さて、今日7月1日は「弁理士の日」です。正直なぜ弁理士の日なのか知らないのですが、おそらく弁理士制度が開始された日とかそういうことだと思います。もう百年以上昔の話です。毎年弁理士会主催のパーティーがあるのですが、今年も開催されるのでしょうか。1万円くらいかかるので行ったことはないですが。。
ということで、知財系ブロガーによる弁理士の日を盛り上げるイベントに参加させていただくことになり、「知財業界でホットなもの」について記事を書かなければなりません。ここ数日何かネタはないかと考え続けていたのですが、思いつきません。仕方ないので、弁理士制度(弁理士試験)について書いてみます。
といっても弁理士試験には合格以来まったく関わっておらず、どうやら最近は科目合格制?のようなものも導入されたとかで、既に私の知っている制度ではないようです。
最近知った情報だと、十数年前には受験者数が1万人程度いたものが、最近は5千人前後に減っているとかなんとか。産構審(?)あたりでなんやら議論されているのをチラッと見ましたが、弁理士資格に魅力がなくなっているのが原因だからもっと受験生を増やす工夫をしようという話がありました。ただ私が思うに、十数年前に一気に受験者数&合格者を増やしたのが異常事態というか、要はバブルだったわけで、それ以前の受験者数は5千人以下だったはずです。4000-5000人受けて100-200人受かるとかそういう資格だったものを、当時の小泉総理がアメリカの真似をして(60年も遅れて)「知財立国」などと言い出し、その一環でなぜか弁理士を急増させることになって、一気に合格基準を下げて大量に合格させ始めたという事情があったように記憶しています。当時は弁理士試験は超難関資格で、何十年も頑張ってそれでも受からない方もいましたが、合格者増によってそういう方々が軒並み弁理士になったいま、受験者数が減るのは当然だし、そもそも500-700人の合格者という高い数字を維持する必要もないのではないかと考えています(たいてい自分が受かった後はこういうものです)。
私が学生時代に弁理士を目指し始めた頃は、日本の弁理士は約3500人しかおらず、国民一人あたりの弁理士数は先進国の中でかなり下位にある、という説明がなされていました。現在は弁理士数は1万人を超えているはずで、当時の3倍程度に増えています。一方で特許出願数は当時の3/4程度に減少しており、単純計算で、弁理士一人あたりが扱う特許出願数は 3/4 × 1/3 = 1/4 にまで減っています。30万件の特許出願数を弁理士1万人で割れば、弁理士一人が受任する特許出願は、平均で30件/年です。1件あたりの売上げが50万円だとすると、年商(売上げ)ベースで1500万円。意匠商標を入れて2000万円くらいでしょうか。いくら特許事務所の利益率が高いといっても、厳しい数字に思います。
それまで弁理士はある種の特権階級というか、合格しさえすれば高収入が保証された資格でした。具体的な数字を挙げると怒られそうですが、合格すれば年収1千万スタート、独立すれば3千万スタート、などという話も聞きました。弁理士数に対して出願数が多かったので、「先生、お願いします」という時代だったのだとか。
もちろんこんな話は今や昔、現在は弁理士になっても就職先を見つけるのが大変なくらいです。特に新人弁理士は大変で、大手事務所に就職できないと自宅などでいきなり開業するしかなく、個人や中小企業の商標出願で食いつなぐしかありません。これまでは大手事務所に就職→案件を引っ張って独立という黄金コースで開業したものですが、当然この競争も激しくなっており、優秀な弁理士もなかなか独立できないようです。弁理士のクライアントはほとんどが大企業なことを考えると、これから合格していきなり独立してもそれら大企業とお付き合いできる可能性は高くなく、結局個人や中小企業の案件専門の事務所を開業するしかない可能性が高いわけですが、そういう仕事のみをしていても弁理士としての成長には限界があるので、将来のことを考えると不安です。試験制度がどうであれ合格できる(かつての100人合格時代でも合格できた優秀な人)ならばこうした流れの影響を受けないのかもしれませんが、バブルのおかげで合格できた人(私もそうかもしれません・笑)には厳しい時代です。
こうして個人や中小企業の仕事すら弁理士が奪い合い、価格競争に突入した時代を俯瞰してみると、小泉総理の目論見は見事に的中したといえるのでしょう。いまだ圧倒的に一人事務所(弁理士1人の特許事務所)が多いと思いますが、こういう競争の時代を生き抜くには、オールインワンの大手になるか、際立った部分を持った小規模事務所を目指すか、どちらかになると思います。中途半端な規模の事務所の存在意義はどんどん薄れていくからです(大手に頼んだ方が安心ですからね)。そういう意味で、特許業務法人制度を活用してどんどん巨大化していく事務所が出てくるのは当然の流れでしょうし、一方で小規模事務所路線でいくならば、そもそも特許事務所が所長個人に依存した商売であることを考えると、「この分野においてはこの弁理士に頼みたい」というような部分を見つけてそこを極めるしかないと思います。
