Category: 貿易

OEM・ODMと知的財産

最近は中国の工場に小ロットで製造を依頼できるようになったため、個人レベルの方でも工場と直接取引きをしてオリジナル商品を製造する例がかなり増えました。

それは良いことなのですが、そのような商品を製造し、日本に輸入して、いざ販売するという段階で「この商品を販売しても法的な問題がないか教えてください(しかも無料で)」という問い合わせが結構あります。このようなお問い合せをfacebookなどの個人メッセージでいただいても対応できないので閉口しているのですが、それ以前に商売の進め方として問題があります。

多くの方は「これはOEM生産なので大丈夫だと思いますが、念の為専門家の意見を聴かせてください」などと仰るのですが、OEMであることと他人の知的財産権侵害をするかどうかは、基本的には関係ありません。

まずは用語の定義を明らかにすべきですが、OEM(Original Equipment Manufacturing)とは、自社で開発した商品を製造するときに、製造能力がないとか足りないなどの事情により、製造部分だけを他社に委託する製造方法をいいます。

他社工場で製造するものの、商品開発自体は独自に行うため、製造するのは当然オリジナル商品となりますし、商品には自社のブランド(ロゴなど)を入れることになります。製造にあたっては設計図や技術情報を製造業者に提供しますし、技術指導をしたり人員を供与することもあります。

また、ODM(Original Design Manufacturing)という製造方法もあります。これは製造を受託する工場側が商品のデザインまでを開発するケースで、そのデザインに自社のブランド(ロゴなど)を入れた商品を工場に製造させます。

私に問い合わせのあるケースの多くは、アリババで工場を探してそこに製造委託し、商品に自社の商標を印刷等しています。アリババでは通常、工場側が製造できる商品を写真付きで公開しているので、発注者は数量を指定してその商品の製造を委託します。その商品に自社のロゴなどを入れるか、せいぜい多少のデザイン変更をする程度の改変をするのみで、基本的には工場側が提示した商品をそのまま製造します。このような製造方法がOEMなのかODMなのかは難しいところですが、発注者側が商品開発にほとんど寄与していないことを考えると、ODMに分類するのがよいと思われます。

さて、こうして中国の工場を利用して自社ブランドの商品を簡単にODMできる時代になったわけですが、そのような方法で製造した商品も、単に中国商品を転売する場合と比べて、知的財産権侵害をするリスクはほとんど変わりません。これは上記の説明でおわかりいただけると思うのですが、独自に発注し製造させているとはいえ、その骨格は中国の工場が開発した商品にほとんど手を加えずそれを製造、輸入し、日本で販売するからです。中国で仕入れられる商品のほとんどが偽物であるという話を以前しましたが、アリババに出ている商品も中国工場がどこかの商品を模倣したものですから、それを自社のブランドの商品として製造させる方法も、同様にほとんどが偽物を製造していることになります。

このような偽物の製造方法が蔓延している原因には、「オリジナルを少し改変すれば偽物ではなくなる」という誤った認識があるものと思われます。知的財産の世界では、他人の権利内容を少し改変すれば権利侵害とはならない、とはなっていません。例えば意匠権や商標権は、登録された意匠や商標と類似する意匠や商標まで権利が及ぶので、多少の改変をしても権利範囲に入ったままのケースが多くあります。また、権利範囲から外れるよう大きな改変をした場合は、別の権利の権利範囲に入ってしまう可能性があります。法的な構成はともかく、特許権や実用新案権、著作権、あるいは不正競争防止法でも事情はほぼ同じです。結局、少し改変したしたかどうかではなく、自分が製造・輸入・販売する商品が他人の知的財産権を侵害するかどうかを確認することが重要なのです。

実際に、従来のOEMまたはODMでは、製造に入る前にこのような調査をすることが常識です。例えばアップルはほぼ100パーセントの商品をOEMしていることで有名ですが、開発段階で世界中の知的財産権の調査をしているはずです。また、多くの日本企業も中国の工場と提携してOEM生産をしていますが、やはり開発段階、少なくとも製造前にはこうした調査をすることが常識です。弊社にご依頼いただく調査も、当然ほぼすべてがこのような段階で行うものです。そのような前提のもとに日本で流通する中国商品の品質や合法性が保たれているのであって、単にアリババで発見した商品をOEM/ODMした商品について同列に語ろうとすることはできません。

