価されても仕方のないものも含まれているようで、これらは議論から除かないといけません。

今回は、上記弁護士ドットコムの記事で紹介されている、ナイキのロゴと一緒に『NAMAIKI』と書かれているものについて考えてみます。ナイキはロゴ(あのシュッと右上がりの図形)だけでも商標権を持っています(例えば登録2286631号)。そうすると、ロゴ部分のみをみて、形式的に商標権侵害と言ってしまうこともできそうです。

ただこれはかなり乱暴で、例えばそのロゴはそもそも商標的に使用しているのかという議論もできるでしょうし(つまりただのデザインなら商標として使用していない=商標が自他商品識別機能を発揮しない)、また、『NAMAIKI』の文字と一緒に使用しているわけですから、全体として一商標とみたときに、出所の混同は生じない(つまり需要者はナイキのTシャツだとは思わない=出所表示機能を害しない)可能性が高いわけです。

また品質保証機能については、これは通常は商標権者から出た商品の品質が、流通段階で変更されてしまう場合に問題となる機能ですから、パロディ商品とは無関係だと思います。例えば、品質保証機能が問題となるケースで有名なのものに、「並行輸入」があります。これは国内外で商品の品質が変わってしまう可能性があるときは、商標の品質保証機能を害するとして、商標権侵害となるとするものです。もちろん、商品そのものは商標権者から出たことが大前提です。他にも、「ハイミー事件」や「マグアンプ事件」などの有名な事例がありますが、いずれも商標権者から出た商品の流通段階での商標の使用態様が問題とされたものです。

そもそも、出所の混同を生じていない(出所が異なることが明らかな)商品では、何の品質を保証するのか、よくわかりません。『NAMAIKI』のTシャツは当然ナイキのTシャツとは品質が異なりますが、それをもってナイキのTシャツの品質保証機能を害するというのは、無理があるように思います。詳しく調べたわけではありませんが、品質保証機能はまず出所表示機能発揮する商標(商品)の中からさらに問題になるものではないでしょうか。

そう考えると、『NAMAIKI』Tシャツは、ナイキ商標のいずれの機能も害しないように思います。もちろん、『NAMAIKI』Tシャツを見てナイキを想起する人もいるでしょうが、先の記事でも書いたように、それは不正競争防止法の守備範囲です。不正競争防止法2条1項2号では、一定の条件下、狭義の混同(出所の混同)も、広義の混同(関連会社等にあるという混同)すら生じない商標(商品等表示)でも排除できます。『NAMAIKI』を見てナイキを想起してしまうと、ナイキの唯一的地位が弱くなってしまう(希釈化:ダイリューション)ので、これを防止するための規定です。商標法ではここまでは保護していなくて、商標権で排除できるのは、狭義の混同を生じる商標(商品)までです。これは本記事の検討とも整合しています。

と理論的にはこんな感じになって、やっぱり商標権侵害というには少し無理があるように思うんですが、もし立件されたら、裁判所はロゴ部分の商標権侵害をあっさり認めるか、ナイキの著名性を考慮して商標全体も類似するとすらいうかもしれません。実務的にはあまり価値のない議論かもしれませんね。

今回は民事で十分対応できる事例を刑事事件にしたとか、法解釈が曖昧なのに警察が暴走したというようなことが言われていますが、おそらく権利者と警察が協力しながら摘発に結びついたのではないでしょうか。刑事事件の審理で出てきた情報をもとに、今後他店舗も含めて民事訴訟を検討するのかもしれません。刑事であれ民事であれ、訴訟で争われるなら商標法に加えて不競法違反も請求の根拠とされると思います。ただしパロディ商品の商標権侵害性という論点について判断されれば先例的価値があるでしょうから、まずはここを争いたいという思惑があるのかもしれませんね。

個人的な見解では、フランク三浦の件では価格帯や需要者層が異なるという取引の実情を考慮して商標非類似と言ったことを考えると、本件も、商標全体を比較して、非類似に傾いていいように思います。価格帯が異なるので需要者は混同しないと商標登録までしたのですから、商標の使用という場面でも、需要者が狭義の混同をするかどうかを厳格に判断しないと、バランスが悪いのではないでしょうか。

※ もっとも、商標非類似といってしまうと、不正競争防止法で商品等表示が類似するとはかなりいいづらいでしょうから、結局商標類似というしかない気もします。理論上は、狭義の混同を生じないので商標非類似だが、希釈化を生じるので商品等表示類似といってもかまわないのでしょうが、現実には難しいでしょう。このあたりは、狭義の混同という要件を商標の類否に押し込めるしかない商標法と、混同が要求されない不競法の埋めづらいギャップなのかもしれません。
※ また、もしこれを商標権侵害といわないとすると、価格帯が明らかに違う典型的なニセモノ(例えば3,000円のヴィトンのバッグ)は商標権を侵害しないのかということにもなりかねず、やはりもう少し議論が必要なテーマだと思われます。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

パロディーTシャツなどを売っていた人が一斉に逮捕されたようです

ここのところ忙しくブログをサボり気味でしたが、面白いニュースがあったので紹介します。

パロディについてはこのブログでも過去にフランク三浦の事件を紹介していますが、これはパロディ商標の登録というテーマでした。今回はパロディ商品の販売が問題になったということで、少し別の角度から検討できそうです。

具体的に使用されていたパロディ商標はよくわからないのですが、「NIKE」のパロディの「NICE」だとか、「ADIDAS」のパロディの「AJIDESU」などがあった模様です。情報が少ないのでこれらの具体的な商標権侵害性は検討しません(できません)が、ニュースにあるとおり、パロディ商品を商標権侵害で、しかも刑事事件として処理するのは珍しいので、この点を少し考えてみたいです。

過去の記事の繰り返しになりますが、パロディ商品は、典型的なニセモノとは異なり、本物と間違わせて購入させることを目的とはしていません。ブランドを面白おかしく変形させた、一種のギャグ商品なわけです。

これが商標権侵害の適否にどのような影響を与えるかというと、商標はそもそも商標権者の商品と他者の商品を区別するためのものですから、商標権侵害とは、実質的には、商標権者の商品と取り違える態様で商標を使用することをいうことになります。すなわち、商標権の効力は、

