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スペインでの『UDON』商標問題について考える

元Jリーガーで、現在はスペインでうどん店を経営されている石塚啓次さんが、商標トラブルに巻き込まれたというニュースが話題となっています。

石塚啓次さんのブログでもこの問題に言及されており、スペインの弁護士から警告書を受け取ったこと、そこでは店舗名から「うどん」の文字を削除することなどが要求されたこと、対応費用がかかるので相手の要求に従うことなどが述べられています。

日本人にとっては腹立たしいニュースですが、商標法の観点から、実際のところはどうなのでしょうか。

問題の商標権を調べてみました。正確な情報がないのですが、スペインでは以下の商標登録が存在するようです。

16031201

出典:TMview

指定役務は以下のとおりとなっています。

16031202

出典:OEPM

恥ずかしながらスペイン語はわからないのですが、自動翻訳にかけてみたところ、「レストラン及びホテルの運営」となるようです。

さて上記商標権に基いて、スペイン国内でうどん店の看板等に「UDON」の文字を使用することを差し止められるのでしょうか。普通に考えて、うどん店の店舗名に「UDON」を用いるのは、商標的な使用でないですよね。おそらくスペインでも事情は同じだと思われます。

また、識別力を発揮しない態様での使用でしょうから、商標権の効力の範囲外でもあるはずです。実際スペイン商標法には、以下の規定があります。日本の商標法第26条と同じような規定です。

スペイン商標法第37条(商標権の限定)
商標により付与される権利は,第三者が経済取引において次のものを使用することを禁止することをその所有者に対して許可するものではない。ただし,当該使用が工業上又は商業上の公正な慣行に従っていることを条件とする。
(b) 商品の種類,品質,数量,目的,価格,原産地,生産の時期若しくはサービス提供の時期,又はその他の特徴に関する情報

うどん店が店舗名に「UDON」の語を用いるのは「商品の種類」をそのまま表しているだけですから、商標権者が権利行使をすることはできないはずです。

更には、本件商標権は、無効理由を抱えているとも考えられそうです。

スペイン商標法第51条(絶対的無効理由)
(1) 次の場合は,商標の登録は確定的な決定により無効と宣言され,かつ無効となる。
(a) 第 3 条(1)及び(2)並びに第 5 条の規定に反する場合
スペイン商標法第5条(絶対的禁止事由)
(1) 次の標識は,商標として登録することができない。
(c) 商品又はサービスについて,その種類,品質,数量,目的,価格,原産地,商品の製造又はサービスの提供期間又はその他の特徴を示すために取引上使用される可能性がある標識若しくは表示のみからなるもの

本件商標は、第5条(1)(c)に違反して登録された可能性が高いので、無効審判を請求すれば登録を取り消すことができそうです。

ただ今回少し気になるのが、「うどん」という語は日本語であり、そのローマ字表記の「UDON」が外国で本当にうどんとして認識されるのかという点です。おそらく、「SUSHI」ならば欧州の多くの国で「寿司」として認識されると思われます。一方で「UDON」がどの程度のスペイン人に認識されるか、そもそもうどん自体がスペインでどれほど認知されているか、不明です。このあたりは国ごとに事情が異なるでしょうし、さらには同じ国でも事案ごとに判断基準が異なるので、なかなか一般的な答えはないのかもしれませんが、うどんが日本の代表的なヌードルのひとつであることを考えると、スペインのような国際化の進んだ国ではある程度認知されていると考えてよいのではないかと思います。そうであるならば、やはりスペインでも「UDON」の語は「うどん」の普通名称であると考えられます。
※もっとも、例えば特定の使用者によりその語が認知されるようになった場合など、事情によっては識別力が肯定されることもあります。結局はケースバイケースで判断される事項です。

このようにそもそも権利行使できないので争えば勝てるでしょうし、もし揉めるなら無効審判で商標登録を潰してしまうこともできるであろう案件ですが、いかんせんこうした対応にはコストと時間と手間がかかります。相手はそうしたことを理解した上で、法的に根拠のない言いがかりをつけているものと推測されます。本件商標は2002年に出願され、2003年に登録されています。当初は「UDON」を合法的に使えることの確認のために商標登録したのかもしれませんし、今回と同様の問題を過去にも起こしているのかもしれませんが、いずれにせよ今回石塚さんが遭遇しているトラブルは、一種の商標ゴロによる反社会的な活動を想起させます。

