中傷レビュー投稿者の情報開示が命じられた事例から考えるアマゾンにおける模倣品対策

またも少し出遅れましたが、アマゾンに投稿された中傷レビューの発信者の情報開示を求めた訴訟において、裁判所が面白い判決を出したようです。

記事によると、アマゾンで中傷レビューを投稿されたNPO法人が、投稿者の情報を開示するよう求めていた件で、裁判所は、アマゾンジャパン株式会社に、投稿者のIPアドレスに加え、氏名、住所、メールアドレスの開示を命じる判決を下したそうです。

この話題のポイントは、2つあります。

ひとつは、IPアドレス以外の情報も、アマゾンに開示義務があると判断した点です。これまでの手続きの流れに従えば、まずアマゾンに対してIPアドレスの開示を請求して、その情報を基に、ISP(プロバイダ)に対して個人情報を開示する請求するという、二段階の手続きをすることになっていました。ところが本判決では、アマゾンに対して、IPアドレスのみならず、投稿者の氏名や住所なども開示するように命じました。これにより、アマゾンに対する一度の手続きのみで投稿者の個人情報を入手できることになり、開示請求をする方は手間・時間・費用を軽減させられることになりました。

もうひとつは、今回開示義務が課されたのがアマゾンジャパン株式会社であるという点です。ご存知の通り、Amazon.co.jpの運営主体は、Amazon.com Int’l Sales, Inc. 及び Amazon Services International, Inc. です(米国2社による共同運営)。日本法人であるアマゾンジャパン株式会社は対応窓口に過ぎないため、Amazon.co.jpで生じたトラブルについての訴訟は米国企業を相手に起こさなければならないとこれまでは言われていました。ところが本判決では、アマゾンジャパン株式会社に対して情報開示を命じました。これにより、米国企業と裁判をしなくてもいいこととなり、開示請求がかなりやりやすくなったといえます。

それぞれのポイントについて簡単にみていきます。

前者については、これまでもできるのではないかと言われていました。司法や行政などからの強制力のある命令があれば、アマゾンは情報を出さざるを得ないだろうというのが専門家の見解でした。実際にIPアドレスはこれまでもアマゾンなどのサイト運営者から開示されていました。

今回は、氏名や住所なども含めてアマゾンに開示義務があると判断された点に意義があるのですが、実はこの氏名や住所は、アマゾンに登録されている情報だという点に注意が必要です。従来のISPが開示する方法では、IPアドレスからユーザごとの接続IDや接続先サーバから住所などを特定します。一方で、アマゾンはそうした情報を割り出すことはできないので、アマゾンにユーザ登録されてある情報を提供することしかできないはずです。アマゾンでは、クレジットカードと電話番号さえあればアカウントが作れてしまいます。これらの情報は一時的なものを入手するのが簡単なので、虚偽の住所や氏名で登録がなされている場合、正確な情報が割り出せないという問題が残る点には注意が必要です(このような事情を知って最初から虚偽情報で登録する人は実際にいます)。そのようなケースでは、結局従来通りの方法でISPに情報開示請求をするしかありません。

あとは、今後は同様の訴訟を提起すればこうした情報を開示させられるのでしょうが、弁護士会照会ではどこまでの情報が出てくるのか(アマゾンには出す義務があるのか)も今後の検討課題でしょう。

さて、今回特に重要なのは、後者です。今回原告は、本件訴訟に先立ち、アマゾン米国法人を訴えていたそうです。その後日本法人も訴えたところ、「Amazon.co.jpの運営主体はアマゾンジャパン株式会社である」と認めたため、米国法人に対する訴えは取下げて、アマゾンジャパンに対する請求一本に絞ったという経緯があるようです。

これまで、アマゾンと書面等でやり取りをすると、サイトの運営主体は米国法人であり、日本法人は対応窓口にすぎないという注意書きが必ず記載されていました。一方で、アマゾンの倉庫(FBA)はアマゾンジャパン・ロジスティクスが運営しているという事情があり、サービス全体としては誰が実質的な運営主体がよくわからない状態となっていました。こういった事情のため、Amazon.co.jpにおける問題について訴訟を起こすならば、米国法人を相手に訴えるしかないというのが一般的な考えでした。それが、アマゾン自ら実質的な運営主体はアマゾンジャパン株式会社あると認めたことにより、アマゾンジャパンを訴えればいいとされた点で、本件には大きな意義があるといえます。

本判決は、アマゾンにおける知的財産権侵害への対応にも影響すると思われます。例えば、Amazon.co.jpで商標権や意匠権などの知的財産権侵害をする商品が販売されているのを発見したら、出品取り下げなどをアマゾンジャパン株式会社に申告することになります。ところが、解釈の差などの理由で、アマゾンがスムーズに手続きをしてくれないことがあります。そうしたときに、これまではアマゾン米国法人を相手に訴訟を起こさなければいけないと考えられていたので、かなりハードルが高く、ネット販売では侵害の規模が小さいことが多いことを考え合わせると、手間やコストの観点から、訴訟提起できないという問題がありました。もしアマゾンジャパン株式会社を相手に訴えればいいということであれば、訴訟のハードルが格段に下がる(例えば書類の翻訳料がなくなるだけでかなりのコスト削減になります)ので、今後はAmazon.co.jpにおける知的財産権侵害の問題は裁判で争う例が増えるかもしれません

また、FBA倉庫(フルフィルメントセンター)に偽物が納品されている可能性が高いことがわかっているときに、出荷差し止めや、その前段階として工場への立入検査を希望することは多くあります。これについても、これまでは米国法人を訴えるのは大変なので諦める事例が多かったのですが、今後はアマゾンジャパン・ロジスティクスを訴えればいいのだろうということが明らかになったように思います。

そういう意味で、本判決は中傷レビューに関するものですが、模倣品対策の観点からも、今後の実務に与える影響は大きいと思われます。

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『フランク三浦』商標問題について考える

数日前になりますが、面白いニュースが出てきました。

超高級腕時計の『フランク・ミュラー』のパロディ商品として人気の高い、『フランク三浦』という腕時計のブランドがあり、これが「時計」等を指定商品として商標登録されていました(商標登録第5517482号)。

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これに対して、本家フランク・ミュラー側が無効審判を請求したところ、特許庁審判部は、これを無効とする審決を出しました(無効2015-890035)。これを不服として、フランク三浦側が知財高裁に審決の取り消しを求めていたものについて、知財高裁は請求認容の(すなわち商標登録は有効という)判断を下したというものです。

現段階ではまだ判決文が入手できないためソースはニュース記事のみになってしまいますが、まぁ知財高裁らしい判断かなという印象です。

今回主に争われたのは、商4条1項11号の該当性だと思われます。主引例として商標登録第4978655号(『フランク ミュラー』の標準文字商標)が挙げられ、これとの類似性が議論されたようです。

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日本では、パロディの商標を認めるかどうかという基準はありません。なので通常の商標として、両商標の類似性を判断することになります。(ただし後述するようにパロディならではの論点も多少あります。)

ざっくりみて、『フランク三浦』は「フランクミウラ」と発音されるので、称呼は『フランク・ミュラー』と類似するでしょう。そもそもパロディ商標なので、似ていて当然です。実際この点は特許庁審査・審判・知財高裁の各段階で共通の判断がされています。逆に、外観は一見して非類似でしょう。判断が難しいのは観念で、無効審判と知財高裁ではここで差が出ているようです。

審査基準によると、11号における商標の類否判断では取り引きの実情が考慮されることになっています。が、特許庁の審査段階では、単純に両商標を比較(離隔観察)して、外観や観念が異なるとして登録になったものと思われます。実際に、審査段階では拒絶理由は一度も通知されていません。