第25条
商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。(後段略、ついでに37条1号も省略)

となっていて、形式的には指定商品に登録商標(いずれも類似のものを含む)を使用すれば商標権侵害となりそうですが、実質的にはやはり商品の出所の誤認混同を生じる態様での使用に限定して商標権侵害というべきですから、出所の混同を生じないパロディ商品を商標権侵害ということには、感覚的に受け入れづらい部分もあります。

ニュースにあるような、「ブランドイメージを損なう」というのは、実は商標法の直接の守備範囲ではありません。商標権で防止できるのはあくまでも狭義の混同(商品の取り違え)であって、広義の混同(関連会社にある等の混同)までは防止できませんし、ましてや広義の混同すら生じない商標の使用(例えばパロディ)は、いくら商標同士が類似していても、商標権侵害というべきではないようにも思います。本来ならば、こうした商品には不正競争防止法で対応することになると思われます。

まぁしかし、アメリカ村にはもう十年以上行っていませんが、相変わらずこういう商品がたくさんあるんでしょうね。東京では原宿の竹下通りや上野のアメ横がこんな感じでしょうか。京都だと新京極はどうなんでしょうか。パロディ商品はあまり見ない気がします。ちなみに中国にはいくらでもあります(笑)

今回はおそらく権利者の代理人(弁護士)が頑張って、マスコミを巻き込んで大規模な摘発に結びついたのだと思います。これらの商品はネット上でも山ほど売られているにも関わらず、実店舗を狙ったのは、見せしめというか話題性の大きさを考慮したのかもしれません。このニュースを受けて、他店舗やネット上のパロディ商品の流通にどのような影響が出るのか、興味がありますね。もちろん本件が起訴されたらその判決にも大いに興味があります。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

弁理士制度について思うことと、ベストライセンスの件への若干のコメント 〜弁理士の日によせて〜

さて、今日7月1日は「弁理士の日」です。正直なぜ弁理士の日なのか知らないのですが、おそらく弁理士制度が開始された日とかそういうことだと思います。もう百年以上昔の話です。毎年弁理士会主催のパーティーがあるのですが、今年も開催されるのでしょうか。1万円くらいかかるので行ったことはないですが。。

ということで、知財系ブロガーによる弁理士の日を盛り上げるイベントに参加させていただくことになり、「知財業界でホットなもの」について記事を書かなければなりません。ここ数日何かネタはないかと考え続けていたのですが、思いつきません。仕方ないので、弁理士制度(弁理士試験)について書いてみます。

といっても弁理士試験には合格以来まったく関わっておらず、どうやら最近は科目合格制?のようなものも導入されたとかで、既に私の知っている制度ではないようです。

最近知った情報だと、十数年前には受験者数が1万人程度いたものが、最近は5千人前後に減っているとかなんとか。産構審(?)あたりでなんやら議論されているのをチラッと見ましたが、弁理士資格に魅力がなくなっているのが原因だからもっと受験生を増やす工夫をしようという話がありました。ただ私が思うに、十数年前に一気に受験者数&合格者を増やしたのが異常事態というか、要はバブルだったわけで、それ以前の受験者数は5千人以下だったはずです。4000-5000人受けて100-200人受かるとかそういう資格だったものを、当時の小泉総理がアメリカの真似をして(60年も遅れて)「知財立国」などと言い出し、その一環でなぜか弁理士を急増させることになって、一気に合格基準を下げて大量に合格させ始めたという事情があったように記憶しています。当時は弁理士試験は超難関資格で、何十年も頑張ってそれでも受からない方もいましたが、合格者増によってそういう方々が軒並み弁理士になったいま、受験者数が減るのは当然だし、そもそも500-700人の合格者という高い数字を維持する必要もないのではないかと考えています(たいてい自分が受かった後はこういうものです)。

私が学生時代に弁理士を目指し始めた頃は、日本の弁理士は約3500人しかおらず、国民一人あたりの弁理士数は先進国の中でかなり下位にある、という説明がなされていました。現在は弁理士数は1万人を超えているはずで、当時の3倍程度に増えています。一方で特許出願数は当時の3/4程度に減少しており、単純計算で、弁理士一人あたりが扱う特許出願数は 3/4 × 1/3 = 1/4 にまで減っています。30万件の特許出願数を弁理士1万人で割れば、弁理士一人が受任する特許出願は、平均で30件/年です。1件あたりの売上げが50万円だとすると、年商(売上げ)ベースで1500万円。意匠商標を入れて2000万円くらいでしょうか。いくら特許事務所の利益率が高いといっても、厳しい数字に思います。

それまで弁理士はある種の特権階級というか、合格しさえすれば高収入が保証された資格でした。具体的な数字を挙げると怒られそうですが、合格すれば年収1千万スタート、独立すれば3千万スタート、などという話も聞きました。弁理士数に対して出願数が多かったので、「先生、お願いします」という時代だったのだとか。

もちろんこんな話は今や昔、現在は弁理士になっても就職先を見つけるのが大変なくらいです。特に新人弁理士は大変で、大手事務所に就職できないと自宅などでいきなり開業するしかなく、個人や中小企業の商標出願で食いつなぐしかありません。これまでは大手事務所に就職→案件を引っ張って独立という黄金コースで開業したものですが、当然この競争も激しくなっており、優秀な弁理士もなかなか独立できないようです。弁理士のクライアントはほとんどが大企業なことを考えると、これから合格していきなり独立してもそれら大企業とお付き合いできる可能性は高くなく、結局個人や中小企業の案件専門の事務所を開業するしかない可能性が高いわけですが、そういう仕事のみをしていても弁理士としての成長には限界があるので、将来のことを考えると不安です。試験制度がどうであれ合格できる(かつての100人合格時代でも合格できた優秀な人)ならばこうした流れの影響を受けないのかもしれませんが、バブルのおかげで合格できた人(私もそうかもしれません・笑)には厳しい時代です。