今回石塚さんは費用や時間の観点から相手の要求に従う意向とのことですが、とても悔しい思いをされているでしょうし、我々日本人にとっても非常に腹立たしい思いです。例えばレター(回答書)を1通だけ送るなど、コストをかけずに上記の内容を反論してみるなどもできるかもしれないので、是非諦めずにできることは何でもやっていただきたいと思います。翻訳料等実費を負担いただけるならば弊所で無料で対応するのですが…。

余談ですが、今回と逆の立場で、商品の普通名称を商標登録して他者の参入を阻止したいという相談をたまにいただきます。例えばクロム製のコップが海外で流行し、それを日本に輸入しようとする人が、『Chromium』をコップについて商標登録して、他人がクロム製のコップを輸入するのを阻止したい、というようなものです。

しかしこれは無理なことが多いです。商品の素材や産地などは、その商品について誰もが使いたいので、特定の誰かに商標権を与えて独占させることに馴染みません。そもそも商標とは、同じ種類の商品を複数の人が製造や販売する前提で、それぞれの商品の出所を区別するための標識ですから、商品そのものの独占をさせることは想定していません。その商品を独占的に製造や販売したいのであれば、特許権などの創作法の保護を求めるべきです。

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ECサービス提供者の知的財産権侵害への対応責任

アマゾンや楽天、Yahoo!などのECショッピングモールで自社製品の模倣品を発見した場合、どう対応したらよいでしょうか。

本筋からいえば、その模倣品を試買し、真贋を判定して、模倣品である(自社の知的財産権を侵害する)と判断したならば、相手方に警告書を送るとか、裁判所に訴状を提出するなどの手続をとるべきです。

しかし、いまの日本のECショッピングモールは偽物だらけです。ひとつを潰しても雨後の竹の子のように次々と湧いてくるので、正面からいちいち相手にすると費用倒れしてしまいます。なのでなんとかまとめて対応するか、個別に対応するにしてもコストをかけない方法がないかと考えるのは当然のことです。

模倣品対策においては、偽物は上流で止めるのが大原則です。ほとんどの偽物は中国から入ってくるので、「製造工場を潰す」「輸出業者を潰す」「中国の税関で止める」「日本の税関で止める」などの対応をしているわけですが、努力むなしくそれらの網をすり抜けて日本に入ってくる偽物が跡を絶ち絶ちません。一度日本に入ってしまうと日本中に拡散してしまい対応がかなり難しくなるわけですが、ECショッピングモールは数者による寡占状態にあるため、そこで対応することができます。すなわち、バラバラに日本に入ってきた偽物がもう一度だけ集結する、最後のチャンスがECショッピングモールなのです。流通フローでは最下流ではありますが、そこで止められるチャンスがあるのですから、これを利用しない手はありません。

では具体的にどうするのでしょうか。基本的な考え方は、ECショッピングモールに働きかけて模倣品の出品を削除してもらうことになります。いかにコストをかけずに出品削除に持ち込むか、更には各ショッピングモールの用意する制度を利用してそうした違法な業者をいかにしてそのモールから排除するかが重要です。

通常、ECショッピングモールでは、知的財産権を侵害する商品の出品情報を報告するシステムを用意しています。

これらのシステムを利用して自社の知的財産権を侵害する出品を報告すれば、プラットフォームが出品削除の手続きを行ってくれます。出品者に対して個別に警告書を送ったり訴訟を提起することに比べれば、大幅に手間やコストを抑えることができます。

一方で、こうした報告を受けたプラットフォームには、どこまで対応責任があるのでしょうか。以下の裁判例が参考になります。

この裁判例についてはいずれ個別に詳しく紹介しますが、サービスプロバイダに商標権侵害責任が問われる可能性が指摘された点で、大きな価値があるといえます。

すなわち、ECショッピングモールにおいて商標権侵害商品が出品されているときに、その商品を出品している者(店舗)が商標権侵害をすることは明らかですが、それに加えて、サービスプロバイダも商標権侵害責任を問われることがあり得ると判断されているのです。