その意味で、販売前に違法性の調査を依頼してくる人は一見正しいのですが、いかんせん「オリジナルを少し改変すれば偽物ではなくなる」という考えのもとに既に商品を製造し、日本に輸入までしてしまっているので、もはや権利侵害を議論すべき段階をかなり過ぎてしまっていることになります。本来ならば製造に入る前、商品の開発段階でそのような検討すべきでしたが、自社で開発をしていないので検討することができなかったのでしょう。そもそも販売直前の段階で調査を依頼し、販売NGの調査結果が出た場合はどうするつもりなのでしょうか。「多少改変しているのだから法律上問題ない」という前提がそもそも誤っているので、せめて発注する前にご相談いただきたいものです(それでも無料でアドバイスできる範囲は限られてしまいますが)。

なお、アリババなどのネットを用いず、中国の工場に直接サンプル(他社商品)を持ち込み、それの類似商品を製造するよう交渉するやり方は昔からありますが、これが単に偽物を製造しているということはいうまでもありません。特に最近はそうして製造した偽物を日本のネットで誰でも簡単に販売できるため、日本人による偽物のOEM/ODM生産はますます増加しています。ネット上で自社商品の偽物が販売されていることを発見したら、すぐに専門家に相談されることをお勧めいたします。

個人輸入と知的財産権侵害

いわゆる個人輸入という輸入態様があります。個人輸入では、商標権などの知的財産権侵害物品であっても輸入できる(少なくとも特許庁及び税関では知的財産権を侵害しないので輸入できると解釈している)ことになっています。それでは、この法的な根拠は何なのでしょうか。

特許・実用新案・意匠の場合
個人輸入とは

そもそも個人輸入という用語は、法律用語ではありません。法律のどの条文を読んでも、個人輸入という単語は出てきません(たぶん)。なので、法律家は、「いわゆる個人輸入」などという言い方をします。

個人輸入の定義は、おそらく業として行わない輸入ということになると思われます。これは知的財産権の効力の定義から導かれるものです。

例えば特許法第68条には、特許権の効力がこう規定されています。

特許法第68条
特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。(後段省略)

実施には輸入行為も含まれるので、つまり、業として輸入しなければ、特許権侵害とはならないことになります。

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「業として」の輸入

ここで、業としてとは、広く事業としてという意味であり、営利性・反復性は問わないと解されています。民法系(特に消費者契約法など)の勉強をされた方はまったく逆の内容を教わったと思いますが、少なくとも特許の世界ではこうなっています。

そうすると、事業として行わない輸入は特許権を侵害しないことになり、このような輸入態様を個人輸入と呼んでいます(特許権侵害をしない輸入態様が個人輸入なのか、個人輸入が特許権侵害をしないのか、一見するとトートロジーのようですが、両者は同義です)。

そして、これは特許権、実用新案権、意匠権について同じ解釈となっています。つまり、特許権、実用新案権、意匠権の内容を実施する商品でも、事業として輸入しなければ、権利侵害とはならないのです。

上述のように営利性や反復性は必要ではないので、たった1回であっても、あるいは病院や学校などの非営利事業であっても、事業として輸入する限り個人輸入にはならない点に注意が必要です。

商標の場合
商標法における「業として」

しかし、商標法では少し事情が異なります。商標権の効力は、商標法第25条に規定されています。

商標法第25条
商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。

商標法では、特許法とは異なり、業として使用する権利を専有するとはなっていません。これはなぜかというと、そもそも商標の定義に業としての要件が入っているからです。

商標法第2条第1項
この法律で「商標」とは、(標章のうち、)次に掲げるものをいう。
一 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの

このように、商標法では、「業として商品を生産・証明・譲渡する者が使用する標章」を商標と定義しています。そして、商標は長年に渡り使用され続けることで信用が積み重ねられるという性質があるため、商標法にいう「業として」とは、一定目的のために反復継続的に行う行為をいうと解釈されています。ただし商標法でも、特許法等と同様、営利目的は要求されていません。

誰が業として標章を使用するのか?

では、輸入においては、業として(=反復継続的に)標章を使用するのは、商品を「生産する者」「証明する者」「譲渡する者」の誰なのでしょうか?逆にいうと、個人輸入では、誰が業として標章を使用しないので商標法上の商標ではない(故にそれを使用しても商標権侵害とならない)のでしょうか?

これは、「いずれにも該当しない」が正しいのだと思います。

輸入は商標法上の「使用」に該当します。しかし個人輸入の場合は、標章を使用する者(=輸入者)は、商品を生産・証明・譲渡のいずれもしません。よって個人輸入の場合には、標章は商標ではないのです。商標でないのですから、輸入行為が商標権侵害になることはない。そういう構造なのだと思われます。

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何かがおかしい・・・?