こうして個人や中小企業の仕事すら弁理士が奪い合い、価格競争に突入した時代を俯瞰してみると、小泉総理の目論見は見事に的中したといえるのでしょう。いまだ圧倒的に一人事務所(弁理士1人の特許事務所)が多いと思いますが、こういう競争の時代を生き抜くには、オールインワンの大手になるか、際立った部分を持った小規模事務所を目指すか、どちらかになると思います。中途半端な規模の事務所の存在意義はどんどん薄れていくからです(大手に頼んだ方が安心ですからね)。そういう意味で、特許業務法人制度を活用してどんどん巨大化していく事務所が出てくるのは当然の流れでしょうし、一方で小規模事務所路線でいくならば、そもそも特許事務所が所長個人に依存した商売であることを考えると、「この分野においてはこの弁理士に頼みたい」というような部分を見つけてそこを極めるしかないと思います。

大手事務所ならば安定して大企業の案件が入ってくるでしょうし、弁理士としてのスキルの向上も期待できるので、人生設計という点ではかなりの優位性があります。一方で小規模事務所ならば、自分に合わせて事務所の特色を打ち出していけるでしょうし、そこで大手事務所にはない色を出していける部分もたくさんあるはずで、経営者・専門家いずれの面白さも存分に味わえると思います。どちらも一長一短でしょうが、会社勤めをして出世できるタイプの人は大手事務所が向いているかもしれませんし、好きなことにのめり込むタイプの人は一匹狼でやっていくほうが成功しやすいのかもしれません。まぁ弁理士制度もいろいろ変わって、出願案件が少ないなら次はコンサルだなんだと盛り上がっているところですから、大手事務所で出願案件をこなすだけでなく、ある分野で特色を打ち出した変わり者の弁理士がたくさん出てくると知財業界ももっと盛り上がるのかなという気がしています。そもそも知財というニッチな分野に全人生をかけようということが無茶な気もしますが・・・。

※ 本当は「副業としての弁理士」というテーマで書こうと思っていましたが、さすがに怒られそうなので無難な内容にまとめてしまいました。まぁこれからの弁理士には様々な可能性があるというのは正しいと思います。

さてすっかり話題は変わって、例のベストライセンスの件です。なんと朝日新聞が上田育弘氏からかなり詳細なコメントを取ってきました。

彼が何を考えているのか、少しずつわかってきたような気がします。要は、将来的に利用できる可能性が少しでもある商標は、とりあえず出願するのだと。その中で、活用の可能性が出てきたものについては料金納付をして登録を目指すと。活用方法は、主に第三者へのライセンスや譲渡を考えていると。実際にBITOの件ではライセンス供与の提案をしたと。

このような商売を、「商標ゴロ」といいます。使用予定のない商標権を多数保有して、必要としている人に高額で売りつけたり、損害賠償を請求するわけです。特許の世界では「パテント・トロール」などと呼ばれ、問題になっています。ただし特許の場合は発明者か承継人しか出願できない(出願しても登録できない)ため、正当なルートで出願・登録された権利を安く買い取って、第三者に権利行使をすることになります。GoogleやMSも被害に遭っているようです。一方で商標は、上田氏のいうとおり、基本的に早い者勝ちなので、先に出願した人が権利を得られます。そのため今後価値の上がりそうな商標を片っ端から登録して、欲しい人がいればライセンスや譲渡の交渉をすることを考えているのでしょう。

このような行為は、現行の商標法上ある程度はしかたありません。有名ブランドがたまたま商標登録されていない場合に、先回り出願(登録)して権利を高く売りつけようとするケースは想定されており、法的に対応できるのですが、今後価値が出るかどうかわからない商標については、基本的には誰でも早い者勝ちで登録できることになっています。つまり先回り出願自体や大量出願自体を責めるのは、(倫理的にはともかく、)現行法上少し無理があると言わざるを得ません。これは先の記事でも指摘したとおりです*。

ベストライセンスの件は、同じ商標ゴロでも、出願料を納付せずに行っている点に問題があります。商標法ではこのようなやり方を想定しておらず、特許庁の事務処理に少なからぬ負担をかけているであろうことや、他の出願人の商標選択に影響を与えていることを考えると、「制度の抜け穴」で済ませていいのかには強い疑問があります。

もっとも、そもそも出願料を納付しないからこそこのような大量の出願が行えているわけですから、出願料を納付しないことと大量出願をすること、さらにはその内容が先回り出願であることも含めて、すべて一体の行為として非難されるべきといえるようにも思えます。

一般論として、知的財産権をもっと流通させるべきという意見には同意できます。特に特許などは眠らせておかずに実際に活用してこそ世の中の役に立ちますし、登録商標においてはその80%程度が不使用であるとのデータもあります。ライセンスや権利売買により有効に活用できるようになるのであればそれは好ましいですし、実際に今後そのようなプラットフォームは続々と登場すると思います。しかし彼らのやり方は自分だけが儲かればいいというもので、そのために他人に迷惑をかけても構わないというスタンスのものですから、いくら大義名分を掲げても評価されることはないように思います。ベストライセンスの件をきっかけに、知財業界でより積極的に権利流通のルール作りなどの議論をすべきなのかもしれません。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

例の商標大量出願の件の続報

とある一個人・・・といまさら匿名にするのもあれなのでベストライセンス社とその代表の上田育弘氏が大量の商標出願を行っている問題については、以前当ブログでも紹介いたしましたが、先月特許庁がこの件についての声明(?)を発表しました。

一個人(企業)の行為に対して特許庁がこのような声明を出すのは異例のことです。この声明が出されてすぐに、当ブログには通常の10倍近くのアクセスがあり、反響の大きさに驚きました。声明の内容については、以下の記事でうまくまとめられています。

理論上は、どうせ出願料未納なのですから、放っておけばいずれ出願が却下されるわけで、気にする必要はないのかもしれません。しかし正規の出願人の立場からすれば、不安定な状態が数ヶ月続くことで事業に悪影響がこともあるでしょうし、出願料が納付される可能性が残っている以上、長期間に渡り商標登録の帰属について争わないといけなくなるリスクを考えると、ブランドを変更しようと判断するケースも少なからずあるように思われます。

実際、商標出願の実務において、ベストライセンスの出願がなんらかの形で調査に引っかってくることはままあります。クライアントにどう報告するか非常に悩ましく、迷惑しています。弁理士会の商標の研修でもこのようなテーマの課題が出されたことがありました。商標実務にかかわる弁理士全体の問題といえるでしょう。