その要件として、知財高裁は以下のように述べています。

ウェブページの運営者は,商標権侵害行為の存在を認識できたときは,出店者との契約により,コンテンツの削除,出店停止等の結果回避措置を執ることができること等の事情があり,これらを併せ考えれば,ウェブページの運営者は,商標権者等から商標法違反の指摘を受けたときは,出店者に対しその意見を聴くなどして,その侵害の有無を速やかに調査すべきであり,これを履行している限りは,商標権侵害を理由として差止めや損害賠償の責任を負うことはないが,これを怠ったときは,出店者と同様,これらの責任を負うものと解される
(下線は筆者)

つまり、アマゾンや楽天などのプラットフォームは、模倣品が販売されていると通報を受けたら、一定期間内に、その事実を調査し、出品削除などの対応をしないと、プラットフォームが商標権侵害をすることになってしまうと裁判所は言っているのです。

このような事情があり、各プラットフォームは上記の報告窓口を用意しているのですが、実際に報告をして対応を依頼した権利者の方からは、「十分な対応をしてもらえていない」という意見も聴かれます。特にアマゾンについては、他のプラットフォームよりも対応が不十分であるという印象を持っている権利者が多いようなのですが、なぜでしょうか。

理由のひとつに、上記チュッパチャップス判決の射程距離が明らかではないということが挙げられると思います。

例えば、そもそもこの判決は、商標権侵害についてしか言及していません。では他の知的財産権侵害の場合はどうなのでしょうか。そんなの同じだと思われるかもしれませんが、実は重要な問題だと思われます。商標権侵害ならば、その侵害の事実が一見してわかる場合がほとんどです。しかし、特許権の場合はそうはいきません。商品を見ただけでそれが特許権侵害をするかどうか判断するのは、多くの場合不可能です。著作権や不正競争防止法など、登録された権利に基づかないものの判断もまた困難です。このように考えると、そもそもチュッパチャップス判決の射程距離は、商標権侵害のみに限定されているとも考えられます。

また、商標権が問題となる場合であっても、本当に商標権侵害をするのか、容易には判断できないケースももちろんあります。例えば模倣品のクオリティが低くロゴのデザインが少し違うとか、商標を似せつつ敢えて多少変更してあるような場合、商標法の観点からその商標が類似するかの判断が難しいケースも少なくないでしょう。あるいは、「並行輸入」や「商標的な使用」のように、法的な解釈が難しいものもあるはずです。おそらくチュッパチャップス事件では、そのような微妙なケースまでプラットフォームに判断の責任を課してはいないと思います。

さらには、そのような微妙なケースにおいて、プラットフォームの判断が誤っていた場合、すなわち、例えば将来裁判所では「非類似」と判断されるものを誤って「類似」と判断してしまい、出品削除の措置をとってしまった場合、プラットフォームは削除された店舗に対して損害賠償する責任があるのでしょうか。プラットフォームにとっては重要な問題なはずです。

このようなことを考えると、プラットフォームとしては模倣品だからと簡単には出品削除できない事情があるのかもしれません。実際、そのような微妙な部分について判断できるのは、裁判所だけです。民間企業であるECプラットフォームが責任を持って判断することはできませんし、そもそもそのような責任はないので、必要以上のコストをかけてシステムや人員を用意する必要もありません。「プラットフォームが十分な対応をしてくれない」と感じる最も大きな理由はこのあたりにあるのかもしれません。

特にアマゾンは、運営会社が米国企業だという特殊な事情があります。日本のサイト(Amazon.co.jp)での侵害について報告を行うと、アマゾンジャパン株式会社という日本の子会社が対応してくれるのですが、あくまでも日本側の対応窓口であり、実際に法的なやり取りをする相手は米国アマゾン社です。つまり米国アマゾン社の代わりにアマゾンジャパン株式会社が対応するというスキームなため、複雑なケースでは柔軟な対応がしづらく、権利者さんは不満を感じることがあるようです。

