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「PPAP」が他人に勝手に商標出願された件について、少し落ち着いて考えてみる

世間はすっかりこの話題でもちきりのようです。問い合わせが多いので、簡単な解説と、弁理士として思うことを少し書いてみます。

コトの発端・・・というとどこが発端なのかわからないのですが、ベストライセンス株式会社とその代表の上田育弘氏が「PPAP」関連の商標出願をしたということが、ネットのみならずテレビ等のメディアで大きく報じられているようです。例えば、

などなど。

ベストライセンスの行為はかねてから業界で問題になっており、このブログでも何度か取り上げたことがありました。

なのでこれまでの経緯は省略しますが、今回は「PPAP」を出願していたことがわかり、炎上しているわけです。

例えば、J-PlatPatでざっくりと「ピイピイエイピイ」という称呼を検索してみると、

関連しそうな出願が4件ヒットして、うち3件がベストライセンスによる出願です(残る1件はエイベックス)。

あるいは、「ペンパイナッポー」で検索してみると、

5件がヒットして、すべてベストライセンスによる出願です。

このあたりから、「ピコ太郎がPPAPを歌うとベストライセンスに使用料を請求される!」という指摘がなされているようですが、その心配はありません。

そもそもまだベストライセンスによって商標出願されただけの段階で、登録されたわけではありません。しかも、どうせ出願料未納なのでしょうから、結局登録されることはないと思います(仮に出願料を払って登録されると、登録料が発生するので、ベストライセンスはそれも納付しないといけません)。

ということでそもそも気にする必要はないと思われるのですが、このあたりを飛ばしてこれらが登録された場合を想定しても、ピコ太郎さんが「PPAP」とか「ペンパイナッポ〜」などと歌っても、ベストライセンスの商標権は侵害しません。

商標権の侵害となるには、現存する商標登録の、

1. 指定商品/役務について、*
2. 登録商標を、**
3. 商標的に使用する、

ことが必要です。

* ** いずれも類似のものを含みます。

しかしながら、歌を歌っても、どの指定商品/役務についても商標を使用することにはならないので、要件1を満たしません。(まぁCMソングなどでは事情が異なる場合もあるかもしれませんが、ここではとりあえずおいておきます。)

このように、ベストライセンスが出願しても、さらには万一それが登録されても、ピコ太郎さんには実質的な影響はありません。他人が勝手に登録するのはけしからん!という感情はわかりますが、「芸人はネタを公表する前に商標出願しておかないといけないのか」というようなことは、心配する必要はありません。

今後もしそれらの出願が問題になるとしたら、

  1. ピコ太郎さんが「PPAP」を商標出願した場合に、登録できないケースが出てくる
  2. ピコ太郎さんが「PPAP」を商標的に使用しようとした場合に、制限されるケースが出てくる

といった点についてでしょう。

1については、実際にエイベックスがベストライセンスに9日間遅れて出願をしており、登録が妨げられる可能性があります。エイベックスにとっては大迷惑でしょう。

また、2については、例えばベストライセンスによる商願2016-108551が「文房具類(第16類)」を指定していることから、ピコ太郎さんが「PPAP」ブランドのペンを販売しようとしたときなどに、問題になるかもしれません。

ベストライセンスの無断大量出願は、今回のように芸能関係で話題になることが多いのですが、商標実務をする上では、たまたま出願内容が重複(類似)してしまうことの方が問題です。

特許庁は、

という通達を出しており、要は「どうせ出願料未納なので、そのうち取り下げられるから待ちましょう」と言うのですが、個人や中小企業では事業のスピードが速く、出願内容が不安定なまま進めることにはリスクがあるとして、商標の変更をせざるを得ないケースがあります。もし出願の譲渡やライセンスなどの交渉をすれば、彼らはその段階で出願料を納付し出願を有効化して、高額の費用を請求してくるであろうことは想像に難くありませんから、こちらから連絡をすることは通常は考えられません。弁理士としては、こういう点が特に問題だと考えています。

特許庁も手を焼いているのだと思いますが、何らかの解決策を見出してほしいものです。

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弁理士制度について思うことと、ベストライセンスの件への若干のコメント 〜弁理士の日によせて〜

さて、今日7月1日は「弁理士の日」です。正直なぜ弁理士の日なのか知らないのですが、おそらく弁理士制度が開始された日とかそういうことだと思います。もう百年以上昔の話です。毎年弁理士会主催のパーティーがあるのですが、今年も開催されるのでしょうか。1万円くらいかかるので行ったことはないですが。。

