またも少し出遅れましたが、アマゾンに投稿された中傷レビューの発信者の情報開示を求めた訴訟において、裁判所が面白い判決を出したようです。
記事によると、アマゾンで中傷レビューを投稿されたNPO法人が、投稿者の情報を開示するよう求めていた件で、裁判所は、アマゾンジャパン株式会社に、投稿者のIPアドレスに加え、氏名、住所、メールアドレスの開示を命じる判決を下したそうです。
この話題のポイントは、2つあります。
ひとつは、IPアドレス以外の情報も、アマゾンに開示義務があると判断した点です。これまでの手続きの流れに従えば、まずアマゾンに対してIPアドレスの開示を請求して、その情報を基に、ISP(プロバイダ)に対して個人情報を開示する請求するという、二段階の手続きをすることになっていました。ところが本判決では、アマゾンに対して、IPアドレスのみならず、投稿者の氏名や住所なども開示するように命じました。これにより、アマゾンに対する一度の手続きのみで投稿者の個人情報を入手できることになり、開示請求をする方は手間・時間・費用を軽減させられることになりました。
もうひとつは、今回開示義務が課されたのがアマゾンジャパン株式会社であるという点です。ご存知の通り、Amazon.co.jpの運営主体は、Amazon.com Int’l Sales, Inc. 及び Amazon Services International, Inc. です(米国2社による共同運営)。日本法人であるアマゾンジャパン株式会社は対応窓口に過ぎないため、Amazon.co.jpで生じたトラブルについての訴訟は米国企業を相手に起こさなければならないとこれまでは言われていました。ところが本判決では、アマゾンジャパン株式会社に対して情報開示を命じました。これにより、米国企業と裁判をしなくてもいいこととなり、開示請求がかなりやりやすくなったといえます。
それぞれのポイントについて簡単にみていきます。
前者については、これまでもできるのではないかと言われていました。司法や行政などからの強制力のある命令があれば、アマゾンは情報を出さざるを得ないだろうというのが専門家の見解でした。実際にIPアドレスはこれまでもアマゾンなどのサイト運営者から開示されていました。
今回は、氏名や住所なども含めてアマゾンに開示義務があると判断された点に意義があるのですが、実はこの氏名や住所は、アマゾンに登録されている情報だという点に注意が必要です。従来のISPが開示する方法では、IPアドレスからユーザごとの接続IDや接続先サーバから住所などを特定します。一方で、アマゾンはそうした情報を割り出すことはできないので、アマゾンにユーザ登録されてある情報を提供することしかできないはずです。アマゾンでは、クレジットカードと電話番号さえあればアカウントが作れてしまいます。これらの情報は一時的なものを入手するのが簡単なので、虚偽の住所や氏名で登録がなされている場合、正確な情報が割り出せないという問題が残る点には注意が必要です(このような事情を知って最初から虚偽情報で登録する人は実際にいます)。そのようなケースでは、結局従来通りの方法でISPに情報開示請求をするしかありません。
あとは、今後は同様の訴訟を提起すればこうした情報を開示させられるのでしょうが、弁護士会照会ではどこまでの情報が出てくるのか(アマゾンには出す義務があるのか)も今後の検討課題でしょう。
さて、今回特に重要なのは、後者です。今回原告は、本件訴訟に先立ち、アマゾン米国法人を訴えていたそうです。その後日本法人も訴えたところ、「Amazon.co.jpの運営主体はアマゾンジャパン株式会社である」と認めたため、米国法人に対する訴えは取下げて、アマゾンジャパンに対する請求一本に絞ったという経緯があるようです。
これまで、アマゾンと書面等でやり取りをすると、サイトの運営主体は米国法人であり、日本法人は対応窓口にすぎないという注意書きが必ず記載されていました。一方で、アマゾンの倉庫(FBA)はアマゾンジャパン・ロジスティクスが運営しているという事情があり、サービス全体としては誰が実質的な運営主体がよくわからない状態となっていました。こういった事情のため、Amazon.co.jpにおける問題について訴訟を起こすならば、米国法人を相手に訴えるしかないというのが一般的な考えでした。それが、アマゾン自ら実質的な運営主体はアマゾンジャパン株式会社あると認めたことにより、アマゾンジャパンを訴えればいいとされた点で、本件には大きな意義があるといえます。
本判決は、アマゾンにおける知的財産権侵害への対応にも影響すると思われます。例えば、Amazon.co.jpで商標権や意匠権などの知的財産権侵害をする商品が販売されているのを発見したら、出品取り下げなどをアマゾンジャパン株式会社に申告することになります。ところが、解釈の差などの理由で、アマゾンがスムーズに手続きをしてくれないことがあります。そうしたときに、これまではアマゾン米国法人を相手に訴訟を起こさなければいけないと考えられていたので、かなりハードルが高く、ネット販売では侵害の規模が小さいことが多いことを考え合わせると、手間やコストの観点から、訴訟提起できないという問題がありました。もしアマゾンジャパン株式会社を相手に訴えればいいということであれば、訴訟のハードルが格段に下がる(例えば書類の翻訳料がなくなるだけでかなりのコスト削減になります)ので、今後はAmazon.co.jpにおける知的財産権侵害の問題は裁判で争う例が増えるかもしれません。
また、FBA倉庫(フルフィルメントセンター)に偽物が納品されている可能性が高いことがわかっているときに、出荷差し止めや、その前段階として工場への立入検査を希望することは多くあります。これについても、これまでは米国法人を訴えるのは大変なので諦める事例が多かったのですが、今後はアマゾンジャパン・ロジスティクスを訴えればいいのだろうということが明らかになったように思います。
そういう意味で、本判決は中傷レビューに関するものですが、模倣品対策の観点からも、今後の実務に与える影響は大きいと思われます。
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