特にクライアントが外国企業の場合、日本ではこんなわけのわからないことが起こっていることを説明すると、「日本大丈夫か?」と思われてしまうでしょうから、国益を損なっているともいえます。おそらくこんな出願が大規模で問題になっているのは、世界広しといえども日本だけでしょう。そういう意味で、ベストライセンスは世界一奇妙なことをしている会社なのかもしれません。

こうした流れがあり、本件については複数の大手メディアから問い合わせをいただきました。要は「結局ベストライセンスは何をしたいのか?」をみなさんお知りになりたいのですが、正直よくわからないんですよね。実際にベストライセンスから使用許諾(ライセンス)や出願譲渡(売りつける)などの交渉を持ちかけられたという話は聞きません。周囲の弁理士にもたずねてみましたが、やはりみなさんご存じないとのこと。儲からなきゃやるわけないし・・・というご意見もいただき、そのとおりだと思いますが、いかんせんどのように稼いでいるのか、さっぱりわかりません。もしかしたら正規の出願人からの交渉を待つスタイルなのかもしれません。まるで釣りです。エサが偽物(勝手な出願)であることを考えると、疑似餌での釣りかもしれません。

いずれにせよ、メディアによって真相が暴かれるのであれば、私も大いに興味があります。もし専門家の方で事情をご存じの方がいれば、大手メディアに紹介できるかもしれませんので、ご連絡ください。きっと国益に資する情報となります。

それにしても、上記産経新聞の記事はすごいですね。ベストライセンス(or上田氏個人)のコメントをとっています。

「特許庁の文書は商標法上、一般的な事柄であって、コメントする必要もないと思う」

日本語としてよく理解できませんが、「別に自分のこととは限らない」と言いたいのでしょうか。さすがに苦しい主張だと思います。

将来的に少し不安なのが、ベストライセンスのせいで出願日の認定要件(商5条の2)に「料金納付」が入ったりすると本当に困るなということです。納付番号や金額をミスしたときに出願日が繰り下がってしまうので、出願人(とその代理人)にとってダメージが大きすぎます(条約上そんな法改正はできないのかもしれませんが)。

一方で、本件の問題を突き詰めると、問題は大量出願でも先回り出願でもなく、料金未納の点のみにあると評価して構わないように思います。

料金を納付する正式な出願であれば、出願件数が多いことは問題ではなく、むしろ活発な企業活動として好ましいといえるはずです(登録後に使用しないのであれば不使用取消審判により権利を消滅させられる手続きも担保されています)。こうした出願により特許庁の審査実務に負担が増えるならば、税金を使って審査官の増員をすべきともいえるでしょう。

また先回り出願自体も、先願主義のもと、ただちに否定されるわけではありません。記事にあるような「自撮り」「民泊」「保活」などの商標は、そもそも識別力がないとして登録されないか、登録されても商標的な使用がほとんど想定されないので、問題にしなくてもいいと思います(商標的な使用をするのであれば、自ら先に出願しなかったのが悪いのです)。「リニア中央新幹線」や「民進党」などは、出願や審査の時期により適用条文が異なるでしょうが、いずれにせよベストライセンスの出願が登録されることはなく、現行法で対応できます。「BITO」のようなケースはたしかに実害がありますが、本件には上記の記事で指摘したように公募で名称を決めるという特殊な事情がありました。そうでないならば、自らが先に出願すれば済む話です。先回り出願されても、特許庁がいうように使用の見込みがないとして登録拒絶されることもあるでしょうし、仮に登録されてしまっても、多くの場合「先願主義なのだから先に出願しなかったのが悪い」で済ませてしまってよいと思います(ただしこれは商標ゴロの考え方でもあります)。また、周知・著名ブランドの先回り出願については、登録されない法制度になっていますし、そもそもベストライセンスはこうした出願を行ってはいないようです(未確認ですが)。

このように考えると、料金さえ払っていればベストライセンスに対しても文句をいう根拠はあまりなく、逆に料金を払わずに出願公開させるという、現行法制度の盲点を突くような行為を大量に繰り返していることに焦点を当てて問題とすべきと考えていいと思います。

そのような出願を受理しなければいいという意見もありますが、電子出願を利用すれば出願料は振り込みや引き落としとすることができ、どうしても特許庁は金額等の確認をするのに時間がかかります。形式的に正しい出願であれば特許庁はそれを受理して出願日を認定しないといけませんし、一方で毎年10万件前後の商標出願があることを考えると、こうした確認に数週間程度の時間がかかってしまうのも仕方がありません。では出願公開しなければいいじゃないかとも思えるのですが、例えば上記特許庁の確認に2週間かかったとして、そこから料金納付の指令への対応期間が30日あると、出願から約1ヶ月半は料金納付があるかどうかわからないわけです。出願公開は出願から2-4週間程度でなされることを考えると、理論上、出願料未納を理由に出願公開をしないとすることはできなさそうです。(余談ですが、出願公開はシステムにより自動でなされるようで、一度出願されると止められないようです。以前事情により出願公開を止めたかったため、出願を取り下げるので対応してくれと相談したことがあったのですが、そういう問題ではなく出願したら止められないとの回答でした。)

アフィリエイトに用いるツールを使えば人気のあるキーワードは簡単に見つかるでしょうし、それを商標の願書に落とし込むことも、ほぼ自動でできると思われます。そう考えると、あれだけ大量の出願をしていても、我々が思うほどコストはかかっていないのかもしれません。真似をする人が出てこないことを願うばかりです。
※ ベストライセンスの出願内容をあまり深く調べたことはありませんが、権利範囲を広く=類似群コードの数を多く含ませるよう、指定商品・役務が工夫されていると感じたことがあります。上田氏は元弁理士との情報もあり、そういうスキルがあるからこそ商売として成り立っているのかもしれません。