それが、無効審判では、称呼は当然類似するとして、観念についても『フランク三浦』からは『フランク・ミュラー』を想起するとして、類似性を肯定し、商標登録を無効としました。フランク・ミュラーの著名性を考慮しての判断です。

一方で知財高裁では、称呼は類似するものの、外観に加えて観念についても、「三浦」部分が日本人を想起させるとして、類似性を否定したようです。どうやら知財高裁は離隔観察の時点で商標非類似と言っているようです(判決文を読まないと正確なことはわかりません)。

この判決はさらに面白い判断をしています。上記だけでバッサリ「非類似」と切ってしまってもよかったのでしょうが(実際にそうしたのかもしれませんが)、知財高裁では両者の価格帯などに触れ、需要者が両商標を混同するおそれがないことを述べています。この「混同」が狭義の混同を指すのか、広義の混同まで含むのか、現段階ではわかりませんが、もし15号との絡みで出てきた議論なら面白いかもしれません。

11号の類似における混同とは、狭義の混同だとされています。つまり、フランク三浦の時計の出所がフランク・ミュラーだと需要者が混同するかというと、それはしないだろうと。だから両商標は非類似なのだという話ならば、それなりにしっくりきます。

一方で15号における混同とは、広義の混同までを含む概念だといわれています。つまり、フランク三浦の時計がフランク・ミュラーから出されているとは思わないにしても、日本における低価格帯向けの時計を製造販売する子会社や関連会社から出されているのではないかと需要者が思う可能性があるのであれば、15号に該当するとして無効にされるはずです。本件は15号にも該当しないと判断されているものですから、もし15号該当性の議論において知財高裁が「ミュラーは多くが100万円を超えるのに対し、三浦は4000円から6000円と安いことなどから、「(広義の)混同は考えられない」と」(同MBS)判断したのならば、この部分はさらに面白いネタとなるでしょう。このあたりは判決文が入手できるまではただの妄想です。

ところでこの判決は弁理士としてなかなか興味深いです。

実際にこの種の相談をよく受けます。仮に「フランク・ミュラーのパロディとして『フランク三浦』という時計を販売していいか」と相談されたら、どう答えたらいいのでしょう。「問題ない、GO!」とはなかなか答えられません。なにせ特許庁の審査及び審判、知財高裁で判断が分かれているのですから、事前に正解を予測しろというのは無理というものです。しかもこれは登録性における類否の議論です。侵害性における類否の議論ならどうなるか、現段階でもわかりません。

このような場合に、私は、どうしても使いたいなら実際に出願してみるようアドバイスすることがあります。出願してみて登録になれば特許庁のお墨付きを得られたとして登録商標を堂々と使用すればいい* ですし、登録できなければ類似商標ということでしょうから使用しなければいいです。商標出願は費用も安いですし、判断が出るまでの期間も4ヶ月程度ですので、複数の弁理士に何十万円もかけて鑑定書をもらったり、特許庁に判定を請求するくらいなら、出願して審査官に判断してもらう方がコスパがいいでしょう。

* ただし、後に無効となった場合には、仮にそれまで商標登録されていたとしても、使用していた期間の損害賠償責任を負うというのが裁判所の立場ですから、100%リスクを回避できるわけではありません。

このような方法を採った場合、本件のように審査段階で離隔観察により非類似と判断され登録になったとして、その後無効審判やその取消訴訟で取り引きの実情が考慮された結果、無効とされてしまうリスクが実務上どれだけあるかは非常に悩ましいところです。本件では審査段階と知財高裁が同様の結論だったので結果的にこのような問題は生じなかったのでしょうが、逆の結論のケースも当然考えられます。

現実問題として、特許庁の審査段階で取り引きの実情を大きく考慮することは不可能でしょうし、今回のように拒絶理由さえ通知されずに登録されてしまうと、出願人にはそのための資料を提出する機会すら与えられません。そういうことは事後的に無効審判で争えということなのかもしれませんが、コストの観点からは個人や中小企業には優しくない制度です。本件のように判断が分かれる可能性があるものについては、審査段階で一度拒絶理由通知を打っていただきたいものです。本件などは拒絶理由通知が打たれていてもよかったケースなように思います。

さて、この判決のニュースは話題になっており、弊所にも「パロディ商標って大丈夫なんですか」という問い合わせが既にありました。たしかに、これまでの日本での商標の争いをみると、フランク・ミュラーのような明らかに著名な商標の持ち主が負けるケースは珍しいように思います。多くの場合、著名ブランドが正義であり、真似をする方が悪なので、よっぽどのことがない限り著名ブランド側が負けることは少ないでしょう。

だからといって「有名ブランドも少しいじればパクってOK」というわけではありません。前述のとおり、日本ではパロディだからどうかという基準はありません。結局は両商標が類似するかを議論するだけです。その過程で、本件のように「需要者層が異なる」というパロディの特徴が結論に何らかの影響を与え得るという程度です。そのような中で、今回フランク三浦は、本気でパロディをしたからこそこのような結論を得たと考えていいと思います。なぜならば、「需要者層が異なる」ことが類否判断に大きく影響するのであれば、粗悪な模倣品についても類似商標が登録しやすいのかというと、そんなことはないはずだからです。

例えば、『GUCCHI』の偽物の『GOCCHI』というブランドがあったとして、これを付したカバンが3千円台で売られていたらどうでしょうか。それを買う人はまさか本物のグッチだとは思わないでしょうから、需要者層は両者で異なります。ならば『GOCCHI』を商標登録して販売することを認めていいかというと、そんなことはないでしょう。やはりパロディをやるにしても、離隔観察の段階で非類似だと判断される商標を選択しないと危険だということです。(そして非類似な商標でパロディをすることは難しいはずです。)

結局、パロディをするにも真剣にやらないといけないということです。フランク三浦は、本気でパロディをした、だから裁判所も許してやろうという結論を下したのだと思います。彼らは自ら時計を作り、しかもその精巧さや品質に定評があったと聞きます。そのような、そもそも特徴のある時計に、著名なフランク・ミュラーをもじった名称をつけて、しかも「三浦」という日本で一般的な姓を選んだことで、一種のギャグ/ユーモアとして評価できるレベルに達していたのでしょう。著名なフランク・ミュラーのブランド力を利用して偽物を売ろうとした事例とは違うということです。

ただ正直、釈然としない部分もあります。価格帯が異なるから需要者が混同しないと言いますが、ではフランク・ミュラーが大衆向けの1万円くらいの時計を売り出したら結論は変わるのでしょうか。

フランク・ミュラー側は、「信用や顧客吸引力への『ただ乗り』目的だ」(朝日新聞DIGITALと主張しているようで、これはまさにその通りでしょう。もし「フランク・ミュラー」という著名ブランドがない世界だったなら、「フランク三浦」はどれだけ売れたでしょうか。ただ乗りではあるが、商標法で保護される利益を損なっていないという判断でしょうか。いまいち納得できません。

それにこれはあくまでも審決取消訴訟です。侵害訴訟でも同じ結論となるでしょうか。さすがにこの判決がある以上、今後商標権侵害訴訟が提起されても、そこで商標非類似と言うのは難しいかもしれません。そういう意味で、フランク・ミュラー側はいきなり無効審判を請求するのではなく、侵害訴訟から入ってその中で類似性や商標登録の有効性を争った方がよかったかもしれません(いまだから言えるわけですが)。