ということで、知財系ブロガーによる弁理士の日を盛り上げるイベントに参加させていただくことになり、「知財業界でホットなもの」について記事を書かなければなりません。ここ数日何かネタはないかと考え続けていたのですが、思いつきません。仕方ないので、弁理士制度(弁理士試験)について書いてみます。

といっても弁理士試験には合格以来まったく関わっておらず、どうやら最近は科目合格制?のようなものも導入されたとかで、既に私の知っている制度ではないようです。

最近知った情報だと、十数年前には受験者数が1万人程度いたものが、最近は5千人前後に減っているとかなんとか。産構審(?)あたりでなんやら議論されているのをチラッと見ましたが、弁理士資格に魅力がなくなっているのが原因だからもっと受験生を増やす工夫をしようという話がありました。ただ私が思うに、十数年前に一気に受験者数&合格者を増やしたのが異常事態というか、要はバブルだったわけで、それ以前の受験者数は5千人以下だったはずです。4000-5000人受けて100-200人受かるとかそういう資格だったものを、当時の小泉総理がアメリカの真似をして(60年も遅れて)「知財立国」などと言い出し、その一環でなぜか弁理士を急増させることになって、一気に合格基準を下げて大量に合格させ始めたという事情があったように記憶しています。当時は弁理士試験は超難関資格で、何十年も頑張ってそれでも受からない方もいましたが、合格者増によってそういう方々が軒並み弁理士になったいま、受験者数が減るのは当然だし、そもそも500-700人の合格者という高い数字を維持する必要もないのではないかと考えています(たいてい自分が受かった後はこういうものです)。

私が学生時代に弁理士を目指し始めた頃は、日本の弁理士は約3500人しかおらず、国民一人あたりの弁理士数は先進国の中でかなり下位にある、という説明がなされていました。現在は弁理士数は1万人を超えているはずで、当時の3倍程度に増えています。一方で特許出願数は当時の3/4程度に減少しており、単純計算で、弁理士一人あたりが扱う特許出願数は 3/4 × 1/3 = 1/4 にまで減っています。30万件の特許出願数を弁理士1万人で割れば、弁理士一人が受任する特許出願は、平均で30件/年です。1件あたりの売上げが50万円だとすると、年商(売上げ)ベースで1500万円。意匠商標を入れて2000万円くらいでしょうか。いくら特許事務所の利益率が高いといっても、厳しい数字に思います。

それまで弁理士はある種の特権階級というか、合格しさえすれば高収入が保証された資格でした。具体的な数字を挙げると怒られそうですが、合格すれば年収1千万スタート、独立すれば3千万スタート、などという話も聞きました。弁理士数に対して出願数が多かったので、「先生、お願いします」という時代だったのだとか。

もちろんこんな話は今や昔、現在は弁理士になっても就職先を見つけるのが大変なくらいです。特に新人弁理士は大変で、大手事務所に就職できないと自宅などでいきなり開業するしかなく、個人や中小企業の商標出願で食いつなぐしかありません。これまでは大手事務所に就職→案件を引っ張って独立という黄金コースで開業したものですが、当然この競争も激しくなっており、優秀な弁理士もなかなか独立できないようです。弁理士のクライアントはほとんどが大企業なことを考えると、これから合格していきなり独立してもそれら大企業とお付き合いできる可能性は高くなく、結局個人や中小企業の案件専門の事務所を開業するしかない可能性が高いわけですが、そういう仕事のみをしていても弁理士としての成長には限界があるので、将来のことを考えると不安です。試験制度がどうであれ合格できる(かつての100人合格時代でも合格できた優秀な人)ならばこうした流れの影響を受けないのかもしれませんが、バブルのおかげで合格できた人(私もそうかもしれません・笑)には厳しい時代です。

こうして個人や中小企業の仕事すら弁理士が奪い合い、価格競争に突入した時代を俯瞰してみると、小泉総理の目論見は見事に的中したといえるのでしょう。いまだ圧倒的に一人事務所(弁理士1人の特許事務所)が多いと思いますが、こういう競争の時代を生き抜くには、オールインワンの大手になるか、際立った部分を持った小規模事務所を目指すか、どちらかになると思います。中途半端な規模の事務所の存在意義はどんどん薄れていくからです(大手に頼んだ方が安心ですからね)。そういう意味で、特許業務法人制度を活用してどんどん巨大化していく事務所が出てくるのは当然の流れでしょうし、一方で小規模事務所路線でいくならば、そもそも特許事務所が所長個人に依存した商売であることを考えると、「この分野においてはこの弁理士に頼みたい」というような部分を見つけてそこを極めるしかないと思います。