しかし上記の解釈はかなり強引で、感覚的に受け入れがたいものとなっています。

なぜならば、この解釈によれば、同じ商品に付された標章でも、それが輸入後に業として譲渡される場合は商標であるが、業として譲渡されない(orそもそも譲渡されない)場合は商標でないことになってしまいます。

例えばカバンにGUCCIの標章が付されている場合に、輸入後に業として譲渡されるならばそのGUCCIは商標であるが、業として譲渡されないならば商標でないというのは、感覚的に理解しづらいでしょう。

また、例えば業として譲渡しない(GUCCIは商標ではない)ものを、その後業として譲渡するようになった場合(GUCCIは商標である)、同じ商品に付されている標章が商標になったりならなかったりすることになり、かなり無理があるように思います(このような場合に過去に遡って輸入行為を商標権侵害とすることには実効性がなく意味がありません)。

そもそも、輸入後に譲渡されることを前提に、譲渡に先だって行われる輸入行為の侵害性が決定されるのは、法律構成としてもどこかおかしいように思われます。

さらには、この解釈では、輸入の場合と輸出の場合で矛盾が生じてしまう点も問題です。例えば海外ECサイトでGUCCIのカバンを購入したとします。海外からEMSで個人輸入しましたが、届いてからそれが偽物であることに気付きました。

この場合、そのカバンは業として譲渡されないので、カバンに付されているGUCCIは商標ではありません。よって当然商標権侵害もないので、税関で止められることもありません。

しかし、偽物を外国の売主に返送しようとすると、税関では偽物の輸出としてそれを止める運用をしています。つまり輸出段階ではGUCCIは商標だと税関は捉えているわけです。輸入と輸出の間にどのような差があるのか、よくわかりません。

※ご参考(税関Webサイト
コピー商品の返送
Q.コピー商品を海外へ返送することは可能でしょうか。
A.権利者が同意のうえ、経済産業大臣の承認を得れば返送することが可能な場合もあります。
法改正への期待

このようにあまり納得できない解釈ですが、少なくとも特許庁と税関では、これを採用していると考えられます。

実は以前この点を税関に問い合わせたことがあるのですが、税関では以下の特許庁の見解を参考にしているとの回答でした。

本事例集の7ページには、以下の説明があります。

商品又は商品の包装に商標が付されたものを輸入する行為は商標の使用(商標法第2条第3項第2号)に該当します。商標とは、業として商品を生産し、証明し、若しくは譲渡する者等によって使用される標章をいい、「業として」とは一般に「反復継続的意思をもってする経済行為として」といった意味と解されているため、反復継続的意思をもってする経済行為として商品の譲渡等を行う者が偽ブランド品を輸入して商標を使用する行為は、商標権侵害となります

「…商品の譲渡等を行う者が…輸入して商標を使用する行為」とあるので、やはり「業として」の主体が輸入者であることを示していると考えられます。

このような無理のある解釈に頼らず、法改正をして、商標法でも商標権の効力の規定に業要件を入ようと考えるのが自然だと思います。産構審でそのような法改正の議論がされていました。

これの11ページ以降に、法改正する場合の条文案があります。

商標法第2条第1項(案)
この法律で「商標」とは、(標章であつて、)商品又は役務を識別する目的で用いられるものをいう。

として商標の定義から業要件を除いた上で、商標権の効力を以下のように規定します。

商標法第25条(案)
商標権者は、業として指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。

私もこの方がすっきりすると思います。そもそもカバンにGUCCIの標章が付されていれば、誰が輸入しようがそれは商標でしょう。その上で、それを業として輸入する場合に限り商標権侵害となるとする方がよっぽどストレートです。諸外国でもこの規定ぶりのようですし、この改正の議論が進むことを期待したいところです。

裁判所の判断は不明

なお、上記はあくまでも特許庁や税関の解釈であって、裁判所がどう判断するかはわかりません。この点に関する裁判例等はないようなので、今後裁判所が独自の判断をする可能性は残されています。

少なくとも文言を素直に解釈する限り、現行の商標法では個人輸入は商標権侵害となると解釈するのが素直な読み方です*。いまは個人輸入を商標権侵害とすべきでないという価値観がまずあって、それを満たすために無理のある法解釈をしていると捉えるのが正しそうです。

