いわゆる個人輸入という輸入態様があります。個人輸入では、商標権などの知的財産権侵害物品であっても輸入できる(少なくとも特許庁及び税関では知的財産権を侵害しないので輸入できると解釈している)ことになっています。それでは、この法的な根拠は何なのでしょうか。
そもそも個人輸入という用語は、法律用語ではありません。法律のどの条文を読んでも、個人輸入という単語は出てきません(たぶん)。なので、法律家は、「いわゆる個人輸入」などという言い方をします。
個人輸入の定義は、おそらく業として行わない輸入ということになると思われます。これは知的財産権の効力の定義から導かれるものです。
例えば特許法第68条には、特許権の効力がこう規定されています。
特許法第68条
特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。(後段省略)
実施には輸入行為も含まれるので、つまり、業として輸入しなければ、特許権侵害とはならないことになります。
ここで、業としてとは、広く事業としてという意味であり、営利性・反復性は問わないと解されています。民法系(特に消費者契約法など)の勉強をされた方はまったく逆の内容を教わったと思いますが、少なくとも特許の世界ではこうなっています。
そうすると、事業として行わない輸入は特許権を侵害しないことになり、このような輸入態様を個人輸入と呼んでいます(特許権侵害をしない輸入態様が個人輸入なのか、個人輸入が特許権侵害をしないのか、一見するとトートロジーのようですが、両者は同義です)。
そして、これは特許権、実用新案権、意匠権について同じ解釈となっています。つまり、特許権、実用新案権、意匠権の内容を実施する商品でも、事業として輸入しなければ、権利侵害とはならないのです。
上述のように営利性や反復性は必要ではないので、たった1回であっても、あるいは病院や学校などの非営利事業であっても、事業として輸入する限り個人輸入にはならない点に注意が必要です。
しかし、商標法では少し事情が異なります。商標権の効力は、商標法第25条に規定されています。
商標法第25条
商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。
商標法では、特許法とは異なり、業として使用する権利を専有するとはなっていません。これはなぜかというと、そもそも商標の定義に業としての要件が入っているからです。
商標法第2条第1項
この法律で「商標」とは、(標章のうち、)次に掲げるものをいう。
一 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの
このように、商標法では、「業として商品を生産・証明・譲渡する者が使用する標章」を商標と定義しています。そして、商標は長年に渡り使用され続けることで信用が積み重ねられるという性質があるため、商標法にいう「業として」とは、一定目的のために反復継続的に行う行為をいうと解釈されています。ただし商標法でも、特許法等と同様、営利目的は要求されていません。
では、輸入においては、業として(=反復継続的に)標章を使用するのは、商品を「生産する者」「証明する者」「譲渡する者」の誰なのでしょうか?逆にいうと、個人輸入では、誰が業として標章を使用しないので商標法上の商標ではない(故にそれを使用しても商標権侵害とならない)のでしょうか?
これは、「いずれにも該当しない」が正しいのだと思います。
輸入は商標法上の「使用」に該当します。しかし個人輸入の場合は、標章を使用する者(=輸入者)は、商品を生産・証明・譲渡のいずれもしません。よって個人輸入の場合には、標章は商標ではないのです。商標でないのですから、輸入行為が商標権侵害になることはない。そういう構造なのだと思われます。
しかし上記の解釈はかなり強引で、感覚的に受け入れがたいものとなっています。
なぜならば、この解釈によれば、同じ商品に付された標章でも、それが輸入後に業として譲渡される場合は商標であるが、業として譲渡されない(orそもそも譲渡されない)場合は商標でないことになってしまいます。
例えばカバンにGUCCIの標章が付されている場合に、輸入後に業として譲渡されるならばそのGUCCIは商標であるが、業として譲渡されないならば商標でないというのは、感覚的に理解しづらいでしょう。
また、例えば業として譲渡しない(GUCCIは商標ではない)ものを、その後業として譲渡するようになった場合(GUCCIは商標である)、同じ商品に付されている標章が商標になったりならなかったりすることになり、かなり無理があるように思います(このような場合に過去に遡って輸入行為を商標権侵害とすることには実効性がなく意味がありません)。
そもそも、輸入後に譲渡されることを前提に、譲渡に先だって行われる輸入行為の侵害性が決定されるのは、法律構成としてもどこかおかしいように思われます。
さらには、この解釈では、輸入の場合と輸出の場合で矛盾が生じてしまう点も問題です。例えば海外ECサイトでGUCCIのカバンを購入したとします。海外からEMSで個人輸入しましたが、届いてからそれが偽物であることに気付きました。