とまぁいろいろな方面で話題になっている本問題ですが、審査における識別力の有無については基準が緩くなる方針ですし、また先願主義を採用する以上、「先回り出願」「先取り出願」という概念があまり広がるのは問題だと感じています。特許庁が上記声明で「自己の商標」という表現を用いたのは深い思慮に基づくのだと思いますが、「自分が先に使い始めたのだから優先的に商標登録を受ける権利がある」との誤解はしないでいただきたいです(ちなみに本記事では「正規の出願人」などとあまり配慮のない表現をしています、すみません)。あくまでも商標登録を受けるには誰よりも先に出願する必要がある、登録できなければ誰でにも使用できてしまう、という前提のもと、ベストライセンスの行為によって自己の業務にどのような影響があるかを検討していただくことが重要です。

※ なお、ベストライセンスに先回り出願されてしまっていても、商標登録できる場合が多いというのは、特許庁の声明どおりです。ほとんどの場合、通常より審査期間が少し長くなるだけで、コストもかかりません。諦めずに商登録を目指してください。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

『フランク三浦』商標問題、最高裁へ

最近この話題ばかりですが、『フランク三浦』商標の有効性が争われている件で、フランク・ミュラー側が上告したというニュースが流れてきました。

上告が受理されれば、最高裁が両商標の類否を判断することになるでしょう。パロディに関する判例・裁判例が乏しい現状を考えると、是非最高裁の判断を見てみたいですね。

なにより当事者にとっては非常に大きな問題だと思います。もし無効の判断がなされたら、おそらく「フランク三浦」時計は今後販売できません。

誤解がないように解説を加えますが、いま争われているのは、商標登録の有効性です。最初に無効審判にて登録無効の審決がなされて、次に知財高裁で審決の違法性が争われました。今回の上告は、知財高裁の「登録維持」の判決を不服としてこの取り消しを求めるものです。すなわち、実質的に争われているのはあくまでも『フランク三浦』なる商標の登録を維持するかどうかであり、フランク三浦時計を売っていいかはそもそも争いの対象ではありません。

ただし、仮に今回最高裁が両商標が類似すると判断したならば、その後『フランク・ミュラー』の商標権の侵害について争われた場合に、そこで商標非類似の判断はかなりしづらいと思います。

理論上は登録時の類否判断と侵害時の類否判断が異なることはあり得ますが、侵害訴訟において「取り引きの実情」について相当強力な立証がなされないかぎり、最高裁の判断を覆す類否判断はできないと思われます。すなわち、フランク三浦時計は販売を継続するのはかなり難しくなります。

逆に商標非類似の判断がなされたら、今後フランク・ミュラー側はフランク三浦時計の商標権侵害を問うことは難しくなるでしょう。その場合は、盤面デザイン全体、あるいは時計の形態全体を商品表示として、不正競争防止法に基づく差止請求等をすることになると思われます。

このようにいろいろな側面で注目したい事件です。今後も気をつけて見ていきましょう。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

『フランク三浦』商標についての記事が読売新聞&朝日新聞に掲載されました

『フランク三浦』問題について、5月17日に、私の記事が読売新聞オンライン版・深読みチャンネル内に掲載されましたのでご紹介いたします。

また、朝日新聞にも同問題について解説が掲載されました。こちらはコメントを提供したのみですが、同内容が新聞紙(夕刊)にも掲載されました。

基本的には記事に書いてあるとおりなのですが、多少解説を加えておきます。

事の発端は、『フランク三浦』というパロディ商品があり、これを製造・販売する会社(株式会社ディンクス)がこの商標を登録したところ、本家フランク・ミュラーが怒って無効審判を請求したことにあります。特許庁は商標登録を無効とする審決を出しましたが、ディンクス側はこれを不服として出訴(知財高裁に審決取消訴訟を提起)。知財高裁は、特許庁の判断を覆し、商標登録を維持する旨の判決を出しました。

本件の問題意識は、このようなパロディ商標の登録を認めていいのかというところにあります。何件か取材や問い合わせをいただいたのですが、そのほとんどが「パロディ商品を販売できる基準は何か」という内容でした。しかし今回は、そんなことは争われていませんし、判断もされていません。まずはここを明確にすることが重要です。

そこでパロディについて、知財法の観点から検討したわけですが、実は「パロディ」という概念にはあまりに多くのものが詰め込まれていて、まずはここを明確にしないと議論が錯綜します。記事執筆にあたり調べものをしている中で、本当に「パロディ」という側面から知財法上の問題を検討することが正しいのかという疑問すら持ちました。

そもそもパロディとは、著作権の世界で問題となるものです。例えば他人の絵画や写真を利用して、それに風刺的な意味を込めて新たな著作物を創作する行為などが問題になります。つい最近目にした例では、東京オリンピック招致にまつわる不正送金問題を揶揄する以下の画像などがこれに当たるでしょう(オリンピックエンブレムを1万円札で模しています)。

16052101

なお、本画像は実際のタイム誌の表紙ではなく、それを模したコラージュ画像であるようです。そうすると、エンブレムの著作権についてはパロディが許されるとしても、タイム誌の表紙デザインの著作権については、別に議論する必要があるかもしれません。

このような創作行為は、著作権法上の翻案(場合によっては複製)に該当することがあるでしょうし、同一性保持権を侵害する可能性もあります。しかし同時に、表現の自由の観点から、これをできるだけ認めるべきともいえるわけです。

この点については、著作権法では、他人の著作物を利用(※この文脈では必ずしも著作権法上の「利用」や「使用」を指すわけではありません)して新しい著作物を創作した場合は、二次的著作物として別個に保護されることになっています。ただし、元の著作物の著作権を侵害することになるので、原則として権利者の許諾を得なさいというバランスの取り方をしています。

これに加えて、上記のようなパロディには、社会的・政治的な問題に対する思想や主張が表されている場合があります。このようなものには、特に表現の自由を厳格に守るべきとして、その制限により慎重な判断がなされるべきであり、この観点からパロディが問題になるといえます。すなわち、一般的な二次的著作物の中で、社会的・政治的な風刺を含むパロディについては、許諾がなくても、より許されやすい場合があるかもしれないのです。

このような観点からパロディの可否が議論されてきたわけですが、時代の変遷とともにその対象が広がっていき、社会的・政治的な要素を含まないものでもパロディなら許されるべきではないかという議論が、欧米を中心になされてきました(そしてそれを認めるべきという大きな流れがあったように思います)。