また、不正競争防止法の訴訟ならば、フランク三浦が差し止められる可能性も決して低くないと思われます。仮に商標部分が非類似だとしても、文字盤のデザイン(※フランク・ミュラーの文字盤デザインはかなり特殊的です)もよく似ています。それを商品等表示として類似性が争われた場合、文字盤の類似性を凌駕するほどの非類似性が商標部分にあるかは微妙だと思います。おそらくフランク・ミュラーの著名性は揺るがないでしょうから、2号の適用があります。2号では、著名ブランドの品位を落としたり(ポリューション)、唯一的な地位を傷つけたり(ダイリューション)する行為も制限されるので、フランク三浦の時計はそれらに該当するかもしれません。

そういう意味で、フランク三浦がこのまま販売を続けられるかわからず、まだまだ微妙な案件だといえると思います。

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香港・広州の展示会に行く際の知的財産権の観点からの注意点

4月に入りました。香港&広州の展示会シーズンですね。

中国・広州では、アジア最大の見本市である広州交易会が、1〜3期の3回、通算15日間にわたって開催されます。

また、広州交易会の各期の間を縫うようにして、香港でも大規模な展示会が開催されます(Electronics Fair / Houseware Fair / Gifts & Premium Fair など)。

広州と香港は電車で2時間程度の距離なので、世界中から集ったバイヤーはこの期間は数日おきに両地を移動し、最大3週間も展示会を歩き続けます。これを毎年春と秋の2回繰り返すわけです。

日本からも、商品を発掘するために多くのバイヤーが参加します。毎年この時期になると、「中国の展示会なのでやはり知的財産の問題が気になる、参加するにあたって気をつけるべき点は何か」という問い合わせが増えます。私は展示会が好きで、これまで広州・香港合せて数十回の展示会に参加し、1000以上のブースと話をしたことがあります。大げさではありません。仮に1日20ブースと話をするとして、50日間あれば1000ブースです。50日以上は優に参加していますので、もしかしたら2000ブースくらいの話を聞いたかもしれません。こういう現場を知っている弁理士は少ないと思うので、これらの経験を交えて、上記注意点をまとめてみたいと思います。

中国の展示会で見つけられる商品は知的財産の観点から大丈夫か、という危機感は非常に的を射ています。展示会・見本市というと、各企業が新製品を発表する場というイメージが強いですが、広州交易会はそういう趣旨の展示会ではありません。広州交易会は、ほとんどの場合工場が、というより中国では大企業以外「メーカー=工場」という認識でいいので、「メーカーが」と言い換えてもいいのですが、誰でも作れる商品をより速く高品質で作れることをアピールするための場です。

中国のメーカーは、基本的にどこも同じような商品を作ります。自社で商品を開発するメーカーは、大企業以外ほとんどありません。中国メーカーの基本的なビジネスモデルは、日本や欧米の企業が開発し、販売して売れた商品を真似して、少しだけ手を加えてオリジナル商品として売り出す手法です。そして次は中国内でそれを真似するメーカーが現れて・・・と模倣が連鎖的に広がっていきます。商標さえ独自のものに変えれば模倣品ではなくなり、オリジナル商品になるというのが中国メーカーの根本的な価値観です。

そのため、広州交易会でも、香港の展示会でも、同じような商品がひたすら並んでいます。どのブースでも「これはうちの新製品」「自社のデザイナーが作った」「特許を取っている」などと言いますが、信じてはいけません。「新製品」というのは、新しく作り始めたという意味で、新しく開発したという意味ではありません。「自社デザイン」というのは、既存の商品のデザインを少し改変したという意味で、ゼロからデザインしたという意味ではありません。「特許がある」というのは、多くの場合「商品のデザインが著作権で保護されている」という適当なものか、せいぜい実用新案を取っているという意味に過ぎず、特許が取れるような新技術を開発したという意味ではありません(中国で実用新案権を取るのは簡単ですし、著作権に関してはそもそも工業デザインを保護しません)。

こうした知識を事前に持っておかないと、怪しい商品を掴まされてしまいます。売れずに儲からないくらいならまだいいですが、他人の知的財産権を侵害しているとして在庫破棄などの手続きになったり、損害賠償の責任を負ったりすると、莫大な損害が発生します。前述のように、広州交易会も、香港の展示会も、並んでいるのはほとんどが日本や欧米企業の模倣品です。多少デザイン変更をしているだけでオリジナルを謳っている商品ばかりです。

こうした商品は、中国内では知的財産の観点から問題がない場合もあります。中国では権利が発生していないとか、法制度の差異により中国ではそもそも保護対象でない場合などがあるからです。しかし、そうした商品が日本に入ってくるときに、日本で知的財産権が問題になることは当然あります。展示会に出展している中国メーカーは、日本で知的財産権を侵害するかどうかについて、一切責任はありません。展示会はあくまでも中国における展示行為なので、中国の知的財産法のみが問題になります。日本での法的な問題については、輸入者が100%責任を負うことになります。

例えば中国では、意匠登録がない場合、他人の商品の形態を模倣しても法的な問題は生じないので、堂々と売られたり展示されたりしています。しかし日本では、そのような商品は不正競争防止法の規定により輸入や販売が禁止される場合があります。日本で人気の商品を高品質で模倣している商品に飛びつく人が多いですが、日本には輸入できないことが多いので、注意が必要です。他にももちろん、日本では特許権や意匠権が発生しているが、中国では権利を取得していないものなどもあります。そのような商品は、展示会で見かけても、日本には輸入できません。

どうにも、そうした商品でもロゴを差し替えれば模倣品ではなくなるという甘い考えで輸入をする人が跡を絶ちませんが、そんなことをしても商標権侵害をしなくなるだけで、模倣品であることに変わりはありません。日本でモノを売るということは、売ってよいものかどうかを事前に確認することと常にセットです。中国メーカーの話を鵜呑みにしても責任は常に輸入者が負うことになります。怪しいコンサルタントに乗せられて「OEM」などと称して模倣品をわざわざ作って日本に輸入する人が少しでも減ってほしいと願ってやみません。

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スキャン代行の著作権侵害訴訟、上告棄却で違法確定

タブレット端末や電子書籍リーダーの普及に伴い、従来の書籍(いわゆる紙の本)を裁断し、スキャンを代行するサービスが登場しました。ところが、そうしたサービスに対して、作家(著作権者)が著作権侵害(複製権侵害)を根拠にサービスの停止を求める訴訟を提起していた問題について、先日17日に最高裁が上告棄却の決定をしました。これによりスキャン代行サービスを違法とした知財高裁の判決が確定しました。

1) 原告(被上告人)代理人の福井健策弁護士は、自炊とは紙の書籍を自分でスキャンして電子データ化することをいうので、「自炊代行」は理論上あり得ず、表現として不正確なので、「スキャン代行」という言葉を用いる、という趣旨の発言をされており、本稿でもそれに従います。

本をスキャンして電子データ化する行為は、著作権法上の複製に該当します(著2条1項15号、同21条)。ただし、複製に該当する場合でも、それを個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内で使用(いわゆる個人使用)するときは、前記規定にかかわらず、複製できることになっています(著30条1項)。

今回問題とされたサービスは、本の所有者が本をスキャン代行業者に送って、代行業者が所有者の代わりに本を裁断・スキャンして、作成した電子データを顧客に送るというものです。スキャン後の書籍は送り返さずに破棄していたようです。こうしてスキャンする行為は個人使用には該当しないとして、著30条1項の要件を満たさず、ゆえに複製権侵害をするとして争われていました。

たしかに、条文の文言をみると、実際に複製(スキャン)しているのは代行業者であり、そしてその目的は「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」ではないことも明らかでしょうから、形式的に複製権を侵害するといえます。