* 商2条1項1号の「業として」は「商品を生産する者」に係ると解釈し、海外メーカーが付した標章はすべて商標であると考えます。そうすれば、それを輸入(商2条3項2号)する行為は、業としてかどうかにかかわらず、商標権侵害となります(商25条)
著作権の場合

著作権法では、産業財産権法と異なり、そもそも業として使用・利用という分け方をしていません。個人輸入については、以下の規定があるのみです。

著作権法第113条第1項
次に掲げる行為は、当該(中略)著作権(中略)を侵害する行為とみなす。
一  国内において頒布する目的をもつて、輸入の時において国内で作成したとしたならば(中略)著作権(中略)の侵害となるべき行為によつて作成された物を輸入する行為

このように「国内において頒布する目的」がある場合は、模倣品を輸入すると著作権侵害になります。

まとめ

知的財産法では、「家庭的・個人的実施にまで特許権の効力を及ぼすのは社会の実状から考えて行きすぎである(青本・特許法)」という価値観に立って、商用目的の輸入に限り違法とし、まったくの個人使用目的の輸入については違法性を問わないとしています。商標法の解釈は多少複雑ですが、いずれも条文から導かれるものです。

ところでこうした規定を悪用して、個人輸入であると偽って偽物を輸入し、ネットショップ等で販売する人が増えています。言うまでもなくこうした行為は違法です。商標権侵害として差し止めや損害賠償請求の対象となるのみでなく、通関時に税関からの指摘を受け、個人的使用の確認書などを提出している場合は、故意に知的財産権を侵害したとして、商標法などの知的財産法または関税法に基いていきなり刑事罰が適用される可能性もあります。

また商標については、たとえ1個でも反復継続的に販売する意思がある場合は個人輸入にならないため、輸入・販売すると商標権侵害となるので、注意してください。

他人のブランドを商標登録できるのか?

例えば外国で展開されているブランドが、まだ日本で商標登録されていないときに、そのブランドの持ち主(メーカー)あるいはその代理店以外の人が、勝手にその商標を登録することはできるのでしょうか。

あるいは、そうして他人に登録されてしまった商標権を、ブランドの持ち主は奪還することができるのでしょうか。

弊所には最近、上記両方のご相談を多くいただきます。以下、登録になる場合とならない場合を見ていきましょう。

基本的な考え方

商標法では、他人が勝手に他者のブランドを登録しようとすることを、当然想定しています。

日本の商標制度は、先願主義を採用しています。つまり、同じ内容ならば、早い方の出願が優先的に登録になります。要は早い者勝ちなのです。

また、商標は選択物であり、商標自体には価値がありません(無価値物)。これは、特許や実用新案、意匠などの対象には価値があり、それらを発明などしたことが偉いから権利を与えるとする創作法の立場とは根本的に異なります。

つまり商標の世界では、その商標を出願人自ら生み出したかどうかには興味がなく、他人と区別できる表示(「標章」といいます)を、他人よりも先に出願した人に商標権を与えることになっています。なので、他人のブランドであっても、先に出願しさえすれば登録する。これが商標法の基本的な姿勢です。

一方で、それを貫徹すると様々な不具合が出てくることは容易に想像できます。例えば、『シャネル』という商標が、財布について日本で商標登録されていなかったとします。それに気付いた人が勝手にそれを日本で登録して、シャネルに対し「日本で販売したければ私にライセンス料を払え」と言ってきたら困りますよね。このような権利行使は商標法の趣旨から外れるため、最初から登録できないことにしています。このように先願主義の例外として、他人のブランドを登録できないケースがいくつかあります。

拒絶理由
商4条1項10号(未登録周知商標)

商標登録されていなくても、既に周知(有名)となっている商標は、無関係の人が登録してしまうと、既にそのブランドを知っている人が商品の出所を混同(要は商品の取り違え)してしまうので、登録できないことになっています。

また、そのブランドを周知にするまでに積み重ねられた信用を横取りするのを防ぐことも理由となっています。

輸入商品であっても、実店舗で販売する場合は、その所在地と隣接都道府県程度でそのブランドが周知になっていれば本号の対象となり、他人の出願を排除できるとされています(インターネット販売の場合は全国周知が必要とする解説もありますが、実際の審査実務では地域的な基準よりも販売数量や広告規模が重視されるようです)。ただし本号は需要者の混同防止が目的なため、日本国内での周知が必要です(外国のみで周知であってもダメ)。また、出願時と査定時両方で周知であることが必要です(商4条3項)。

商4条1項15号(商品又は役務の出所の混同)

