Tag: 商標ゴロ

例の商標大量出願の件の続報

とある一個人・・・といまさら匿名にするのもあれなのでベストライセンス社とその代表の上田育弘氏が大量の商標出願を行っている問題については、以前当ブログでも紹介いたしましたが、先月特許庁がこの件についての声明(?)を発表しました。

一個人(企業)の行為に対して特許庁がこのような声明を出すのは異例のことです。この声明が出されてすぐに、当ブログには通常の10倍近くのアクセスがあり、反響の大きさに驚きました。声明の内容については、以下の記事でうまくまとめられています。

理論上は、どうせ出願料未納なのですから、放っておけばいずれ出願が却下されるわけで、気にする必要はないのかもしれません。しかし正規の出願人の立場からすれば、不安定な状態が数ヶ月続くことで事業に悪影響がこともあるでしょうし、出願料が納付される可能性が残っている以上、長期間に渡り商標登録の帰属について争わないといけなくなるリスクを考えると、ブランドを変更しようと判断するケースも少なからずあるように思われます。

実際、商標出願の実務において、ベストライセンスの出願がなんらかの形で調査に引っかってくることはままあります。クライアントにどう報告するか非常に悩ましく、迷惑しています。弁理士会の商標の研修でもこのようなテーマの課題が出されたことがありました。商標実務にかかわる弁理士全体の問題といえるでしょう。

特にクライアントが外国企業の場合、日本ではこんなわけのわからないことが起こっていることを説明すると、「日本大丈夫か?」と思われてしまうでしょうから、国益を損なっているともいえます。おそらくこんな出願が大規模で問題になっているのは、世界広しといえども日本だけでしょう。そういう意味で、ベストライセンスは世界一奇妙なことをしている会社なのかもしれません。

こうした流れがあり、本件については複数の大手メディアから問い合わせをいただきました。要は「結局ベストライセンスは何をしたいのか?」をみなさんお知りになりたいのですが、正直よくわからないんですよね。実際にベストライセンスから使用許諾(ライセンス)や出願譲渡(売りつける)などの交渉を持ちかけられたという話は聞きません。周囲の弁理士にもたずねてみましたが、やはりみなさんご存じないとのこと。儲からなきゃやるわけないし・・・というご意見もいただき、そのとおりだと思いますが、いかんせんどのように稼いでいるのか、さっぱりわかりません。もしかしたら正規の出願人からの交渉を待つスタイルなのかもしれません。まるで釣りです。エサが偽物(勝手な出願)であることを考えると、疑似餌での釣りかもしれません。

いずれにせよ、メディアによって真相が暴かれるのであれば、私も大いに興味があります。もし専門家の方で事情をご存じの方がいれば、大手メディアに紹介できるかもしれませんので、ご連絡ください。きっと国益に資する情報となります。

それにしても、上記産経新聞の記事はすごいですね。ベストライセンス(or上田氏個人)のコメントをとっています。

「特許庁の文書は商標法上、一般的な事柄であって、コメントする必要もないと思う」

日本語としてよく理解できませんが、「別に自分のこととは限らない」と言いたいのでしょうか。さすがに苦しい主張だと思います。

将来的に少し不安なのが、ベストライセンスのせいで出願日の認定要件(商5条の2)に「料金納付」が入ったりすると本当に困るなということです。納付番号や金額をミスしたときに出願日が繰り下がってしまうので、出願人(とその代理人)にとってダメージが大きすぎます(条約上そんな法改正はできないのかもしれませんが)。

一方で、本件の問題を突き詰めると、問題は大量出願でも先回り出願でもなく、料金未納の点のみにあると評価して構わないように思います。

料金を納付する正式な出願であれば、出願件数が多いことは問題ではなく、むしろ活発な企業活動として好ましいといえるはずです(登録後に使用しないのであれば不使用取消審判により権利を消滅させられる手続きも担保されています)。こうした出願により特許庁の審査実務に負担が増えるならば、税金を使って審査官の増員をすべきともいえるでしょう。

また先回り出願自体も、先願主義のもと、ただちに否定されるわけではありません。記事にあるような「自撮り」「民泊」「保活」などの商標は、そもそも識別力がないとして登録されないか、登録されても商標的な使用がほとんど想定されないので、問題にしなくてもいいと思います(商標的な使用をするのであれば、自ら先に出願しなかったのが悪いのです)。「リニア中央新幹線」や「民進党」などは、出願や審査の時期により適用条文が異なるでしょうが、いずれにせよベストライセンスの出願が登録されることはなく、現行法で対応できます。「BITO」のようなケースはたしかに実害がありますが、本件には上記の記事で指摘したように公募で名称を決めるという特殊な事情がありました。そうでないならば、自らが先に出願すれば済む話です。先回り出願されても、特許庁がいうように使用の見込みがないとして登録拒絶されることもあるでしょうし、仮に登録されてしまっても、多くの場合「先願主義なのだから先に出願しなかったのが悪い」で済ませてしまってよいと思います(ただしこれは商標ゴロの考え方でもあります)。また、周知・著名ブランドの先回り出願については、登録されない法制度になっていますし、そもそもベストライセンスはこうした出願を行ってはいないようです(未確認ですが)。