しかし被告側は、(1)スキャン後には書籍を処分しているのでスキャン前後で著作物の数は変わっていないこと、(2)代行業者は本の所有者の補助者または手足に過ぎないこと、を理由に、そもそも書籍を複製していないか、仮に複製していても実質的な複製主体ではない、という趣旨の主張を行い、そもそも複製権侵害がないという主張をしていました。

また、上記(2)の主張をさらに著30条1項の規定と組み合わせて、複製の実質的な主体は本の所有者であるのだから、本件複製行為は私的使用の範囲であるという主張もしていました。

今回最高裁は上告を棄却したので、知財高裁の判断に特に新しい判断が加えられたわけではありません。知財高裁の判決言渡から約半年が経過しており、その間に多くの評釈が世に出されているので、本稿では法的な解釈には軽く触れる程度で省略させていただきます。

結論からいうと、知財高裁はほぼ形式論に従って複製権侵害の判断をしました。すなわち、(1)実際にスキャンを行っているのはスキャン代行業者なのだから、彼らが複製主体である。(2)そして、彼らはそれを営利目的の事業として行っているのだから、私的使用目的の範囲を超えて複製しているので、著30条1項の適用もない。ゆえに著作権侵害であると結論づけました。著作権法の条文の文言そのままであり、その意味で説得力のある判断です。

一方で、知財高裁のこのような判断に対しては、否定的な見解も多くあったようです。知財専門家の間ではむしろ、本件行為を複製権侵害とすべきではないとするものが多かったように思います。その理由は論者により様々なので一言ではまとめられませんが、本事案が過去の著作権訴訟に比べて特殊な事情を抱えていたことがひとつの原因だと考えられます。

これまで著作権の世界では、各ユーザーの行為が著作権侵害をすることは明らかだが、それに加えて、ユーザーの著作権侵害を助長するサービスを提供する者の著作権侵害も問えるか、という観点で問題が論じられることがありました。その中で、前述の「手足論」や「カラオケ法理」などの法理論が発展してきたという経緯があります2)

2) 例えば、著作権料を支払わないカラオケ機器を設置している店があったとします。著作権法上は、その店で歌った人が著作権侵害をすることになります(著22条)。しかし著作権者は、違法に歌った人をいちいち訴えていたらキリがありませんし、現実的ではありません。そこで、そのような違法行為を前提にしたサービスを提供したお店が著作権侵害をするという解釈はできないか、という文脈で発展してきたのがカラオケ法理や手足論です。

本件でも、代行業者を止めることでスキャン自体を止めたいという事情があったものと思われますが、実は本件は、本の所有者が自らスキャンを行った場合は、著30条1項の適用により、著作権を侵害しません。同じ本を所有者自らがスキャンした場合は著作権侵害とならないのに、代行業者を通じてスキャンすると(代行業者が)著作権侵害するという判断結果には違和感があるように思います。しかも、代行業者が得る手数料は、純粋にサービスの手数料であって、本来著作権者が得るべき利益を横取りしているわけでもありません(※実際に、本件訴訟ではスキャンによる損害賠償は請求されていません)。代行業者によるスキャンそのものに何らかの違法性を見出さないといけませんが、何かあるのでしょうか。

この点については、(1)スキャンデータ(ほとんどの場合PDF)にはDRM(コピーガード)がなく、一度電子化されてしまうとインターネットを介して無制限に拡散してしまうこと、(2)スキャン後に裁断された書籍がネットオークションなどで販売されるとそのぶん書籍の販売機会が奪われること、などが指摘されています。なるほど、これらは所有者が自らスキャンした場合でも変わらないとはいえ、代行業者を利用することで電子化される書籍の数や種類が大きく増えるという点には着目すべきかもしれません。著30条1項の趣旨は、個人が自分や家族など極めて限定された範囲内で使用する場合は、著作権者に与える不利益が小さい一方、そのような複製にまで逐一許諾を求めないといけないとすると権利者・利用者双方にとって負担が大きいため、例外的に自由な複製を認めようというものなので、代行業者が業務用機器などを用いて大量に複製するものまでは対象としないとする立場には一定の説得力があるように思われます(※この点は知財高裁でも指摘されています)。

ただこの論法だと、私的使用目的だが大量に複製する場合の違法性が問えるのかとか、そのような機器を個人に販売する業者は著作権侵害の責任を負うのか、という疑問もやはり出てきます(※現実にはいずれも否定されるでしょう)。本来は「私的使用目的かどうか」という基準がそもそも上述の矛盾を抱えているように思われますし、そのような矛盾の中で敢えて「私的使用目的」という基準が設けられていることを考えると、知財高裁が行ったように形式的に複製主体で判断するのもやむなしかという気もしてきます。あるいは個別の事例ごとに複製の違法性について柔軟な判断がなされればいいのでしょうが、現行の著作権法の枠組みでは難しいでしょう。

もしこれがスキャン代行(自炊代行)のみの問題ならば、それほど大きな問題ではないかもしれません。そもそもスキャン代行業の市場はあまり大きくないでしょうし、ほとんどの代行業者は他の事業の片手間にスキャン代行も行っていると思われるので、スキャン代行ができなくなったとしても、それ自体が社会問題となることはないのかもしれません。また、作家(著作権者)の中でもスキャン代行を排除したい人と受認したい人がいるでしょうから、とりあえず本件訴訟の原告による書籍のみをスキャンの対象から外して、今後も警告書が届くなどしたらその作家のスキャンをやめれば、スキャン代行自体は継続できるでしょう。

問題は、本件判決の射程距離が、書籍のスキャン以外の電子化代行サービスにまで及ぶのかという点にあると思われます。既にあらゆるものを電子データで保存する時代になりました。そうしたものの電子データ化において、どこまで著作権の問題に向き合わないといけないのかは、まさにいま日本の著作権法が直面している課題といえるでしょう。現行著作権法はデジタル時代に対応できていないとよく言われます。DVDのリッピングや、4K番組の録画制限などの問題も、その一例でしょう。本件判決の基準では、他人の著作物を複製する際は、あくまでも形式的に「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」で行わないといけないと言っているように読めます。書籍にかぎらず、電子データ化を代行するサービスはすべて複製権を侵害すると言わんばかりの内容です。そうだとすると、本判決の意義はかなり大きいと思われます。

結局のところ、電子書籍の世界はまだ成長途中なのだと思います。一見すると、紙の本なのか電子データの本なのかという違いに過ぎないと思えますが、我々が紙の本を買うことと電子書籍を買うことには大きな差があります。紙の本を買うということは、その本(物理的な意味での本)の所有権を手に入れることと同義です。一方で、電子書籍を買っても、通常はその電子データの使用許諾をもらうに過ぎません。例えばAmazonのKindle本を購入したとしても、そこで手に入れられるのは、その電子データへアクセスする権利だけです。仮に将来Amazonが電子書籍事業を廃止したら、ユーザーの手元に電子データは残りません(それ以降はその本を読むことができなくなります)。そういう意味で、紙の本を自分で電子データ化するという需要は一定程度存在し続けるでしょう。逆に作者側は、電子データの流通をコントロールできないような態様での電子書籍は排除したいと考えるはずです。本件訴訟は、浅田次郎、大沢在昌、永井豪、林真理子、東野圭吾、弘兼憲史、武論尊といった日本を代表する大作家・漫画家が原告となっています。当然裏では出版社が主体となって行動したことが容易に推察されます。紙で本を出している出版社が、DRMなしの書籍の電子データ化を防ごうとするのは当然ともいえます3)。今回の問題はそのような利害対立の中で生じたものです。