大手事務所ならば安定して大企業の案件が入ってくるでしょうし、弁理士としてのスキルの向上も期待できるので、人生設計という点ではかなりの優位性があります。一方で小規模事務所ならば、自分に合わせて事務所の特色を打ち出していけるでしょうし、そこで大手事務所にはない色を出していける部分もたくさんあるはずで、経営者・専門家いずれの面白さも存分に味わえると思います。どちらも一長一短でしょうが、会社勤めをして出世できるタイプの人は大手事務所が向いているかもしれませんし、好きなことにのめり込むタイプの人は一匹狼でやっていくほうが成功しやすいのかもしれません。まぁ弁理士制度もいろいろ変わって、出願案件が少ないなら次はコンサルだなんだと盛り上がっているところですから、大手事務所で出願案件をこなすだけでなく、ある分野で特色を打ち出した変わり者の弁理士がたくさん出てくると知財業界ももっと盛り上がるのかなという気がしています。そもそも知財というニッチな分野に全人生をかけようということが無茶な気もしますが・・・。
※ 本当は「副業としての弁理士」というテーマで書こうと思っていましたが、さすがに怒られそうなので無難な内容にまとめてしまいました。まぁこれからの弁理士には様々な可能性があるというのは正しいと思います。
さてすっかり話題は変わって、例のベストライセンスの件です。なんと朝日新聞が上田育弘氏からかなり詳細なコメントを取ってきました。
彼が何を考えているのか、少しずつわかってきたような気がします。要は、将来的に利用できる可能性が少しでもある商標は、とりあえず出願するのだと。その中で、活用の可能性が出てきたものについては料金納付をして登録を目指すと。活用方法は、主に第三者へのライセンスや譲渡を考えていると。実際にBITOの件ではライセンス供与の提案をしたと。
このような商売を、「商標ゴロ」といいます。使用予定のない商標権を多数保有して、必要としている人に高額で売りつけたり、損害賠償を請求するわけです。特許の世界では「パテント・トロール」などと呼ばれ、問題になっています。ただし特許の場合は発明者か承継人しか出願できない(出願しても登録できない)ため、正当なルートで出願・登録された権利を安く買い取って、第三者に権利行使をすることになります。GoogleやMSも被害に遭っているようです。一方で商標は、上田氏のいうとおり、基本的に早い者勝ちなので、先に出願した人が権利を得られます。そのため今後価値の上がりそうな商標を片っ端から登録して、欲しい人がいればライセンスや譲渡の交渉をすることを考えているのでしょう。
このような行為は、現行の商標法上ある程度はしかたありません。有名ブランドがたまたま商標登録されていない場合に、先回り出願(登録)して権利を高く売りつけようとするケースは想定されており、法的に対応できるのですが、今後価値が出るかどうかわからない商標については、基本的には誰でも早い者勝ちで登録できることになっています。つまり先回り出願自体や大量出願自体を責めるのは、(倫理的にはともかく、)現行法上少し無理があると言わざるを得ません。これは先の記事でも指摘したとおりです*。
ベストライセンスの件は、同じ商標ゴロでも、出願料を納付せずに行っている点に問題があります。商標法ではこのようなやり方を想定しておらず、特許庁の事務処理に少なからぬ負担をかけているであろうことや、他の出願人の商標選択に影響を与えていることを考えると、「制度の抜け穴」で済ませていいのかには強い疑問があります。
※ もっとも、そもそも出願料を納付しないからこそこのような大量の出願が行えているわけですから、出願料を納付しないことと大量出願をすること、さらにはその内容が先回り出願であることも含めて、すべて一体の行為として非難されるべきといえるようにも思えます。
一般論として、知的財産権をもっと流通させるべきという意見には同意できます。特に特許などは眠らせておかずに実際に活用してこそ世の中の役に立ちますし、登録商標においてはその80%程度が不使用であるとのデータもあります。ライセンスや権利売買により有効に活用できるようになるのであればそれは好ましいですし、実際に今後そのようなプラットフォームは続々と登場すると思います。しかし彼らのやり方は自分だけが儲かればいいというもので、そのために他人に迷惑をかけても構わないというスタンスのものですから、いくら大義名分を掲げても評価されることはないように思います。ベストライセンスの件をきっかけに、知財業界でより積極的に権利流通のルール作りなどの議論をすべきなのかもしれません。
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