大手事務所ならば安定して大企業の案件が入ってくるでしょうし、弁理士としてのスキルの向上も期待できるので、人生設計という点ではかなりの優位性があります。一方で小規模事務所ならば、自分に合わせて事務所の特色を打ち出していけるでしょうし、そこで大手事務所にはない色を出していける部分もたくさんあるはずで、経営者・専門家いずれの面白さも存分に味わえると思います。どちらも一長一短でしょうが、会社勤めをして出世できるタイプの人は大手事務所が向いているかもしれませんし、好きなことにのめり込むタイプの人は一匹狼でやっていくほうが成功しやすいのかもしれません。まぁ弁理士制度もいろいろ変わって、出願案件が少ないなら次はコンサルだなんだと盛り上がっているところですから、大手事務所で出願案件をこなすだけでなく、ある分野で特色を打ち出した変わり者の弁理士がたくさん出てくると知財業界ももっと盛り上がるのかなという気がしています。そもそも知財というニッチな分野に全人生をかけようということが無茶な気もしますが・・・。

※ 本当は「副業としての弁理士」というテーマで書こうと思っていましたが、さすがに怒られそうなので無難な内容にまとめてしまいました。まぁこれからの弁理士には様々な可能性があるというのは正しいと思います。

さてすっかり話題は変わって、例のベストライセンスの件です。なんと朝日新聞が上田育弘氏からかなり詳細なコメントを取ってきました。

彼が何を考えているのか、少しずつわかってきたような気がします。要は、将来的に利用できる可能性が少しでもある商標は、とりあえず出願するのだと。その中で、活用の可能性が出てきたものについては料金納付をして登録を目指すと。活用方法は、主に第三者へのライセンスや譲渡を考えていると。実際にBITOの件ではライセンス供与の提案をしたと。

このような商売を、「商標ゴロ」といいます。使用予定のない商標権を多数保有して、必要としている人に高額で売りつけたり、損害賠償を請求するわけです。特許の世界では「パテント・トロール」などと呼ばれ、問題になっています。ただし特許の場合は発明者か承継人しか出願できない(出願しても登録できない)ため、正当なルートで出願・登録された権利を安く買い取って、第三者に権利行使をすることになります。GoogleやMSも被害に遭っているようです。一方で商標は、上田氏のいうとおり、基本的に早い者勝ちなので、先に出願した人が権利を得られます。そのため今後価値の上がりそうな商標を片っ端から登録して、欲しい人がいればライセンスや譲渡の交渉をすることを考えているのでしょう。

このような行為は、現行の商標法上ある程度はしかたありません。有名ブランドがたまたま商標登録されていない場合に、先回り出願(登録)して権利を高く売りつけようとするケースは想定されており、法的に対応できるのですが、今後価値が出るかどうかわからない商標については、基本的には誰でも早い者勝ちで登録できることになっています。つまり先回り出願自体や大量出願自体を責めるのは、(倫理的にはともかく、)現行法上少し無理があると言わざるを得ません。これは先の記事でも指摘したとおりです*。

ベストライセンスの件は、同じ商標ゴロでも、出願料を納付せずに行っている点に問題があります。商標法ではこのようなやり方を想定しておらず、特許庁の事務処理に少なからぬ負担をかけているであろうことや、他の出願人の商標選択に影響を与えていることを考えると、「制度の抜け穴」で済ませていいのかには強い疑問があります。

もっとも、そもそも出願料を納付しないからこそこのような大量の出願が行えているわけですから、出願料を納付しないことと大量出願をすること、さらにはその内容が先回り出願であることも含めて、すべて一体の行為として非難されるべきといえるようにも思えます。

一般論として、知的財産権をもっと流通させるべきという意見には同意できます。特に特許などは眠らせておかずに実際に活用してこそ世の中の役に立ちますし、登録商標においてはその80%程度が不使用であるとのデータもあります。ライセンスや権利売買により有効に活用できるようになるのであればそれは好ましいですし、実際に今後そのようなプラットフォームは続々と登場すると思います。しかし彼らのやり方は自分だけが儲かればいいというもので、そのために他人に迷惑をかけても構わないというスタンスのものですから、いくら大義名分を掲げても評価されることはないように思います。ベストライセンスの件をきっかけに、知財業界でより積極的に権利流通のルール作りなどの議論をすべきなのかもしれません。