ただ上述のようにそもそもアマゾンの対応責任範囲はそれほど広くない可能性があり、また、私が実際にアマゾンジャパン株式会社の法務部と交渉等をしている経験からは、権利者側がしっかりと情報提供すればアマゾンも十分な対応をしてくれることが多いと感じています。必要な情報を揃えて正しい要求をすれば、アマゾンでも他のプラットフォームでも、迅速に模倣品の出品を停止してくれるという印象を持っています。

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ECにおける他人の商標の使用と商標権侵害

アマゾンや楽天などのECショッピングモールで、他人の商標を使用することが許されるのはどういう場合なのでしょうか。逆にどのような場所や方法で使用すると問題になるのでしょうか。これも昨年問い合わせが多かったテーマのひとつです。

商品ページヘのアクセスを増やすために、キーワードとして他人の商標を用いたいという需要はかなりあるようです。例えばバッグの商品ページの一部に「エルメス」や「バーキン」などのキーワードを入れて、Googleなどでそれらのブランドを検索した人を誘導するわけです。

こうした行為が需要者を本来の目的とは誤ったサイトへ誤認誘導するものであり、問題がありそうだということは常識でわかると思いますが、商標権侵害となるかについては検討の余地がありそうです。

この問題には、以下の裁判例が参考になると思われます。

【事案の概要】
X(原告)が以下の構成からなる商標についての商標権を有していたところ、競業他社が「<meta name=”description”content=”クルマの110番。輸入、排ガス、登録、車検、部品・アクセサリー販売等、クルマに関する何でも弊社にご相談下さい。”>」と、メタタグに『クルマの110番』の商標を使用した行為が、商標権侵害に該当するかが争われました。

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本件商標(商標登録第4239953号)

【結論】
商標権侵害となる。

【理由】
商標及び指定役務の類似性の検討は省略しますが、類似と判断されています(おそらく問題ないでしょう)。その上で、上記のようなメタタグへの記載が商標的な使用であるかについては、MSNサーチの検索結果画面にその内容が表示されたことから、商標的な使用であると判断されました。

【解説】
メタタグとは、そのウェブサイトの属性や概要などを記載するためのHTMLタグで、そのページをWebブラウザで開いても、メタタグ部分は表示されません。ただし一部の検索エンジンではそこに記載された内容を参酌して検索順位を決定したり、上記MSNのように検索結果自体に現れたりします。上記判決では、この「検索結果に現れた」という事実が重視されました。

ウェブサイト(ECの商品ページを含みます)における商標の使用は、一般に、商標法2条1項8号に定める「広告的使用」に該当します。商品名などにもろに用いると、同2号に該当することもあります。

一方で、商標は商品の出所の混同を防止するための表示ですから、目で確認できることが何よりも重視されます(もちろん発音でもいいのですが、結局は見えないモノは発音もされないので、結局は同じことです。※今後音の商標などが登録されるようになると事情が変わるかもしれません)。そのため、メタタグのようにブラウザで表示されないものは商標として機能していないのではないかという疑問が生じて、問題になるのです。

そういう意味で、MSNサーチの検索結果に現れたことを根拠に登録商標を商標的に使用したとして商標権侵害を認定した上記判決は、妥当だと考えられます。

ただメタタグは多くの検索エンジンでは検索結果にも現れないことから、例えば今後MSNサーチの仕様が変わったときには、同様の事案では異なる判断がなされる可能性もあります。また、この種の問題についての裁判例がおそらく上記大阪地裁のものしかないことから、これの先例的価値がどれだけあるかもよくわかりません。ちなみにこの問題については、外国では国により判断が割れています。

さてこのように先例的価値が不明なクルマの110番事件ですが、上述のとおり一定の合理性があるので、これを参考にECサイトでどのように他人の商標を使ったら商標権侵害となるのかを検討してみます。

結局重要なのは「その商標が目視で確認できる」という点なので、商品タイトルや商品説明に用いると商標権侵害となる可能性が高いでしょう。商品のパッケージに商標を印刷して、その画像を掲載しても同様でしょう。アマゾンのブランド欄に記載してもやはりアウトでしょう。