3) 個人的な感覚として、そもそも未だ電子書籍そのものに消極的な出版社が多いように思います。

スキャン代行が事業としてできないとなると、スキャン機器をレンタルする事業が出てくるかもしれません(既にあるかもしれません)。裁断機とスキャナを一定期間貸し出すサービスならば、複製を行うのはあくまでも本の所有者なので、どれだけ大量の本をスキャンしても著30条1項の範疇に落ちてくるでしょう(少なくとも知財高裁の判決からはそう読むしかありません)。こうした事業が盛んになり、自炊がより容易に行えるようになると、「紙の本を買う」→「スキャンする」→「裁断済みの本をヤフオクで売る」というサイクルが当然になるかもしれません。漫画などはそもそも市販の電子書籍もスキャンデータなので、紙の本を買って自炊する方に優位性がありそうです。そうなると、本はヤフオクで裁断済みのものを買えばよくなり、スキャン後にはまたその本をヤフオクで売ればいいわけですから、電子書籍の入手コストが限りなく安くなる可能性があります。もしそのような時代になったら、出版社はスキャン機器のレンタルや、裁断済みの本を販売することの違法性を問おうとするのでしょうか。そのような裁判が起こされたら是非結論を見てみたいものです。

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スペインでの『UDON』商標問題について考える

元Jリーガーで、現在はスペインでうどん店を経営されている石塚啓次さんが、商標トラブルに巻き込まれたというニュースが話題となっています。

石塚啓次さんのブログでもこの問題に言及されており、スペインの弁護士から警告書を受け取ったこと、そこでは店舗名から「うどん」の文字を削除することなどが要求されたこと、対応費用がかかるので相手の要求に従うことなどが述べられています。

日本人にとっては腹立たしいニュースですが、商標法の観点から、実際のところはどうなのでしょうか。

問題の商標権を調べてみました。正確な情報がないのですが、スペインでは以下の商標登録が存在するようです。

16031201

出典:TMview

指定役務は以下のとおりとなっています。

16031202

出典:OEPM

恥ずかしながらスペイン語はわからないのですが、自動翻訳にかけてみたところ、「レストラン及びホテルの運営」となるようです。

さて上記商標権に基いて、スペイン国内でうどん店の看板等に「UDON」の文字を使用することを差し止められるのでしょうか。普通に考えて、うどん店の店舗名に「UDON」を用いるのは、商標的な使用でないですよね。おそらくスペインでも事情は同じだと思われます。

また、識別力を発揮しない態様での使用でしょうから、商標権の効力の範囲外でもあるはずです。実際スペイン商標法には、以下の規定があります。日本の商標法第26条と同じような規定です。

スペイン商標法第37条(商標権の限定)
商標により付与される権利は,第三者が経済取引において次のものを使用することを禁止することをその所有者に対して許可するものではない。ただし,当該使用が工業上又は商業上の公正な慣行に従っていることを条件とする。
(b) 商品の種類,品質,数量,目的,価格,原産地,生産の時期若しくはサービス提供の時期,又はその他の特徴に関する情報

うどん店が店舗名に「UDON」の語を用いるのは「商品の種類」をそのまま表しているだけですから、商標権者が権利行使をすることはできないはずです。

更には、本件商標権は、無効理由を抱えているとも考えられそうです。

スペイン商標法第51条(絶対的無効理由)
(1) 次の場合は,商標の登録は確定的な決定により無効と宣言され,かつ無効となる。
(a) 第 3 条(1)及び(2)並びに第 5 条の規定に反する場合
スペイン商標法第5条(絶対的禁止事由)
(1) 次の標識は,商標として登録することができない。
(c) 商品又はサービスについて,その種類,品質,数量,目的,価格,原産地,商品の製造又はサービスの提供期間又はその他の特徴を示すために取引上使用される可能性がある標識若しくは表示のみからなるもの

本件商標は、第5条(1)(c)に違反して登録された可能性が高いので、無効審判を請求すれば登録を取り消すことができそうです。

ただ今回少し気になるのが、「うどん」という語は日本語であり、そのローマ字表記の「UDON」が外国で本当にうどんとして認識されるのかという点です。おそらく、「SUSHI」ならば欧州の多くの国で「寿司」として認識されると思われます。一方で「UDON」がどの程度のスペイン人に認識されるか、そもそもうどん自体がスペインでどれほど認知されているか、不明です。このあたりは国ごとに事情が異なるでしょうし、さらには同じ国でも事案ごとに判断基準が異なるので、なかなか一般的な答えはないのかもしれませんが、うどんが日本の代表的なヌードルのひとつであることを考えると、スペインのような国際化の進んだ国ではある程度認知されていると考えてよいのではないかと思います。そうであるならば、やはりスペインでも「UDON」の語は「うどん」の普通名称であると考えられます。
※もっとも、例えば特定の使用者によりその語が認知されるようになった場合など、事情によっては識別力が肯定されることもあります。結局はケースバイケースで判断される事項です。

このようにそもそも権利行使できないので争えば勝てるでしょうし、もし揉めるなら無効審判で商標登録を潰してしまうこともできるであろう案件ですが、いかんせんこうした対応にはコストと時間と手間がかかります。相手はそうしたことを理解した上で、法的に根拠のない言いがかりをつけているものと推測されます。本件商標は2002年に出願され、2003年に登録されています。当初は「UDON」を合法的に使えることの確認のために商標登録したのかもしれませんし、今回と同様の問題を過去にも起こしているのかもしれませんが、いずれにせよ今回石塚さんが遭遇しているトラブルは、一種の商標ゴロによる反社会的な活動を想起させます。

今回石塚さんは費用や時間の観点から相手の要求に従う意向とのことですが、とても悔しい思いをされているでしょうし、我々日本人にとっても非常に腹立たしい思いです。例えばレター(回答書)を1通だけ送るなど、コストをかけずに上記の内容を反論してみるなどもできるかもしれないので、是非諦めずにできることは何でもやっていただきたいと思います。翻訳料等実費を負担いただけるならば弊所で無料で対応するのですが…。

余談ですが、今回と逆の立場で、商品の普通名称を商標登録して他者の参入を阻止したいという相談をたまにいただきます。例えばクロム製のコップが海外で流行し、それを日本に輸入しようとする人が、『Chromium』をコップについて商標登録して、他人がクロム製のコップを輸入するのを阻止したい、というようなものです。

しかしこれは無理なことが多いです。商品の素材や産地などは、その商品について誰もが使いたいので、特定の誰かに商標権を与えて独占させることに馴染みません。そもそも商標とは、同じ種類の商品を複数の人が製造や販売する前提で、それぞれの商品の出所を区別するための標識ですから、商品そのものの独占をさせることは想定していません。その商品を独占的に製造や販売したいのであれば、特許権などの創作法の保護を求めるべきです。

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インドネシアでIKEAが商標権を失ったようです

ちょっと忙しくてこの投稿を3週間も下書きに入れたままにしてしまいました。IKEAがインドネシアで商標登録を失ってしまったというニュースです。

IKEAといえば言わずと知れた家具メーカーですが、どうやらインドネシアで『IKEA』の商標権を取り消されてしまい、その結果他者が同商標を登録する事態となってしまったようです。

上記記事によると、IKEAは2010年に『IKEA』商標をインドネシアで登録したが、2014年までその商標を使用していなかったようです。その結果、不使用取消審判を請求されてしまい、商標登録を取り消されてしまいました。そして、2013年に同商標を別途出願していた現地企業の登録が認められてしまったということです。

これが正しいとすると、IKEAはインドネシアでの商標権を失ったばかりではなく、今後は店名変更などをしないと他人の商標権を侵害してしまう可能性もあります(ただしインドネシアではいわゆる先使用権は商標については存在しないようなのですが、侵害訴訟において先使用を主張し得るというよくわからない制度のようで、現実にどうなるかは不明です)。

