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ロッテリアの「黒七味」商標権侵害事案を考える

ちょっと忙しくてすっかり出遅れてしまいましたが、ロッテリアが「黒七味」の商標権を侵害したとして商品の販売を停止したというニュースについて考えてみたいと思います。

この事件は知人の弁理士が担当したそうです。最初はかなり際どい事例かと思いましたが、調べてみると両当事者とも妥当な判断をしたのかなという印象です。さすがですね。

事の発端は、ロッテリアが「京都黒七味風味」なる味付けのフライドポテトを販売したことで、これが株式会社原了郭の所有する商標権(おそらく登録第5157375号)を侵害するとして警告書が送付されたようです。

「京都」の地域に「黒七味風味」と書かれている

本件商標権の内容は、以下の画像のとおりの「黒七味」なる商標を、「白胡麻・黒胡麻・一味・山椒・けしの実・麻の実・青のりを主原料とし乾煎りした後さらに手もみで練り合わせて製造した七味唐辛子」について登録したものです。

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出願時には「香辛料」を指定していましたが、審査において「黒」は「黒い」という商品の品質を表し、「七味」は「七味唐辛子」の略称なので、『黒七味』を黒い七味唐辛子について使用するならば商3条1項3号に落ちてくるし、それ以外の香辛料に使うなら4条1項16号に落ちると指摘され、拒絶査定となったものと思われます(審査書類を見たわけではないのでただの想像です)。

そこで商品を「白胡麻・黒胡麻・一味・山椒・けしの実・麻の実・青のりを主原料とし乾煎りした後さらに手もみで練り合わせて製造した七味唐辛子」に減縮する補正を行い、『黒七味』全体で一連の商標でありただちに「黒い七味唐辛子」と結びつくものではないなどと主張して、審判まで争って登録になったものです(主張内容は想像)。

冒頭に「際どい」と書いた理由のひとつはこれで、「黒七味」は一見して識別力が弱く登録しづらい商標なので、警告書をもらった立場で考えたら、自分が何を売っているかに関わらず、

  1. そもそも商標的に使用していないのでは?(商2条1項各号)
  2. 商標権侵害とならない使用態様なのでは?(商26条)
  3. 無効審判で潰せるのでは?(商46条)

などと考えるのが普通です。

本件商標は、拒絶査定不服審判まで経て登録されていることを考えると、いまさら無効審判を請求しても潰せる確率はそれほど高くないと考えられます(もちろん請求することはできますし、無効審判で拒絶査定不服審判と異なる判断をしても制度上問題はありませんが、まぁ厳しいでしょう)。

そうすると結局『黒七味』の使用が商標権侵害をするかどうか検討することになりますが、今回は「黒七味風味」として使用していて、これがまた本件を際どくしている一因です。それが商標的に使用されているのかという疑義が生じるからです。

一般に、「◯◯風味」とは「◯◯という素材の味を想起させる」などの意味合いで用いられることが多いはずです。例えば清涼飲料水について「レモン風味」と使用した場合には、「レモンのようなイメージの味である」という程度の意味なはずで、◯◯の部分は素材を表すのみですから商標的に使用しているとはいえず、ゆえにこれが商標権侵害をすることは通常はありません。

本件では、「黒七味風味」なわけですが、仮に「黒七味」が「黒い七味唐辛子」という一般的な素材だとすると、それがどのような風味なのか、需要者にはよくわからないと思われます(七味唐辛子は一般的な素材なので「七味風味」ならばわかりますが、一般的な素材として黒い七味唐辛子はどのような味かわからないので、「黒七味風味」もどのような味かよくわかりません)。つまりこの「黒七味風味」は、「黒い七味唐辛子風味」ではなく、「原了郭の黒七味風味」と言っている、と解釈することには一定の合理性がありそうです。地域として京都がわざわざ選択されていることもこれを推認させる材料となるでしょう(原了郭は京都の老舗)。

しかしこのことをもってしても、やはりそれが商標的に使用しているといえるかは微妙です。仮にロッテリアのフライドポテトが原了郭の黒七味を使っているとして、「黒七味使用」と記載してあった場合を想定すると、これは出所の混同を生じない表記なので、商標権侵害しないと考えられます。今回ロッテリア商品は原了郭の黒七味を用いておらず、しかも「黒七味風味」という記載ですから、これは「黒七味」を原了郭以外の七味唐辛子について使用していることになるので、黒七味の出所の混同を生じるおそれがあります。このような使用態様は「黒七味」を商標的に使用しているといえそうです。