本号も、既に周知になっている商標が無関係の人に登録されると需要者が商品を取り違えてしまうおそれがあるため、登録できないとする規定です。

また、本号では広義の混同(商品の取り違えだけでなく、関連会社などの関係にあると誤認されること)の防止までもが目的となっているため、非類似の商品までが範囲に含まれます。

例えば、シャネルの財布は有名だが、シャネルが靴を作っていない場合に、「靴」を指定商品とした商標『シャネル』の出願は、本号を根拠に拒絶されます。おそらく、他人のブランドを無断で登録しようとした場合に最も多く根拠とされるのが本号です

なお、本号でも日本国内での周知が必要で、かつ、出願時と査定時両方で周知であることが必要です。

商4条1項19号(不正使用目的の周知商標)

外国のみで周知なブランドが無断で登録されようとする場合には、上記10号や15号では拒絶できません。そのような出願は、本号を根拠に拒絶されます。

外国で成功したブランドがこれから日本に進出しようとするときに、先に商標登録をしていた他人が、商標権を根拠にそれを阻もうとしたり、高いライセンス料を要求したり、商標権を高額で売りつけようとしたりすることは、社会正義に反します。本号はそうした社会正義に反する商標登録を防止するための規定です。

本号は外国のみで周知な場合もその対象とする一方、前述のように商標権を高額で売りつけようとするなどの不正の目的がある場合に限定して適用されす。しかしながら、外国で周知な商標を他人が日本で登録しようとすることは、それ自体が不正の目的があると審査段階で推認される*ので、結局のところ外国で周知な商標を勝手に登録しようとすると本号に該当する可能性が高いといえます。

* 別途商標の顕著性が考慮されます

なお、本号でも、出願時と査定時両方で周知であることが必要です。

商4条1項7号(公序良俗違反)

本号は公序良俗に反する登録を排除するための包括的な規定です。かつては第三者による剽窃的な商標登録は本号を根拠に拒絶されていましたが、いまは上述の規定(10号、15号、19号)が適用されることになっています。

上述の規定はいずれも、少なくとも日本か海外いずれかで周知であることが前提なので、出願時に周知性を獲得できていなかった商標について第三者による登録を排除するには本号を用いるしかないのですが、審査基準が変わったため、最近の審査実務では本号を用いて剽窃的な出願を拒絶することは難しくなりました。出願の経緯で特に不誠実な事実があった場合にかぎり、本号により拒絶されることになります。このような包括的な規定の適用は抑制的であるべきなので、その方針は正しいといえるでしょう。

商4条1項8号(他人の氏名または著名な略称)

登録しようとする商標(ブランド)がそのメーカーの会社名と同じ場合は、本号の対象となります。他社名と同じ名称のブランドを勝手に登録しようとすると、本号で拒絶されるのです。

ただし、略称の場合は他社名が著名な場合に限り本号の適用となります。多くの場合、商品ブランドは社名の略称となるため、本号の対称となるのはその社名が著名な場合に限られます。

例えば「エクスカリバー株式会社」の商品ブランドが「エクスカリバー」である場合に、この『エクスカリバー』を登録しようとすると、これは商品ブランドであると同時に、会社名の略称でもあります。略称の場合は、その社名が著名な場合のみ本号の対象となるので(※外国のみでの著名で足ります)、「エクスカリバー株式会社」が著名な場合に限り、本号により登録が拒絶されることになります。

この著名性の判断は比較的緩く解釈されていて、外国である程度以上(従業員数が数百人以上いるなど)であれば、著名と判断されることが多いです。

無効理由・異議申立理由

上記の拒絶理由はすべてそのまま無効理由に挙がっています。従って、仮に審査段階で上記拒絶理由が見逃され登録になってしまった場合は、無効審判を請求することができます。異議申立についても同じです。

取消理由

一方で、拒絶理由等ではないが、取消理由に挙がっているものもあります。

商53条の2(代理人による不正登録)

出願前1年以内に外国メーカーの代理人であった人が、その商標を日本で勝手に登録してしまった場合は、本条に基いて、その商標登録を取り消すことができます。

代理人とは、メーカーに対して何らかの代理権を有する者を指し、一般には代理店がこれに該当します。単に仕入れをしているだけの卸先はこれに含まれないことに注意が必要です。

また、本取消審判を請求できるのは、ブランドの持ち主である海外メーカーだけである点にも注意が必要です。代理店などは、利害関係人にはなるでしょうが、本審判を請求することはできません。この場合は、その海外メーカーから弁理士宛の委任状を用意してもらい、事実上代理店が動くという方法をとることになります。