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例の商標大量出願の件の続報

とある一個人・・・といまさら匿名にするのもあれなのでベストライセンス社とその代表の上田育弘氏が大量の商標出願を行っている問題については、以前当ブログでも紹介いたしましたが、先月特許庁がこの件についての声明(?)を発表しました。

一個人(企業)の行為に対して特許庁がこのような声明を出すのは異例のことです。この声明が出されてすぐに、当ブログには通常の10倍近くのアクセスがあり、反響の大きさに驚きました。声明の内容については、以下の記事でうまくまとめられています。

理論上は、どうせ出願料未納なのですから、放っておけばいずれ出願が却下されるわけで、気にする必要はないのかもしれません。しかし正規の出願人の立場からすれば、不安定な状態が数ヶ月続くことで事業に悪影響がこともあるでしょうし、出願料が納付される可能性が残っている以上、長期間に渡り商標登録の帰属について争わないといけなくなるリスクを考えると、ブランドを変更しようと判断するケースも少なからずあるように思われます。

実際、商標出願の実務において、ベストライセンスの出願がなんらかの形で調査に引っかってくることはままあります。クライアントにどう報告するか非常に悩ましく、迷惑しています。弁理士会の商標の研修でもこのようなテーマの課題が出されたことがありました。商標実務にかかわる弁理士全体の問題といえるでしょう。

特にクライアントが外国企業の場合、日本ではこんなわけのわからないことが起こっていることを説明すると、「日本大丈夫か?」と思われてしまうでしょうから、国益を損なっているともいえます。おそらくこんな出願が大規模で問題になっているのは、世界広しといえども日本だけでしょう。そういう意味で、ベストライセンスは世界一奇妙なことをしている会社なのかもしれません。

こうした流れがあり、本件については複数の大手メディアから問い合わせをいただきました。要は「結局ベストライセンスは何をしたいのか?」をみなさんお知りになりたいのですが、正直よくわからないんですよね。実際にベストライセンスから使用許諾(ライセンス)や出願譲渡(売りつける)などの交渉を持ちかけられたという話は聞きません。周囲の弁理士にもたずねてみましたが、やはりみなさんご存じないとのこと。儲からなきゃやるわけないし・・・というご意見もいただき、そのとおりだと思いますが、いかんせんどのように稼いでいるのか、さっぱりわかりません。もしかしたら正規の出願人からの交渉を待つスタイルなのかもしれません。まるで釣りです。エサが偽物(勝手な出願)であることを考えると、疑似餌での釣りかもしれません。

いずれにせよ、メディアによって真相が暴かれるのであれば、私も大いに興味があります。もし専門家の方で事情をご存じの方がいれば、大手メディアに紹介できるかもしれませんので、ご連絡ください。きっと国益に資する情報となります。

それにしても、上記産経新聞の記事はすごいですね。ベストライセンス(or上田氏個人)のコメントをとっています。

「特許庁の文書は商標法上、一般的な事柄であって、コメントする必要もないと思う」

日本語としてよく理解できませんが、「別に自分のこととは限らない」と言いたいのでしょうか。さすがに苦しい主張だと思います。

将来的に少し不安なのが、ベストライセンスのせいで出願日の認定要件(商5条の2)に「料金納付」が入ったりすると本当に困るなということです。納付番号や金額をミスしたときに出願日が繰り下がってしまうので、出願人(とその代理人)にとってダメージが大きすぎます(条約上そんな法改正はできないのかもしれませんが)。

一方で、本件の問題を突き詰めると、問題は大量出願でも先回り出願でもなく、料金未納の点のみにあると評価して構わないように思います。

料金を納付する正式な出願であれば、出願件数が多いことは問題ではなく、むしろ活発な企業活動として好ましいといえるはずです(登録後に使用しないのであれば不使用取消審判により権利を消滅させられる手続きも担保されています)。こうした出願により特許庁の審査実務に負担が増えるならば、税金を使って審査官の増員をすべきともいえるでしょう。