一方で、例えばアマゾンのキーワード欄に他人のブランドを記載することは、少なくとも現在の商標法では違法性を問えないように思います。そのような行為はアマゾン内の検索順位に影響を与える可能性が高いですが、キーワード欄の内容はどこにも表示されず、他人には確認のしようがありません。確認できないのでそもそも裁判などで非常に争いづらいという事情もあるでしょうし、仮に争えても現行の商標法の枠組みでは商標権侵害とはなかなか言えないと思われます。このような行為により明らかに検索結果がおかしいと思われる場合は、法的手段よりもまずはアマゾンに対して個別に対応を迫っていくことになると思います。

なお上記米国アマゾンの裁判では、アマゾンで販売していない商品を検索したときに他社製品が検索結果に現れる仕様について、アマゾンの商標権侵害主体性が認められています。

また、従来からよくある手法ですが、背景色と同色の文字を用いて、説明文に他人のブランドをキーワードとして記載する行為もあります。これも結局はその部分を選択すれば目視可能ですから、商標法上問題になる可能性が高いです。

いずれの場合も、商標が目視できても商標的に使用しているのかという点も問題になるでしょう。また、「◯◯風」などとしてそのブランドそのものではないと明記すれば問題ないのではないかと考える人もいるようです(この点についてはこちらの記事を参考にしてください)。

結局、他人のブランドをキーワードにして自分のウェブサイトや商品ページに誘導しようという発想がそもそも泥坊根性なわけですから、そんなことはせずに自分のブランドを育てていく方に労力を割いていくのがよいでしょう。

ロッテリアの「黒七味」商標権侵害事案を考える

ちょっと忙しくてすっかり出遅れてしまいましたが、ロッテリアが「黒七味」の商標権を侵害したとして商品の販売を停止したというニュースについて考えてみたいと思います。

この事件は知人の弁理士が担当したそうです。最初はかなり際どい事例かと思いましたが、調べてみると両当事者とも妥当な判断をしたのかなという印象です。さすがですね。

事の発端は、ロッテリアが「京都黒七味風味」なる味付けのフライドポテトを販売したことで、これが株式会社原了郭の所有する商標権(おそらく登録第5157375号)を侵害するとして警告書が送付されたようです。

「京都」の地域に「黒七味風味」と書かれている

本件商標権の内容は、以下の画像のとおりの「黒七味」なる商標を、「白胡麻・黒胡麻・一味・山椒・けしの実・麻の実・青のりを主原料とし乾煎りした後さらに手もみで練り合わせて製造した七味唐辛子」について登録したものです。

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出願時には「香辛料」を指定していましたが、審査において「黒」は「黒い」という商品の品質を表し、「七味」は「七味唐辛子」の略称なので、『黒七味』を黒い七味唐辛子について使用するならば商3条1項3号に落ちてくるし、それ以外の香辛料に使うなら4条1項16号に落ちると指摘され、拒絶査定となったものと思われます(審査書類を見たわけではないのでただの想像です)。

そこで商品を「白胡麻・黒胡麻・一味・山椒・けしの実・麻の実・青のりを主原料とし乾煎りした後さらに手もみで練り合わせて製造した七味唐辛子」に減縮する補正を行い、『黒七味』全体で一連の商標でありただちに「黒い七味唐辛子」と結びつくものではないなどと主張して、審判まで争って登録になったものです(主張内容は想像)。

冒頭に「際どい」と書いた理由のひとつはこれで、「黒七味」は一見して識別力が弱く登録しづらい商標なので、警告書をもらった立場で考えたら、自分が何を売っているかに関わらず、

  1. そもそも商標的に使用していないのでは?(商2条1項各号)
  2. 商標権侵害とならない使用態様なのでは?(商26条)
  3. 無効審判で潰せるのでは?(商46条)

などと考えるのが普通です。

本件商標は、拒絶査定不服審判まで経て登録されていることを考えると、いまさら無効審判を請求しても潰せる確率はそれほど高くないと考えられます(もちろん請求することはできますし、無効審判で拒絶査定不服審判と異なる判断をしても制度上問題はありませんが、まぁ厳しいでしょう)。