インドネシアでも取り消しの対象となる不使用期間は3年間なので、素直に考えれば仕方ないのかなというところです。ただインドネシア商標法の規定では、不使用の場合にはその商標登録を「取り消すことができる」という任意規定なっており、取り消すかどうかは商標局の職権判断となっているようです。まあここに裁量が入るのはあまり好ましくありませんし、国際的調和の観点からも不使用期間が継続して3年間あれば形式的に取り消されるべきでしょうから、実際に形式的に取り消す運用がなされているものと思われます。

ということでインドネシアでは『IKEA』商標は地元企業の手にわたってしまい、実際に商標権侵害を根拠にIKEAに対して名称変更を迫っているようですから、IKEAにとっては大問題です。どうやら新しく商標権者となった Ratania Khatulistiwa 社は、もともとIKEAの商標権を横取りする意思で出願をして、かつ不使用取消審判を請求したようです。自らが権利者となったらIKEAに対して巨額のライセンス料を請求するつもりなのでしょう。

さて、仮に同様の問題が日本で起きたらどうなるでしょうか。やはりIKEA側が不使用であったならば、取り消しは免れないでしょう。日本の商標法では、不使用の場合は強制的に取り消しとなり、単に商標権者に損害を与えるなど不正の目的の場合など特殊なケースを除いては、審判官の「取り消さない」という職権判断が入る余地はありません。

ただし、他人が『IKEA』商標を勝手に登録することは、おそらくできません(商4条1項19号、15号、10号、7号など)から、IKEAはまた自分で出願して取り直せば済みます。そういう意味であまり大きな問題にはならないと思われます。

ただ、これはIKEAが世界的に有名な企業だからいえる話であって、そうでない場合は事情が異なります。数年前に商4条1項13号が廃止されたため、不使用取消審判により商標登録が取り消されると、他人が同じ商標をすぐに登録できるようになりました。以前は1年間は他人は登録できなかったので、取り消されても1年以内に出願し直せば優先的に再登録できましたが、いまはそんなことはないので、先に他人に出願されてしまうと商標登録を事実上横取りされる形になってしまいます。

やはり登録した商標はちゃんと使用しないといけないということでしょう。

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中国税関のセミナーに参加してきました

JETRO主催の中国税関セミナーに参加してきました。中国では税関のことを海関というので、正確には「中国海関セミナー」という名称でしたが。

さすがはJETRO、中国からそうそうたるメンバーを集めてきました。

中国海関総署・知識財産処の副所長
北京海関、青島海関、石家庄海関・法規処の各所長
瀋陽海関、合肥海関・法規室の各室長

こんな顔ぶれがいっぺんに中国を離れて大丈夫なのでしょうか(笑)

セミナーの内容は、中国税関での模倣品差し止めの基本的なシステムの紹介が主な内容でしたが、みなさんが口を揃えて主張されていたことがありました。

「我々税関は、こんなにたくさんの模倣品を差し止めしているのです。日本企業の役に立っています!」

なんというマッチポンプでしょう。

世界の90%以上の偽物を作っているのは中国です。それらの輸出を差し止めたから日本企業の役に立っていると言われても、素直にありがとうと言う気になど到底なりません。まず偽物を作る方をなんとかしろと言いたくなります。

ただこれも繰り返し説明していましたが、ニセの商標を付した ザ・偽物 については、最近の中国海関の発見精度がだいぶ上がってきているのも確かです。特に欧米や日本に向けては、そのようなザ・偽物を輸出し続けることのデメリットが大きいという国家的判断もあるようで、中国政府としても、パフォーマンスではなく本腰を入れて対策し始めているという実感はあります。また、中国商品の機能や実力が上がってきたので、偽物でない商品の輸出を押していけるだろうという思惑もあるようです。

ただしそれは、「商標さえつけなければ偽物ではない」という考えの裏返しとも取れます。これは中国でしか通じない価値観で、日本ではもちろん知的財産権を侵害する行為です。

そこで、以下の様な質問をしてみました。

  • 日欧米の企業の商品のデッドコピーを作り、商標を取り除いてノーブランド品とするか、他の商標に差し替えてオリジナル商品として日本に輸入する事例が増えている
  • そのような商品に対しては、意匠権で対応できるが、日本企業はあまり意匠権を取らない傾向にある
  • そのような場合には、中国の不正競争防止法を根拠に、税関で模倣品を差し止めてくれるのか?

これに対しては、おおよそ以下のような回答を得ました。

海関に輸出差し止めを申し立てることができる。ただしそうした案件は裁判所の判断を仰ぐことになるだろうから、簡単には解決しない可能性がある。

中国海関の偉い人たちがこれだけたくさん集まってもこういう回答なのです。事実上できないと言っているに等しいでしょう。

結局、従来型のザ・偽物、すなわち典型的な商標権侵害物品については、模倣品対策もだいぶ進んできたけれども、模倣品の方もどんどん進化してきているので、それらにはまた新しい対応が必要だということなのでしょう。

そうした模倣品については、やはりまだ日本側で対応することになりそうです。そのためには、日本企業はもっと意匠権の活用を増やしていくべきでしょう。

ちなみに、中国の不正競争防止法(反不当競争法)では、商品形態の模倣そのものを禁止することはできません(日本法の2条1項3号のような規定はありません)。そのため同法の他の規定を用いてなんとかできないかということが以前から各関係者の間で問題になっているのですが、今回中国税関の方々に直接伺って、それが難しいことが明確になりました。結局のところ、日本企業は中国でももっと意匠権の取得に力を入れなければいけないのでしょう。

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ECサービス提供者の知的財産権侵害への対応責任

アマゾンや楽天、Yahoo!などのECショッピングモールで自社製品の模倣品を発見した場合、どう対応したらよいでしょうか。

本筋からいえば、その模倣品を試買し、真贋を判定して、模倣品である(自社の知的財産権を侵害する)と判断したならば、相手方に警告書を送るとか、裁判所に訴状を提出するなどの手続をとるべきです。

しかし、いまの日本のECショッピングモールは偽物だらけです。ひとつを潰しても雨後の竹の子のように次々と湧いてくるので、正面からいちいち相手にすると費用倒れしてしまいます。なのでなんとかまとめて対応するか、個別に対応するにしてもコストをかけない方法がないかと考えるのは当然のことです。

模倣品対策においては、偽物は上流で止めるのが大原則です。ほとんどの偽物は中国から入ってくるので、「製造工場を潰す」「輸出業者を潰す」「中国の税関で止める」「日本の税関で止める」などの対応をしているわけですが、努力むなしくそれらの網をすり抜けて日本に入ってくる偽物が跡を絶ち絶ちません。一度日本に入ってしまうと日本中に拡散してしまい対応がかなり難しくなるわけですが、ECショッピングモールは数者による寡占状態にあるため、そこで対応することができます。すなわち、バラバラに日本に入ってきた偽物がもう一度だけ集結する、最後のチャンスがECショッピングモールなのです。流通フローでは最下流ではありますが、そこで止められるチャンスがあるのですから、これを利用しない手はありません。

では具体的にどうするのでしょうか。基本的な考え方は、ECショッピングモールに働きかけて模倣品の出品を削除してもらうことになります。いかにコストをかけずに出品削除に持ち込むか、更には各ショッピングモールの用意する制度を利用してそうした違法な業者をいかにしてそのモールから排除するかが重要です。

通常、ECショッピングモールでは、知的財産権を侵害する商品の出品情報を報告するシステムを用意しています。

これらのシステムを利用して自社の知的財産権を侵害する出品を報告すれば、プラットフォームが出品削除の手続きを行ってくれます。出品者に対して個別に警告書を送ったり訴訟を提起することに比べれば、大幅に手間やコストを抑えることができます。