また先回り出願自体も、先願主義のもと、ただちに否定されるわけではありません。記事にあるような「自撮り」「民泊」「保活」などの商標は、そもそも識別力がないとして登録されないか、登録されても商標的な使用がほとんど想定されないので、問題にしなくてもいいと思います(商標的な使用をするのであれば、自ら先に出願しなかったのが悪いのです)。「リニア中央新幹線」や「民進党」などは、出願や審査の時期により適用条文が異なるでしょうが、いずれにせよベストライセンスの出願が登録されることはなく、現行法で対応できます。「BITO」のようなケースはたしかに実害がありますが、本件には上記の記事で指摘したように公募で名称を決めるという特殊な事情がありました。そうでないならば、自らが先に出願すれば済む話です。先回り出願されても、特許庁がいうように使用の見込みがないとして登録拒絶されることもあるでしょうし、仮に登録されてしまっても、多くの場合「先願主義なのだから先に出願しなかったのが悪い」で済ませてしまってよいと思います(ただしこれは商標ゴロの考え方でもあります)。また、周知・著名ブランドの先回り出願については、登録されない法制度になっていますし、そもそもベストライセンスはこうした出願を行ってはいないようです(未確認ですが)。

このように考えると、料金さえ払っていればベストライセンスに対しても文句をいう根拠はあまりなく、逆に料金を払わずに出願公開させるという、現行法制度の盲点を突くような行為を大量に繰り返していることに焦点を当てて問題とすべきと考えていいと思います。

そのような出願を受理しなければいいという意見もありますが、電子出願を利用すれば出願料は振り込みや引き落としとすることができ、どうしても特許庁は金額等の確認をするのに時間がかかります。形式的に正しい出願であれば特許庁はそれを受理して出願日を認定しないといけませんし、一方で毎年10万件前後の商標出願があることを考えると、こうした確認に数週間程度の時間がかかってしまうのも仕方がありません。では出願公開しなければいいじゃないかとも思えるのですが、例えば上記特許庁の確認に2週間かかったとして、そこから料金納付の指令への対応期間が30日あると、出願から約1ヶ月半は料金納付があるかどうかわからないわけです。出願公開は出願から2-4週間程度でなされることを考えると、理論上、出願料未納を理由に出願公開をしないとすることはできなさそうです。(余談ですが、出願公開はシステムにより自動でなされるようで、一度出願されると止められないようです。以前事情により出願公開を止めたかったため、出願を取り下げるので対応してくれと相談したことがあったのですが、そういう問題ではなく出願したら止められないとの回答でした。)

アフィリエイトに用いるツールを使えば人気のあるキーワードは簡単に見つかるでしょうし、それを商標の願書に落とし込むことも、ほぼ自動でできると思われます。そう考えると、あれだけ大量の出願をしていても、我々が思うほどコストはかかっていないのかもしれません。真似をする人が出てこないことを願うばかりです。
※ ベストライセンスの出願内容をあまり深く調べたことはありませんが、権利範囲を広く=類似群コードの数を多く含ませるよう、指定商品・役務が工夫されていると感じたことがあります。上田氏は元弁理士との情報もあり、そういうスキルがあるからこそ商売として成り立っているのかもしれません。

とまぁいろいろな方面で話題になっている本問題ですが、審査における識別力の有無については基準が緩くなる方針ですし、また先願主義を採用する以上、「先回り出願」「先取り出願」という概念があまり広がるのは問題だと感じています。特許庁が上記声明で「自己の商標」という表現を用いたのは深い思慮に基づくのだと思いますが、「自分が先に使い始めたのだから優先的に商標登録を受ける権利がある」との誤解はしないでいただきたいです(ちなみに本記事では「正規の出願人」などとあまり配慮のない表現をしています、すみません)。あくまでも商標登録を受けるには誰よりも先に出願する必要がある、登録できなければ誰でにも使用できてしまう、という前提のもと、ベストライセンスの行為によって自己の業務にどのような影響があるかを検討していただくことが重要です。

※ なお、ベストライセンスに先回り出願されてしまっていても、商標登録できる場合が多いというのは、特許庁の声明どおりです。ほとんどの場合、通常より審査期間が少し長くなるだけで、コストもかかりません。諦めずに商登録を目指してください。

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商標業界の厄介者(!?)