この場合、そのカバンは業として譲渡されないので、カバンに付されているGUCCIは商標ではありません。よって当然商標権侵害もないので、税関で止められることもありません。
しかし、偽物を外国の売主に返送しようとすると、税関では偽物の輸出としてそれを止める運用をしています。つまり輸出段階ではGUCCIは商標だと税関は捉えているわけです。輸入と輸出の間にどのような差があるのか、よくわかりません。
※ご参考(
税関Webサイト)
コピー商品の返送
Q.コピー商品を海外へ返送することは可能でしょうか。
A.権利者が同意のうえ、経済産業大臣の承認を得れば返送することが可能な場合もあります。
このようにあまり納得できない解釈ですが、少なくとも特許庁と税関では、これを採用していると考えられます。
実は以前この点を税関に問い合わせたことがあるのですが、税関では以下の特許庁の見解を参考にしているとの回答でした。
本事例集の7ページには、以下の説明があります。
商品又は商品の包装に商標が付されたものを輸入する行為は商標の使用(商標法第2条第3項第2号)に該当します。商標とは、業として商品を生産し、証明し、若しくは譲渡する者等によって使用される標章をいい、「業として」とは一般に「反復継続的意思をもってする経済行為として」といった意味と解されているため、反復継続的意思をもってする経済行為として商品の譲渡等を行う者が偽ブランド品を輸入して商標を使用する行為は、商標権侵害となります。
「…商品の譲渡等を行う者が…輸入して商標を使用する行為」とあるので、やはり「業として」の主体が輸入者であることを示していると考えられます。
このような無理のある解釈に頼らず、法改正をして、商標法でも商標権の効力の規定に業要件を入ようと考えるのが自然だと思います。産構審でそのような法改正の議論がされていました。
これの11ページ以降に、法改正する場合の条文案があります。
商標法第2条第1項(案)
この法律で「商標」とは、(標章であつて、)商品又は役務を識別する目的で用いられるものをいう。
として商標の定義から業要件を除いた上で、商標権の効力を以下のように規定します。
商標法第25条(案)
商標権者は、業として指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。
私もこの方がすっきりすると思います。そもそもカバンにGUCCIの標章が付されていれば、誰が輸入しようがそれは商標でしょう。その上で、それを業として輸入する場合に限り商標権侵害となるとする方がよっぽどストレートです。諸外国でもこの規定ぶりのようですし、この改正の議論が進むことを期待したいところです。
なお、上記はあくまでも特許庁や税関の解釈であって、裁判所がどう判断するかはわかりません。この点に関する裁判例等はないようなので、今後裁判所が独自の判断をする可能性は残されています。
少なくとも文言を素直に解釈する限り、現行の商標法では個人輸入は商標権侵害となると解釈するのが素直な読み方です*。いまは個人輸入を商標権侵害とすべきでないという価値観がまずあって、それを満たすために無理のある法解釈をしていると捉えるのが正しそうです。
* 商2条1項1号の「業として」は「商品を生産する者」に係ると解釈し、海外メーカーが付した標章はすべて商標であると考えます。そうすれば、それを輸入(商2条3項2号)する行為は、業としてかどうかにかかわらず、商標権侵害となります(商25条)
著作権法では、産業財産権法と異なり、そもそも業として使用・利用という分け方をしていません。個人輸入については、以下の規定があるのみです。
著作権法第113条第1項
次に掲げる行為は、当該(中略)著作権(中略)を侵害する行為とみなす。
一 国内において頒布する目的をもつて、輸入の時において国内で作成したとしたならば(中略)著作権(中略)の侵害となるべき行為によつて作成された物を輸入する行為
このように「国内において頒布する目的」がある場合は、模倣品を輸入すると著作権侵害になります。
知的財産法では、「家庭的・個人的実施にまで特許権の効力を及ぼすのは社会の実状から考えて行きすぎである(青本・特許法)」という価値観に立って、商用目的の輸入に限り違法とし、まったくの個人使用目的の輸入については違法性を問わないとしています。商標法の解釈は多少複雑ですが、いずれも条文から導かれるものです。
ところでこうした規定を悪用して、個人輸入であると偽って偽物を輸入し、ネットショップ等で販売する人が増えています。言うまでもなくこうした行為は違法です。商標権侵害として差し止めや損害賠償請求の対象となるのみでなく、通関時に税関からの指摘を受け、個人的使用の確認書などを提出している場合は、故意に知的財産権を侵害したとして、商標法などの知的財産法または関税法に基いていきなり刑事罰が適用される可能性もあります。
また商標については、たとえ1個でも反復継続的に販売する意思がある場合は個人輸入にならないため、輸入・販売すると商標権侵害となるので、注意してください。