日本の著作権法では、パロディについての特別の規定はありませんし、判例・裁判例を見てもパロディだからどうという判断はされづらいようです。つまりパロディだからといって特別扱いせず、通常の著作権侵害事件と同様の基準で判断すればいいとされているように思われます。社会的・政治的な表現はパロディ以外のものでもなされることを考えると、それも妥当かなという気はします。

また日本特有の問題として、二次創作(いわゆる同人誌)という文化もあります。これも広い意味でパロディに含められますが、個人的には、パロディだから許されるとか、そういう議論には馴染まないように思います。主にファン活動の一環としてなされるものでしょうから、ファンの間、及び著作(権)者や出版社を含めた関係者の間の問題として考えればよいように思います。ただしクールジャパンのように国家戦略としてこれを推奨していくというならば、何らかの法的手当は必要かもしれません(この点についてはいずれ別稿で)。

このように、著作権の世界ではパロディは「表現の自由」という重要な人権と関わる問題であり、安易に制限してはならないという考えに説得力があるのですが、商標の世界では必ずしも同じではないように思います。

例えば今回のフランク三浦の腕時計、あれを販売することを「表現の自由」の観点から認める必要があるかというと、そんなことはないと思います。「フランク三浦」は、ギャグ目的だとはいえ、「フランク・ミュラー」という商標の周知・著名性を利用したブランドであることは明らかです。仮に世の中に「フランク・ミュラー」が存在しなかったら、「フランク三浦」の時計は同じような売上げや利益を出すことはできなかったでしょう。

一方でこのような利用のされ方をしてもフランク・ミュラー側にはほとんどメリットはないでしょうから、端的に、フランク三浦はフランク・ミュラーの周知・著名性にただ乗りして利益を得たといえます。これを日本という国で社会的に認めていいのかという議論がまずあるわけです。フランク三浦が単なるフランク・ミュラーの模倣品ではなく、独自の製品を開発・製造・販売しているとしても、それを凌駕する利益を「フランク・ミュラー」の周知・著名性から得ているならば、この点を日本国民としてどう考えますかという問題なわけです。

念の為ですが、日本の知的財産法の世界では、他人の先行投資などに「ただ乗り」すること自体を禁止してはいません。すなわち、ただ乗りしている=違法とはなりません。この点は重要なのですが、意外と勘違いされています。

例えば特許の世界では、出願された技術内容は、一定期間経過後に特許庁により強制的に開示されます。その情報を利用して、他社は新たな技術を開発するわけです(技術の累積的進歩)。これも他人の先行投資へのただ乗りといえますが、特許法ではこれを禁止するどころか、これこそが特許法の真の目的です。ただ乗りだからダメとはいえない好例でしょう。

商標や標章の世界では特許のような累積的な進歩という概念には馴染まないのですが、それでもただ乗りしたら即アウトとはなっていません。商標法では、ただ乗りした上で、本家と出所の混同をきたす程度に類似していたらアウトということになっていますし、一見するとただ乗りそのものを禁止しているように見える不正競争防止法2条1項2号も、結局は他人の商品等表示を希釈化する程度に類似していたらダメだといっています。このように、ただ乗りした上で、各法律(条文)が目的とする違法性を備えるものが禁止されるというのが日本の法律の枠組みなので、ただ乗りかどうかだけを議論しても不十分だということには注意が必要です。

ということで、フランク・ミュラーの周知・著名性に、言い換えればフランク・ミュラーのこれまでの巨額の投資にただ乗りをして、自らは利益を得る一方、フランク・ミュラーのブランド価値を下げてしまうかもしれないフランク三浦時計の存在を、日本国民はどう位置づけますかということを考えなければいけないわけです。(もっともこの点は(すなわちフランク・ミュラー商標の侵害をするかについては)争われていないので、議論しづらいかもしれませんが。)

今回は、このような問題に加えて、『フランク三浦』の商標登録を許すかどうかが争われたわけです。仮にフランク三浦時計の販売を許すとしても、商標登録はやりすぎだという意見もあるでしょう。『フランク三浦』が商標登録されるということは、フランク三浦は自らが他人の商標の模倣でありながら、自らの模倣を排除する権利を持つということを意味します(※もっともフランク三浦は模倣であっても本家とは商標非類似と判断されているので、類似商標の使用を排除することを同列に語ることはできないでしょうが)。個人的に問題だと思うのは、『フランク三浦』が商標登録されることによって、フランク・ミュラー側は『フランク・ミュラー』商標と類似する商標の一部の使用が制限される可能性がある点です。すなわち、両商標の類似範囲の重複部分(禁止権同士がぶつかる範囲)は双方とも使用できないわけですから、フランク・ミュラー側が使用できる商標の範囲がその分狭まったといえます。

例えば、『フランクミウラ』なるカタカナの商標は両方に類似する可能性が高く、これまでフランク・ミュラー側は(積極的にこれを独占使用できはしないけれども)他人を排除することで自らが実質的にこれを独占的に使用できたわけですが、『フランク三浦』商標登録のおかげで今後はこれを使用できません。これは微妙な例ですが、より現実的な問題(例えば『フランクミウラー』の場合はどうか、など)が生じる可能性は否定できません。使いたければ最初から商標登録しておけばいいと言われたらそれまでなのですが、フランク・ミュラー側にそのような負担を強いるだけの合理性が『フランク三浦』の商標登録にあるのかは、検討されてもいいでしょう。

このように、パロディについては、

  • そもそも著作権の世界で問題になった(表現の自由の観点から認めるべきという価値があった)
  • その対象が徐々に広がっていき、表現の自由とは無関係の、商売(商標)の世界にまでパロディの問題が生じるようになった
  • パロディ商品の販売が商標法上許されるかという議論に加え、ついにはパロディ商標を登録して他者の排除を認めていいかが問題となるようになった

という流れで書いたのですが、伝わっているでしょうか。

本来ならば、パロディ商品の販売は許してもいいが、その商標登録までは認められない、という価値観があってもいいように思いますが、おそらく実務上(あるいは現行法制度上)、侵害の場面と登録の場面の商標類否判断の基準の差は、そこまで大きくないと思われます。特に今回フランク三浦判決で示されたような「取引の実情」の参酌がされるのであれば、両者の間の差はほとんどないと言っていいかもしれません。