一方で、こうした報告を受けたプラットフォームには、どこまで対応責任があるのでしょうか。以下の裁判例が参考になります。

この裁判例についてはいずれ個別に詳しく紹介しますが、サービスプロバイダに商標権侵害責任が問われる可能性が指摘された点で、大きな価値があるといえます。

すなわち、ECショッピングモールにおいて商標権侵害商品が出品されているときに、その商品を出品している者(店舗)が商標権侵害をすることは明らかですが、それに加えて、サービスプロバイダも商標権侵害責任を問われることがあり得ると判断されているのです。

その要件として、知財高裁は以下のように述べています。

ウェブページの運営者は,商標権侵害行為の存在を認識できたときは,出店者との契約により,コンテンツの削除,出店停止等の結果回避措置を執ることができること等の事情があり,これらを併せ考えれば,ウェブページの運営者は,商標権者等から商標法違反の指摘を受けたときは,出店者に対しその意見を聴くなどして,その侵害の有無を速やかに調査すべきであり,これを履行している限りは,商標権侵害を理由として差止めや損害賠償の責任を負うことはないが,これを怠ったときは,出店者と同様,これらの責任を負うものと解される
(下線は筆者)

つまり、アマゾンや楽天などのプラットフォームは、模倣品が販売されていると通報を受けたら、一定期間内に、その事実を調査し、出品削除などの対応をしないと、プラットフォームが商標権侵害をすることになってしまうと裁判所は言っているのです。

このような事情があり、各プラットフォームは上記の報告窓口を用意しているのですが、実際に報告をして対応を依頼した権利者の方からは、「十分な対応をしてもらえていない」という意見も聴かれます。特にアマゾンについては、他のプラットフォームよりも対応が不十分であるという印象を持っている権利者が多いようなのですが、なぜでしょうか。

理由のひとつに、上記チュッパチャップス判決の射程距離が明らかではないということが挙げられると思います。

例えば、そもそもこの判決は、商標権侵害についてしか言及していません。では他の知的財産権侵害の場合はどうなのでしょうか。そんなの同じだと思われるかもしれませんが、実は重要な問題だと思われます。商標権侵害ならば、その侵害の事実が一見してわかる場合がほとんどです。しかし、特許権の場合はそうはいきません。商品を見ただけでそれが特許権侵害をするかどうか判断するのは、多くの場合不可能です。著作権や不正競争防止法など、登録された権利に基づかないものの判断もまた困難です。このように考えると、そもそもチュッパチャップス判決の射程距離は、商標権侵害のみに限定されているとも考えられます。

また、商標権が問題となる場合であっても、本当に商標権侵害をするのか、容易には判断できないケースももちろんあります。例えば模倣品のクオリティが低くロゴのデザインが少し違うとか、商標を似せつつ敢えて多少変更してあるような場合、商標法の観点からその商標が類似するかの判断が難しいケースも少なくないでしょう。あるいは、「並行輸入」や「商標的な使用」のように、法的な解釈が難しいものもあるはずです。おそらくチュッパチャップス事件では、そのような微妙なケースまでプラットフォームに判断の責任を課してはいないと思います。

さらには、そのような微妙なケースにおいて、プラットフォームの判断が誤っていた場合、すなわち、例えば将来裁判所では「非類似」と判断されるものを誤って「類似」と判断してしまい、出品削除の措置をとってしまった場合、プラットフォームは削除された店舗に対して損害賠償する責任があるのでしょうか。プラットフォームにとっては重要な問題なはずです。

このようなことを考えると、プラットフォームとしては模倣品だからと簡単には出品削除できない事情があるのかもしれません。実際、そのような微妙な部分について判断できるのは、裁判所だけです。民間企業であるECプラットフォームが責任を持って判断することはできませんし、そもそもそのような責任はないので、必要以上のコストをかけてシステムや人員を用意する必要もありません。「プラットフォームが十分な対応をしてくれない」と感じる最も大きな理由はこのあたりにあるのかもしれません。

特にアマゾンは、運営会社が米国企業だという特殊な事情があります。日本のサイト(Amazon.co.jp)での侵害について報告を行うと、アマゾンジャパン株式会社という日本の子会社が対応してくれるのですが、あくまでも日本側の対応窓口であり、実際に法的なやり取りをする相手は米国アマゾン社です。つまり米国アマゾン社の代わりにアマゾンジャパン株式会社が対応するというスキームなため、複雑なケースでは柔軟な対応がしづらく、権利者さんは不満を感じることがあるようです。

ただ上述のようにそもそもアマゾンの対応責任範囲はそれほど広くない可能性があり、また、私が実際にアマゾンジャパン株式会社の法務部と交渉等をしている経験からは、権利者側がしっかりと情報提供すればアマゾンも十分な対応をしてくれることが多いと感じています。必要な情報を揃えて正しい要求をすれば、アマゾンでも他のプラットフォームでも、迅速に模倣品の出品を停止してくれるという印象を持っています。

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ECにおける他人の商標の使用と商標権侵害

アマゾンや楽天などのECショッピングモールで、他人の商標を使用することが許されるのはどういう場合なのでしょうか。逆にどのような場所や方法で使用すると問題になるのでしょうか。これも昨年問い合わせが多かったテーマのひとつです。

商品ページヘのアクセスを増やすために、キーワードとして他人の商標を用いたいという需要はかなりあるようです。例えばバッグの商品ページの一部に「エルメス」や「バーキン」などのキーワードを入れて、Googleなどでそれらのブランドを検索した人を誘導するわけです。

こうした行為が需要者を本来の目的とは誤ったサイトへ誤認誘導するものであり、問題がありそうだということは常識でわかると思いますが、商標権侵害となるかについては検討の余地がありそうです。

この問題には、以下の裁判例が参考になると思われます。

【事案の概要】
X(原告)が以下の構成からなる商標についての商標権を有していたところ、競業他社が「<meta name=”description”content=”クルマの110番。輸入、排ガス、登録、車検、部品・アクセサリー販売等、クルマに関する何でも弊社にご相談下さい。”>」と、メタタグに『クルマの110番』の商標を使用した行為が、商標権侵害に該当するかが争われました。

16011701

本件商標(商標登録第4239953号)

【結論】
商標権侵害となる。

【理由】
商標及び指定役務の類似性の検討は省略しますが、類似と判断されています(おそらく問題ないでしょう)。その上で、上記のようなメタタグへの記載が商標的な使用であるかについては、MSNサーチの検索結果画面にその内容が表示されたことから、商標的な使用であると判断されました。

【解説】
メタタグとは、そのウェブサイトの属性や概要などを記載するためのHTMLタグで、そのページをWebブラウザで開いても、メタタグ部分は表示されません。ただし一部の検索エンジンではそこに記載された内容を参酌して検索順位を決定したり、上記MSNのように検索結果自体に現れたりします。上記判決では、この「検索結果に現れた」という事実が重視されました。

ウェブサイト(ECの商品ページを含みます)における商標の使用は、一般に、商標法2条1項8号に定める「広告的使用」に該当します。商品名などにもろに用いると、同2号に該当することもあります。

一方で、商標は商品の出所の混同を防止するための表示ですから、目で確認できることが何よりも重視されます(もちろん発音でもいいのですが、結局は見えないモノは発音もされないので、結局は同じことです。※今後音の商標などが登録されるようになると事情が変わるかもしれません)。そのため、メタタグのようにブラウザで表示されないものは商標として機能していないのではないかという疑問が生じて、問題になるのです。