このように考えると、料金さえ払っていればベストライセンスに対しても文句をいう根拠はあまりなく、逆に料金を払わずに出願公開させるという、現行法制度の盲点を突くような行為を大量に繰り返していることに焦点を当てて問題とすべきと考えていいと思います。

そのような出願を受理しなければいいという意見もありますが、電子出願を利用すれば出願料は振り込みや引き落としとすることができ、どうしても特許庁は金額等の確認をするのに時間がかかります。形式的に正しい出願であれば特許庁はそれを受理して出願日を認定しないといけませんし、一方で毎年10万件前後の商標出願があることを考えると、こうした確認に数週間程度の時間がかかってしまうのも仕方がありません。では出願公開しなければいいじゃないかとも思えるのですが、例えば上記特許庁の確認に2週間かかったとして、そこから料金納付の指令への対応期間が30日あると、出願から約1ヶ月半は料金納付があるかどうかわからないわけです。出願公開は出願から2-4週間程度でなされることを考えると、理論上、出願料未納を理由に出願公開をしないとすることはできなさそうです。(余談ですが、出願公開はシステムにより自動でなされるようで、一度出願されると止められないようです。以前事情により出願公開を止めたかったため、出願を取り下げるので対応してくれと相談したことがあったのですが、そういう問題ではなく出願したら止められないとの回答でした。)

アフィリエイトに用いるツールを使えば人気のあるキーワードは簡単に見つかるでしょうし、それを商標の願書に落とし込むことも、ほぼ自動でできると思われます。そう考えると、あれだけ大量の出願をしていても、我々が思うほどコストはかかっていないのかもしれません。真似をする人が出てこないことを願うばかりです。
※ ベストライセンスの出願内容をあまり深く調べたことはありませんが、権利範囲を広く=類似群コードの数を多く含ませるよう、指定商品・役務が工夫されていると感じたことがあります。上田氏は元弁理士との情報もあり、そういうスキルがあるからこそ商売として成り立っているのかもしれません。

とまぁいろいろな方面で話題になっている本問題ですが、審査における識別力の有無については基準が緩くなる方針ですし、また先願主義を採用する以上、「先回り出願」「先取り出願」という概念があまり広がるのは問題だと感じています。特許庁が上記声明で「自己の商標」という表現を用いたのは深い思慮に基づくのだと思いますが、「自分が先に使い始めたのだから優先的に商標登録を受ける権利がある」との誤解はしないでいただきたいです(ちなみに本記事では「正規の出願人」などとあまり配慮のない表現をしています、すみません)。あくまでも商標登録を受けるには誰よりも先に出願する必要がある、登録できなければ誰でにも使用できてしまう、という前提のもと、ベストライセンスの行為によって自己の業務にどのような影響があるかを検討していただくことが重要です。

※ なお、ベストライセンスに先回り出願されてしまっていても、商標登録できる場合が多いというのは、特許庁の声明どおりです。ほとんどの場合、通常より審査期間が少し長くなるだけで、コストもかかりません。諦めずに商登録を目指してください。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

スペインでの『UDON』商標問題について考える

元Jリーガーで、現在はスペインでうどん店を経営されている石塚啓次さんが、商標トラブルに巻き込まれたというニュースが話題となっています。

石塚啓次さんのブログでもこの問題に言及されており、スペインの弁護士から警告書を受け取ったこと、そこでは店舗名から「うどん」の文字を削除することなどが要求されたこと、対応費用がかかるので相手の要求に従うことなどが述べられています。

日本人にとっては腹立たしいニュースですが、商標法の観点から、実際のところはどうなのでしょうか。

問題の商標権を調べてみました。正確な情報がないのですが、スペインでは以下の商標登録が存在するようです。

16031201

出典:TMview

指定役務は以下のとおりとなっています。

16031202

出典:OEPM

恥ずかしながらスペイン語はわからないのですが、自動翻訳にかけてみたところ、「レストラン及びホテルの運営」となるようです。

さて上記商標権に基いて、スペイン国内でうどん店の看板等に「UDON」の文字を使用することを差し止められるのでしょうか。普通に考えて、うどん店の店舗名に「UDON」を用いるのは、商標的な使用でないですよね。おそらくスペインでも事情は同じだと思われます。