審査段階における「取引の実情」の参酌については、近年特に広く解釈されているようで、批判的な意見もあるようです。本件のように需要者層が異なるという要素は他の事例でも比較的頻繁に採用されており、ある意味「取引の実情」の定番の要素ともいえるものですが、将来販売される商品によって需要者層の重複が生じた際には、無効理由の根拠となるのか、その部分は権利範囲から外れると侵害訴訟で判断されるのか、あるいは一切影響しないのか、よくわかりません。すなわち、将来需要者層が重複した場合、『フランク三浦』は『フランク・ミュラー』の商標権侵害となるのか、その際に『フランク三浦』商標登録の存在はどうなるのか、不明です。

このようにいろいろ微妙な点を含んだ本件ですが、数少ない「パロディ×商標登録」の事例に重要な1つとして加わることは間違いないでしょう。朝日新聞で引用してもらった「フランク三浦は本気でパロディーをした」という表現はいくらかエキセントリックに聞こえるかもしれませんが、結局は独自の商品として需要者を開拓していったことで独自のブランドとして評価された、という意味です。本件で単なる模倣品とパロディとの差異を見出すとすれば、ここが最も重要なのではないでしょうか。

余談ですが、朝日新聞も読売新聞も、 Parody は「パロディー」なんですよね。私の感覚では「パロディ」なんですが、おそらく前者が正しいのでしょう。

これは表記ゆれと呼ばれる問題で、翻訳などをしてるとかなり頻繁に直面します。私は基本的には伸ばさないようにしていて、「スター」や「タブー」など明らかにおかしくなる場合のみ伸ばすようにしています。結局は好みの問題なのでしょうが、伸ばすかどうかだけで商標の類否判断に影響する事例が少なからずあることを考えると、少なくともブランド名ではこのあたり気を配った方がいいのでしょう。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

『2ch』の商標登録を元管理人の西村博之氏が取得したようです

日本最大の掲示板群である2ちゃんねるの元管理人、西村博之氏が『2ちゃんねる』の商標登録に成功したようです(不服2015-3736、商願2014-23406の拒絶査定不服審判事件)。

この情報を知ったとき、もしかして特許庁は西村博之氏を2ちゃんねる(2ch.net)の所有者と認めたのか?とも思いました。というのは、ひろゆき氏は2ちゃんねるの帰属をめぐって訴訟を抱えているというニュースが頭の片隅に残っていたからです。

しかしながら、結論からいうとそういうことではなかったようです。審決の内容を紹介します。

事案の概要としては、ひろゆき氏が、

第38類「電子掲示板による通信及びこれに関する情報の提供」等
第42類「インターネット又は移動体通信端末による通信を利用した電子掲示板用のサーバの記憶領域の貸与及びこれに関する情報の提供」等

を指定して、

『2ch』

なる商標(標準文字)を出願したところ、当該商標は他人の周知な商標である『2ちゃんねる』と類似するので、商標法4条1項10号に該当して登録できないという理由により拒絶査定が出されていたところ、これを不服として拒絶査定不服審判を請求したものです。

商標法4条1項10号は、他人の周知な(未登録)商標と同一又は類似の商標は登録することができないという規定です。これは、(1)有名な商標は、無関係の人が商標登録すると需要者が出所の混同をしてしまう、(2)ある程度有名になった商標には他人の商標登録を阻止する権利を認めるべき、という理由で設けられている規定です。

つまり、審査官は、『2ちゃんねる』という商標が周知であるという前提に立って、(1)もしひろゆき氏が2ちゃんねると無関係ならば、商標登録を認めると需要者は2ちゃんねるの提供者がひろゆき氏だと勘違いしてしまう、(2)2ちゃんねるの提供者は、無関係なひろゆき氏の商標登録を阻止する権利がある、という理由で商4条1項10号に該当すると判断して、拒絶査定としたものです。

ところが、商4条1項10号の適用があるのは、その商標出願の出願時及び登録時の両方で商標が周知である場合に限られます(商4条3項)。審判ではこれがポイントになりました。

審決では、

  1. 1999年にひろゆき氏が2ちゃんねるを開設したこと
  2. 2009年に「PACKET MONSTER INC.(パケットモンスター社)」に譲渡されたこと
  3. ただし、パケットモンスター社はペーパーカンパニーであり、法人の実質的な管理者はひろゆき氏であったこと
  4. 2014年3月5日には、2ちゃんねる(2ch.net)の管理者は「Race Queen,Inc (レースクィーン社)」に変更となっていたこと
  5. が認定され、さらに、
  6. 2014年4月に、ひろゆき氏が新2ちゃんねる(2ch.sc)を開設したこと
  7. そしてその事実は周知となっていたこと
  8. も認定されました。

その上で、

平成26年2月 レースクィーン社が「2ch」の文字の使用を開始(2ch.netの運営がレースクィーン社に移転)
平成26年3月 本件商標登録出願
平成26年4月 ひろゆき氏が新2ちゃんねる(2ch.sc)を開設

という事実関係ではあるが、レースクィーン社が「2ch」の文字を使用している期間は非常に短いため、「2ch」の周知性獲得におけるレースクィーン社の貢献度は極めて低く、むしろひろゆき氏の貢献度が非常に大きい、という認定がなされています。

すなわち、たしかに現在の「2ch.net」の所有者はレースクィーン社だが、これを周知にしたのはひろゆき氏であり、出願時及び査定時(審決時)の両方、あるいは少なくとも一方において、「2ch」が他人の=レースクィーン社の周知な商標とはいえない(=ひろゆき氏本人の周知な商標である)、と判断されました。

要は、少なくとも出願時(平成26年3月)には、「2ch」はひろゆき氏のものとして周知だったので、商4条3項の規定により、商4条1項10号には該当しない、とされたものです。

これは少し特殊なケースといえそうです。

出願時には「2ch.net」の運営権はレースクィーン社に移っており、周知性も獲得していました。そしてレースクィーン社は「2ch.net」の運営を引き継ぎ、実際に商標を使用してサイトを運営していました。にもかかわらず、その段階では、その商標が示す出所はひろゆき氏であったと認定されています。