一応、ロッテリアが販売するフライドポテトは登録第5157375号の指定商品と類似するのかという点も検討してもいいかもしれませんが、これはフライドポテトのスパイスとして使用している七味唐辛子について、上述のように「黒七味」を商標的に使用しているので、指定商品と同一あるいは類似する商品について商標を使用していると考えて問題ないでしょう(別にフライドポテトと七味唐辛子が類似している必要はない)。

というように、真面目に考えてみると際どいことは特になく通常の商標権侵害として処理されて構わない事案だったと思われます。

まぁロッテリアは上述の商標的な使用かを裁判で争うこともできたでしょうし、その中で登録商標の識別力(要は無効性)を主張することもできたのでしょうが、ブランドイメージの毀損などを考慮して早めに手を引いたのかもしれませんし、そもそも争っても勝てる確率は低いと判断したのだと思います。本件について、ロッテリアは謝罪広告まで出しています。

上記謝罪広告では、ロッテリアは「弊社商品「京都黒七味風味」は、株式会社原了郭様の監修等を受けた商品ではなく、弊社内にて「黒七味」を模して創造的に製造した商品でありますので、株式会社原了郭様の販売される「黒七味」の商標を付した商品とは味・品質等一切の類似点はございません。」とまで書かされていて、そういう事情ならば本件を商標権侵害として処理することは商標法の基本的な趣旨にも合致します。

それにしても本件は京都特有の問題だと感じます。原了郭は300年の歴史を持つ老舗で、「黒七味」は長年使用してきたこともあり、今後も継続的に独占的に使用したい意思があったものと思います。また、そのような歴史がある商標だからこそ、「京都」の代名詞として選択されたという事情もあると思われます。実際、他の地域は、北海道=ほたてバター、愛知=ひつまぶし、兵庫=神戸ステーキと、明らかに識別力とは無縁の商品が選択されています。

これほどの歴史がない出願人の方は、『黒七味』のような登録の難しい商標の出願は避けるべきでしょう。出願しても登録できないリスクがありますし、登録できても少なくとも審判までは覚悟しないといけないので、登録までに数十万円のコストが掛かります。更にはこのようなギリギリで登録になった商標は、登録後に無効審判を請求されるリスクもあり、また本件のように「登録商標と知らずに使用」する侵害者への対応にもコストがかかります。実際、今回の対応までに、原了郭はかなりのコストをかけていると思います。そこまでして取得する価値のある商標か、出願前に検討することが重要です。

海外在住の日本人の出願方法

日本での特許や商標の出願をできるのは、自然人または法人であれば、国籍によらず誰でもよいことになっています。ただし多少の例外があって、いわゆる内国民待遇を守らない国の国民の手続きには制限があります(特25条など)。

こうした例外はともかく、基本的には出願は国籍によらず誰でもできることになっています。つまり日本人や日本企業はもちろん、外国人や外国企業も日本へ特許や商標の出願ができます。

一方で、出願人の所在地によっては一定の制限があります。例えば外国人や外国企業が出願する場合は、特許管理人(一般には弁理士)によらなければなりません。同様に、日本人であっても日本国内に住所がない場合や、日本企業であっても日本国内に居所がない場合(追記:よく考えるとこのような日本法人はないように思われます)は、やはり特許管理人により手続きをする必要があります。

なお、特許管理士なる名称を用いている団体がありますが、何らの法的権原もないただの人たちです。

このように、日本国内に住所(居所)がない日本人(日本企業)が出願する場合は、特許管理人を設ければよいのですが、この場合は、願書に【国籍】の欄を設ける必要があります。要は国籍と住所が異なる場合は、【国籍】 の欄を設ける必要があるのです。

細かいことですが、この国籍欄、日本人の場合は「日本」とするのか、「日本国」とするのか、どちらでしょう。特許庁に電話で確認したことがあるのですが、よくわからないとのこと。「日本国」でいいのでは?というのでそう書いてみたのですが、出願ソフトに通すと強制的に「日本」に変更されてしまいます。要は「日本」とすべきなのですね。

話題がずれますが、中国の住所はどう書くべきなのでしょうか。当然漢字で書けますが、日本の漢字とは異なるものも多くあります。

結論としては、漢字でもカタカナでもOKです。漢字の場合は、日本の漢字にないものは特殊文字として扱われます。特殊文字は黒三角形で囲まれて、日本の漢字に強制的に直されることになっています。例えば

广州

▲広▼州

と表記されます。

弊所では、出願人さんの意向を確認した上で、あまりに▲が多くなる場合はカタカナで出願しています。結局はどちらが見やすいかという問題です。もちろん後から変更したいときには住所変更をかければOKです。