他人のブランドを登録してもよいのか

結局のところ、他人のブランドを勝手に登録してもよいのでしょうか。

少なくとも法律上は、上記の不登録事由や取消理由がありますので、これらに該当する場合には、そうした出願はリスクが大きく、出願すべきでないといえるでしょう。

一方で、上記のいずれの理由にも該当しない場合は、そのような出願をしてはいけないという法律上の根拠はありません。冒頭で述べたように、商標法はそうした出願を当然に予定しています。厳しいかもしれませんが、先願主義のもと、前もって出願しておかなかった点にメーカーの責任があるともいえます。

また、ほとんどの拒絶理由(無効理由)は、そのブランドが周知であることを前提にしています。一般に、商標は登録されて初めて保護されますが、未登録の商標は、周知性を獲得した場合にかぎり、他人に勝手に登録されないなど一定の保護を受けることができます。逆にいうと、周知性を獲得していない未登録商標は、商標法上保護される根拠がないのです。つまり、周知性を獲得するまでは商標法上保護する価値がないというのが、いまの日本という国の価値観なのです。

だとすると、周知でない商標については、他人のブランドであっても勝手に登録することを妨げる法律上の理由は、ないといえます。ただし法律上許されることと、社会通念上許容されることの間には差があるかもしれません。ご商売を続けていく中で、他人のブランドを無断で登録するという判断が貴社にとってどういう意味を持つのか、あるいはどのようなメリット・デメリットがあるのか、事前によく検討してください。

他人にブランドを登録されたらどうしたらよいのか

最近、このようなお問い合せを多くいただきます。

まずは上記の異議・無効・取消理由がないか、検討してみる必要があります。何かの理由がありそうならば、無効審判などを請求して、その商標権を潰すことを考えます。

ただしこれらの理由を探すことは難しいことが多いです。ほとんどの理由には出願時の周知性が要求されますが、出願は半年以上前になされていることが多く、有名ブランドでないかぎり、出願時の周知性を証明することは容易ではありません。

万一無効理由等が見つからない・証明できない場合でも、メーカー側に商標権者よりも資金力があるならば、無効審判や取消審判を請求し、さらには訴訟などを提起することを検討します。

こうすることで、場合によっては商4条1項7号などが認められるかもしれませんし(7号の適用は個別の事情により適用になったりならなかったりします)、相手を牽制しつつ証拠収集の時間を稼げます。特に相手の規模が小さい場合は、審判や訴訟の対応費用で大幅な赤字になるので、争うよりも商標権を譲渡すると判断するケースが少なくありません。

弊所の対応

弊所には、商標を取りたい方・潰したい方の両方からご相談いただきます。

取りたい方には、上記のように数多くの拒絶理由があり登録できない可能性がある点、そのような商標登録は業界内で評価されずご商売に悪い影響が出る可能性がある点、また仮に無事に登録になっても相手方の審判請求などで手間やコストがかかる点などをご説明申し上げて、それでも出願をご希望される場合は、受任しています。繰り返しになりますが、商標法はこのような出願を許容しているからです。この場合は、登録後の審判対応なども包括的にサポートさせていただきます。

一方でそのような商標登録をされて困っている方には、審判請求をはじめ訴訟などあらゆる手段を用いて権利を潰すか、相手方と権利譲渡やライセンス許諾の交渉するなどの選択肢を検討します。弊所ではこれらのお手伝いもしています。英語でのメーカーとの交渉も代わりに行います。

いずれにせよ商標は先願主義で早い者勝ちという大原則があるので、どのような立場であれブランドを日本で展開する可能性がある場合は、一刻も早く商標出願すべきです。他人の権利を潰すコストの方がよっぽど高いので、たとえテスト販売であっても日本への進出が決まったならば同時に商標出願もしておくのが結局最も安上がりだからです。一般には、代理店側からメーカーを説得することで商標出願にこぎつけることが多いようです。

おまけ

以前、「松阪牛」や「津軽りんご」が中国で勝手に登録され、本物が輸出できないことが日本で問題になりました。

最近は逆に、日本人が中国メーカーのブランドを勝手に登録する事例が相次いでおり、問題となっています。これには中国メーカーの技術力が上がってきたことや、日本人が中国商品を簡単に仕入れられるようになったことが背景にあります。取引量が増え、競業者が増えるとどうしてもこのようなトラブルも増えてしまいます。

日頃の業務に取り組みながら、日本も変わってきたなぁと実感しています。