10号が適用される場合でも、多くのケースではこのような論点は発生しません。なぜなら、事業の譲渡人(本件ではひろゆき氏)と譲受人(本件ではレースクィーン社)のいずれとも無関係の第三者が出願した場合は、譲渡人・譲受人のいずれもその第三者にとっては「他人」に当たるため、出願時にその商標が譲渡人・譲受人どちらの商標として周知だったかを議論する必要などなく、「他人の周知な商標に類似する」と言ってしまえるからです。

今回は、事業の譲渡がなされたにもかかわらず(※もっともその譲渡の合法性が争われていますが)、譲渡人が商標登録を取得しようとしているという特殊な事情があります。特許庁の立場からは、譲渡の合法性の判断のために商標登録(出願)を利用されているという側面がありますが、そのような判断をするのは専門外なので、できるだけ避けたいところでしょう。なので形式的に「他人」かどうかという部分で判断したのだと思われます。

ただし、特許庁の論理によれば、仮にレースクィーン社が『2ch』等を出願していたとしても、登録を受けられないことになります。また、レースクィーン社には先使用権も認められないでしょうから、今後ひろゆき氏が商標権を行使したら、レースクィーン社は「2ch」や「2ちゃんねる」等の商標を使用できなくなるでしょう。これがネット社会に与える影響は大きいと思います。(※ただし運営権の譲渡が適法であった場合などには、権利濫用の法理で権利行使が認められない可能性もあります。)

契約により周知商標に係る事業を譲り受けたとしても、その商標が登録されていない場合は、譲受人は商標登録を受けることができず、さらに、譲渡後に元の事業者が商標登録してしまった場合には、譲受人はその商標を継続して使用できないことになってしまうのでしょうか。事業が継続して運営されており、運営者が変更となったのみならば、運営権とともに周知性も引き継がれたと解するのが素直なようにも思います。客観的にみれば確かに出願時にはひろゆき氏の商標として周知だったのでしょうが、事業譲渡されたあとに、譲受人との関係でもそのように評価すべきかは、議論があってもいいように思います。

もっとも、本件はドメインの乗っ取りや経営権の違法な獲得などが争われている特殊なケースなので、これらの事情が審決に何らかの影響を与えた可能性はあります。特許庁はドメイン乗っ取りなどについてはほとんど何も判断せず、事実のみを淡々と認定している印象ですが、もしそうした特殊な事情が審決に影響を与えているのであれば、多少でも言及してほしいところではありました。

※なお、商願2013-008081についても、同様の拒絶査定不服審判が請求されています。こちらの行方も気になるところです(まだ審決は出されていないようです)。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

特許庁が審査にAIを導入するようです

なんと、特許庁が審査の一部にAI(人工知能)を導入するそうです。

たしかに、この流れは予想されていました。特許や商標の出願業務の一部は、過去の事例を元に判断するという性質があるため、ビッグデータとAIを活用したシステムによく馴染むからです。

例えばニュースにあるように、特許分類を付与するとか、先行技術を検索する作業などは、今後人工知能がまかなう部分がどんどん増えていくでしょう。商標の区分や類似群コードの付与、さらには類否判断もどんどん人工知能に置き換わっていくと思います。そういう意味で、産業財産権の登録業務は、今後大きく変貌を遂げると思います。

ただ、何をしても判断が遅い日本の役所がこのタイミングで人工知能の導入を決めたことには驚かざるをえません。上記ニュースによれば、「国の事務作業にAIを導入するのはこれが初めてのケース」とのことですが、特許分類の付与は特許庁に専門の職員がいますし、先行技術調査は一部外注をしています。審査スピードやコストにそれほど負担があるとは思えないので、どうしてもいますぐ導入しなければいけないという事情はないように思います。特許審査における人工知能の活用という点で、特許庁が世界をリードしようとしている意思が読み取れそうです。

さて、繰り返しになりますが、特許や商標などの登録業務において、人工知能の活用が進むことは間違いありません。実際に、先行技術調査では既にそのようなサービスが登場し始めています。そうなると、我々弁理士の仕事はどんどん減っていくのではないかという不安が出てきます。

この不安は、おそらく現実のものとなるはずです。調査だけでなく、数年以内に明細書を書くプログラムなどが登場すると思います。商標では類否判断も行ってくれるでしょうから、素人の方でも弁理士に依頼せずに、民間のシステムを使って出願準備が安くできるようになるはずです。弁理士は、人工知能で補いきれない部分を、高い専門性で補填していく職業に変わっていくのではないかと私は思っています。

例えば、ある商標の登録性を調査するときに、先行登録の有無により、「◯、△、☓」などで結果を示すことがよくあります。このとき、 ◯ と ☓ に該当するのもは、実は素人でも比較的簡単に検索・判断できます。なので、調査を事務職員に丸投げしている特許事務所も少なくないはずです。このあたりは真っ先に人工知能での判断に置き換わっていくでしょう。近い将来データベース提供会社がそうしたサービスを提供し始めるのは間違いないでしょうし、弁理士側も事務職員を雇うよりそうした外部サービスを利用した方が安上がりなはずです。

問題は △ の場合で、当面はこの判断は専門家が行わないと、確度の高い判断はできないと思います。ただいずれこれも人工知能に置き換わっていくはずで、そうなると、本当に重要な案件を、人工知能の判断にかけた上で、実力のある弁理士に更に判断してもらう、というようなシステムになっていくと思います。弁理士としては「この人に頼みたい」と思ってもらえるような実力をつけないと、誰でもできる仕事を自分に割り振ってもらうようなスタンスでは、生き残っていけなくなりそうです。怖いですね。

いずれにせよ、この流れはもう止まらないと思います。私も弁理士として、「弁理士の仕事が機械なんかにできるわけがない」という意見もよくわかるのですが、弁理士の実力の多くの部分は経験により身に付けるものであることを考えると、やはりいつか機械に負ける日がくる(そしてそれはそう遠い未来ではない)と思わざるをえません。そういう世界がきたときにも生き残っていけるように、日々鍛錬を積んで、どこか光るものを持った弁理士になっていかないといけないと強く思う次第です。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。