そういう意味で、MSNサーチの検索結果に現れたことを根拠に登録商標を商標的に使用したとして商標権侵害を認定した上記判決は、妥当だと考えられます。

ただメタタグは多くの検索エンジンでは検索結果にも現れないことから、例えば今後MSNサーチの仕様が変わったときには、同様の事案では異なる判断がなされる可能性もあります。また、この種の問題についての裁判例がおそらく上記大阪地裁のものしかないことから、これの先例的価値がどれだけあるかもよくわかりません。ちなみにこの問題については、外国では国により判断が割れています。

さてこのように先例的価値が不明なクルマの110番事件ですが、上述のとおり一定の合理性があるので、これを参考にECサイトでどのように他人の商標を使ったら商標権侵害となるのかを検討してみます。

結局重要なのは「その商標が目視で確認できる」という点なので、商品タイトルや商品説明に用いると商標権侵害となる可能性が高いでしょう。商品のパッケージに商標を印刷して、その画像を掲載しても同様でしょう。アマゾンのブランド欄に記載してもやはりアウトでしょう。

一方で、例えばアマゾンのキーワード欄に他人のブランドを記載することは、少なくとも現在の商標法では違法性を問えないように思います。そのような行為はアマゾン内の検索順位に影響を与える可能性が高いですが、キーワード欄の内容はどこにも表示されず、他人には確認のしようがありません。確認できないのでそもそも裁判などで非常に争いづらいという事情もあるでしょうし、仮に争えても現行の商標法の枠組みでは商標権侵害とはなかなか言えないと思われます。このような行為により明らかに検索結果がおかしいと思われる場合は、法的手段よりもまずはアマゾンに対して個別に対応を迫っていくことになると思います。

なお上記米国アマゾンの裁判では、アマゾンで販売していない商品を検索したときに他社製品が検索結果に現れる仕様について、アマゾンの商標権侵害主体性が認められています。

また、従来からよくある手法ですが、背景色と同色の文字を用いて、説明文に他人のブランドをキーワードとして記載する行為もあります。これも結局はその部分を選択すれば目視可能ですから、商標法上問題になる可能性が高いです。

いずれの場合も、商標が目視できても商標的に使用しているのかという点も問題になるでしょう。また、「◯◯風」などとしてそのブランドそのものではないと明記すれば問題ないのではないかと考える人もいるようです(この点についてはこちらの記事を参考にしてください)。

結局、他人のブランドをキーワードにして自分のウェブサイトや商品ページに誘導しようという発想がそもそも泥坊根性なわけですから、そんなことはせずに自分のブランドを育てていく方に労力を割いていくのがよいでしょう。

商標業界の厄介者(!?)

こんなニュースがありました。

群馬県太田市が「おおたBITO 太田市美術館・図書館」を今年10月に開業予定していたところ、既に他人が商標出願をしていたため、この名称の使用を断念したというものです。

商標出願は早い者勝ちなので、こういうことは往々にしてあり得ます。ドンピシャ同じ商標だけでなく、類似する商標も対象となるので、実務上登録の妨げになる理由のうち最も多いもののひとつです。

今回太田市がどのような態様で図書館名を使用するつもりだったのか正確なところはわかりませんが、いずれにせよ『BITO』と同一又は類似の先行出願はたしかにあります。

16010801

商願2015-084840。商標は『BITO(標準文字)』。

指定役務には「図書検索システムの提供」が含まれており、このあたりが図書館事業と被るのでしょう。

16010802

第42類に「図書検索システムの提供」が含まれている。

他にも、商願2015-054371では『BIT(標準文字)』が出願されていますが、こちらには類似する役務が含まれていないかもしれません(面倒なので調べていません)。

とまぁこういうことは実務上起こり得る問題で、「スパっと諦める」から「商標や指定商品役務を調整する」「先行出願を潰す」「先行の出願人と交渉する」などいろいろな選択肢があるのですが、今回は何が問題なのかというと、出願人がベストライセンス株式会社だという点なんですよね。

この会社、業界では非常に有名です。とにかく商標出願をしまくっているんです。なんと、2015年だけで8,130件!(出願件数1位)。しかもこの会社の代表者(未確認)である上田育弘氏個人の名義でも同様に出願をしまくっていて、その数6,656件!(出願件数2位)。この2者だけで、なんと1年間に14,786件もの商標出願をしているのです。
※いずれの件数も、年末時期の出願が公開されれば更に増える可能性があります。

今日の段階でわかる範囲で、2015年の全商標出願件数は113,467件ですから、たった一人で日本の全商標出願の約13%をしていることになります。

これ、もしちゃんと印紙代を払っていれば、仮にすべて1区分だとしても12,000円/件かかりますから、出願料だけで177,432,000円(1億7千万円以上!)もかかることになります。実際どうしているのかわかりませんが、経過を見るとどれも特許庁から補正指令が出されていることから、出願料を払わずに出願をしてとりあえず出願日だけ確保しているのだと思われます。

しかもそれらから分割出願をして少しずつ指定商品の範囲を狭めながらひたすら出願を継続させているものもあって、正直何がしたいのかよくわかりません。そもそも出願料を払わなければそのうち出願却下になるはずで、そのような出願に基づいて子・孫・ひ孫と分割出願を継続させ続けられるのでしょうか。そんなことはしたことがないのでよくわかりません。

とにかく少しでも話題になったキーワードや他人が欲しがりそうな単語は、日本ではすぐにベストライセンスに出願されてしまいます。これも去年だったと思いますが、『AAMAIL』〜『ZZMAIL』まで、26×26=676種類の『◯◯MAIL』をすべて出願していました。類似範囲まで後願排除効が及ぶので、新しいメールサービスを始めようとすると何かに引っかかってしまうかもしれません。そうして困った人からライセンス交渉などの打診があって初めて印紙代を払っているのかもしれません。制度上は許されますが、さすがに商標法ではそういう出願方法は想定していないでしょう。

どうせいずれ出願却下となるので無視しておけばいいのでしょうが、これだけ大量の出願をされてしまうと、日頃の商標調査業務でも結構な確率で引っかかってきてしまい、正直迷惑しています。引っかかってしまった場合にクライアント様にどう説明すればいいかというのは悩ましい問題で、おそらく無視して出願しても審査待ちの数ヶ月の間にベストライセンスの出願は却下されているでしょうから問題ないケースが多いはずなのですが、分割分割で出願が残ったりしてしまうと、登録にならない出願に基づいて本願が拒絶される(まぁ先行出願が登録にならなければ拒絶にはならないのですが、こちらに拒絶理由が発せられた段階で印紙代を納付するかもしれません)リスクはどうしても残ってしまいます。

今回の太田市のケースでも同様の悩みがあったのでしょう。対応コストやイメージ毀損などのリスクを考えると、早めに名称変更に踏み切ったのは妥当な判断だったように思います。しかし新名称も公募すれば同じようにベストライセンスに先に出願されてしまうので、そのあたりどうするのがよいかは本当に悩ましい問題です。いまの時代クローズドな選定には風当たりが強いですし、オープンに募集すれば今回の二の舞いになります。太田市が自ら応募案をすべて「出願料を払わずに」出願して、最終的に選んだものにのみ料金を後から支払うベストライセンス方式を採用するのが唯一の解決策に思われますが、もちろん実際にはそんなことはできないでしょう。

このような出願には法的に対応してほしいところですが、現行の商標法には直接対応できる規定は見当たりませんし、真面目に仕事をしていても納付番号などを間違ってしまうこともたまにはありますので、そういうケースへの救済がなくなってしまうのも困ります。なにか良い解決案はないものでしょうか。