また、識別力を発揮しない態様での使用でしょうから、商標権の効力の範囲外でもあるはずです。実際スペイン商標法には、以下の規定があります。日本の商標法第26条と同じような規定です。

スペイン商標法第37条(商標権の限定)
商標により付与される権利は,第三者が経済取引において次のものを使用することを禁止することをその所有者に対して許可するものではない。ただし,当該使用が工業上又は商業上の公正な慣行に従っていることを条件とする。
(b) 商品の種類,品質,数量,目的,価格,原産地,生産の時期若しくはサービス提供の時期,又はその他の特徴に関する情報

うどん店が店舗名に「UDON」の語を用いるのは「商品の種類」をそのまま表しているだけですから、商標権者が権利行使をすることはできないはずです。

更には、本件商標権は、無効理由を抱えているとも考えられそうです。

スペイン商標法第51条(絶対的無効理由)
(1) 次の場合は,商標の登録は確定的な決定により無効と宣言され,かつ無効となる。
(a) 第 3 条(1)及び(2)並びに第 5 条の規定に反する場合
スペイン商標法第5条(絶対的禁止事由)
(1) 次の標識は,商標として登録することができない。
(c) 商品又はサービスについて,その種類,品質,数量,目的,価格,原産地,商品の製造又はサービスの提供期間又はその他の特徴を示すために取引上使用される可能性がある標識若しくは表示のみからなるもの

本件商標は、第5条(1)(c)に違反して登録された可能性が高いので、無効審判を請求すれば登録を取り消すことができそうです。

ただ今回少し気になるのが、「うどん」という語は日本語であり、そのローマ字表記の「UDON」が外国で本当にうどんとして認識されるのかという点です。おそらく、「SUSHI」ならば欧州の多くの国で「寿司」として認識されると思われます。一方で「UDON」がどの程度のスペイン人に認識されるか、そもそもうどん自体がスペインでどれほど認知されているか、不明です。このあたりは国ごとに事情が異なるでしょうし、さらには同じ国でも事案ごとに判断基準が異なるので、なかなか一般的な答えはないのかもしれませんが、うどんが日本の代表的なヌードルのひとつであることを考えると、スペインのような国際化の進んだ国ではある程度認知されていると考えてよいのではないかと思います。そうであるならば、やはりスペインでも「UDON」の語は「うどん」の普通名称であると考えられます。
※もっとも、例えば特定の使用者によりその語が認知されるようになった場合など、事情によっては識別力が肯定されることもあります。結局はケースバイケースで判断される事項です。

このようにそもそも権利行使できないので争えば勝てるでしょうし、もし揉めるなら無効審判で商標登録を潰してしまうこともできるであろう案件ですが、いかんせんこうした対応にはコストと時間と手間がかかります。相手はそうしたことを理解した上で、法的に根拠のない言いがかりをつけているものと推測されます。本件商標は2002年に出願され、2003年に登録されています。当初は「UDON」を合法的に使えることの確認のために商標登録したのかもしれませんし、今回と同様の問題を過去にも起こしているのかもしれませんが、いずれにせよ今回石塚さんが遭遇しているトラブルは、一種の商標ゴロによる反社会的な活動を想起させます。

今回石塚さんは費用や時間の観点から相手の要求に従う意向とのことですが、とても悔しい思いをされているでしょうし、我々日本人にとっても非常に腹立たしい思いです。例えばレター(回答書)を1通だけ送るなど、コストをかけずに上記の内容を反論してみるなどもできるかもしれないので、是非諦めずにできることは何でもやっていただきたいと思います。翻訳料等実費を負担いただけるならば弊所で無料で対応するのですが…。

余談ですが、今回と逆の立場で、商品の普通名称を商標登録して他者の参入を阻止したいという相談をたまにいただきます。例えばクロム製のコップが海外で流行し、それを日本に輸入しようとする人が、『Chromium』をコップについて商標登録して、他人がクロム製のコップを輸入するのを阻止したい、というようなものです。

しかしこれは無理なことが多いです。商品の素材や産地などは、その商品について誰もが使いたいので、特定の誰かに商標権を与えて独占させることに馴染みません。そもそも商標とは、同じ種類の商品を複数の人が製造や販売する前提で、それぞれの商品の出所を区別するための標識ですから、商品そのものの独占をさせることは想定していません。その商品を独占的に製造や販売したいのであれば、特許権などの創作法の保護を求めるべきです。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。