こんなニュースがありました。

群馬県太田市が「おおたBITO 太田市美術館・図書館」を今年10月に開業予定していたところ、既に他人が商標出願をしていたため、この名称の使用を断念したというものです。

商標出願は早い者勝ちなので、こういうことは往々にしてあり得ます。ドンピシャ同じ商標だけでなく、類似する商標も対象となるので、実務上登録の妨げになる理由のうち最も多いもののひとつです。

今回太田市がどのような態様で図書館名を使用するつもりだったのか正確なところはわかりませんが、いずれにせよ『BITO』と同一又は類似の先行出願はたしかにあります。

16010801

商願2015-084840。商標は『BITO(標準文字)』。

指定役務には「図書検索システムの提供」が含まれており、このあたりが図書館事業と被るのでしょう。

16010802

第42類に「図書検索システムの提供」が含まれている。

他にも、商願2015-054371では『BIT(標準文字)』が出願されていますが、こちらには類似する役務が含まれていないかもしれません(面倒なので調べていません)。

とまぁこういうことは実務上起こり得る問題で、「スパっと諦める」から「商標や指定商品役務を調整する」「先行出願を潰す」「先行の出願人と交渉する」などいろいろな選択肢があるのですが、今回は何が問題なのかというと、出願人がベストライセンス株式会社だという点なんですよね。

この会社、業界では非常に有名です。とにかく商標出願をしまくっているんです。なんと、2015年だけで8,130件!(出願件数1位)。しかもこの会社の代表者(未確認)である上田育弘氏個人の名義でも同様に出願をしまくっていて、その数6,656件!(出願件数2位)。この2者だけで、なんと1年間に14,786件もの商標出願をしているのです。
※いずれの件数も、年末時期の出願が公開されれば更に増える可能性があります。

今日の段階でわかる範囲で、2015年の全商標出願件数は113,467件ですから、たった一人で日本の全商標出願の約13%をしていることになります。

これ、もしちゃんと印紙代を払っていれば、仮にすべて1区分だとしても12,000円/件かかりますから、出願料だけで177,432,000円(1億7千万円以上!)もかかることになります。実際どうしているのかわかりませんが、経過を見るとどれも特許庁から補正指令が出されていることから、出願料を払わずに出願をしてとりあえず出願日だけ確保しているのだと思われます。

しかもそれらから分割出願をして少しずつ指定商品の範囲を狭めながらひたすら出願を継続させているものもあって、正直何がしたいのかよくわかりません。そもそも出願料を払わなければそのうち出願却下になるはずで、そのような出願に基づいて子・孫・ひ孫と分割出願を継続させ続けられるのでしょうか。そんなことはしたことがないのでよくわかりません。

とにかく少しでも話題になったキーワードや他人が欲しがりそうな単語は、日本ではすぐにベストライセンスに出願されてしまいます。これも去年だったと思いますが、『AAMAIL』〜『ZZMAIL』まで、26×26=676種類の『◯◯MAIL』をすべて出願していました。類似範囲まで後願排除効が及ぶので、新しいメールサービスを始めようとすると何かに引っかかってしまうかもしれません。そうして困った人からライセンス交渉などの打診があって初めて印紙代を払っているのかもしれません。制度上は許されますが、さすがに商標法ではそういう出願方法は想定していないでしょう。

どうせいずれ出願却下となるので無視しておけばいいのでしょうが、これだけ大量の出願をされてしまうと、日頃の商標調査業務でも結構な確率で引っかかってきてしまい、正直迷惑しています。引っかかってしまった場合にクライアント様にどう説明すればいいかというのは悩ましい問題で、おそらく無視して出願しても審査待ちの数ヶ月の間にベストライセンスの出願は却下されているでしょうから問題ないケースが多いはずなのですが、分割分割で出願が残ったりしてしまうと、登録にならない出願に基づいて本願が拒絶される(まぁ先行出願が登録にならなければ拒絶にはならないのですが、こちらに拒絶理由が発せられた段階で印紙代を納付するかもしれません)リスクはどうしても残ってしまいます。

今回の太田市のケースでも同様の悩みがあったのでしょう。対応コストやイメージ毀損などのリスクを考えると、早めに名称変更に踏み切ったのは妥当な判断だったように思います。しかし新名称も公募すれば同じようにベストライセンスに先に出願されてしまうので、そのあたりどうするのがよいかは本当に悩ましい問題です。いまの時代クローズドな選定には風当たりが強いですし、オープンに募集すれば今回の二の舞いになります。太田市が自ら応募案をすべて「出願料を払わずに」出願して、最終的に選んだものにのみ料金を後から支払うベストライセンス方式を採用するのが唯一の解決策に思われますが、もちろん実際にはそんなことはできないでしょう。

このような出願には法的に対応してほしいところですが、現行の商標法には直接対応できる規定は見当たりませんし、真面目に仕事をしていても納付番号などを間違ってしまうこともたまにはありますので、そういうケースへの救済がなくなってしまうのも困ります。なにか良い解決案はないものでしょうか。