そうすると結局『黒七味』の使用が商標権侵害をするかどうか検討することになりますが、今回は「黒七味風味」として使用していて、これがまた本件を際どくしている一因です。それが商標的に使用されているのかという疑義が生じるからです。

一般に、「◯◯風味」とは「◯◯という素材の味を想起させる」などの意味合いで用いられることが多いはずです。例えば清涼飲料水について「レモン風味」と使用した場合には、「レモンのようなイメージの味である」という程度の意味なはずで、◯◯の部分は素材を表すのみですから商標的に使用しているとはいえず、ゆえにこれが商標権侵害をすることは通常はありません。

本件では、「黒七味風味」なわけですが、仮に「黒七味」が「黒い七味唐辛子」という一般的な素材だとすると、それがどのような風味なのか、需要者にはよくわからないと思われます(七味唐辛子は一般的な素材なので「七味風味」ならばわかりますが、一般的な素材として黒い七味唐辛子はどのような味かわからないので、「黒七味風味」もどのような味かよくわかりません)。つまりこの「黒七味風味」は、「黒い七味唐辛子風味」ではなく、「原了郭の黒七味風味」と言っている、と解釈することには一定の合理性がありそうです。地域として京都がわざわざ選択されていることもこれを推認させる材料となるでしょう(原了郭は京都の老舗)。

しかしこのことをもってしても、やはりそれが商標的に使用しているといえるかは微妙です。仮にロッテリアのフライドポテトが原了郭の黒七味を使っているとして、「黒七味使用」と記載してあった場合を想定すると、これは出所の混同を生じない表記なので、商標権侵害しないと考えられます。今回ロッテリア商品は原了郭の黒七味を用いておらず、しかも「黒七味風味」という記載ですから、これは「黒七味」を原了郭以外の七味唐辛子について使用していることになるので、黒七味の出所の混同を生じるおそれがあります。このような使用態様は「黒七味」を商標的に使用しているといえそうです。

一応、ロッテリアが販売するフライドポテトは登録第5157375号の指定商品と類似するのかという点も検討してもいいかもしれませんが、これはフライドポテトのスパイスとして使用している七味唐辛子について、上述のように「黒七味」を商標的に使用しているので、指定商品と同一あるいは類似する商品について商標を使用していると考えて問題ないでしょう(別にフライドポテトと七味唐辛子が類似している必要はない)。

というように、真面目に考えてみると際どいことは特になく通常の商標権侵害として処理されて構わない事案だったと思われます。

まぁロッテリアは上述の商標的な使用かを裁判で争うこともできたでしょうし、その中で登録商標の識別力(要は無効性)を主張することもできたのでしょうが、ブランドイメージの毀損などを考慮して早めに手を引いたのかもしれませんし、そもそも争っても勝てる確率は低いと判断したのだと思います。本件について、ロッテリアは謝罪広告まで出しています。

上記謝罪広告では、ロッテリアは「弊社商品「京都黒七味風味」は、株式会社原了郭様の監修等を受けた商品ではなく、弊社内にて「黒七味」を模して創造的に製造した商品でありますので、株式会社原了郭様の販売される「黒七味」の商標を付した商品とは味・品質等一切の類似点はございません。」とまで書かされていて、そういう事情ならば本件を商標権侵害として処理することは商標法の基本的な趣旨にも合致します。

それにしても本件は京都特有の問題だと感じます。原了郭は300年の歴史を持つ老舗で、「黒七味」は長年使用してきたこともあり、今後も継続的に独占的に使用したい意思があったものと思います。また、そのような歴史がある商標だからこそ、「京都」の代名詞として選択されたという事情もあると思われます。実際、他の地域は、北海道=ほたてバター、愛知=ひつまぶし、兵庫=神戸ステーキと、明らかに識別力とは無縁の商品が選択されています。

これほどの歴史がない出願人の方は、『黒七味』のような登録の難しい商標の出願は避けるべきでしょう。出願しても登録できないリスクがありますし、登録できても少なくとも審判までは覚悟しないといけないので、登録までに数十万円のコストが掛かります。更にはこのようなギリギリで登録になった商標は、登録後に無効審判を請求されるリスクもあり、また本件のように「登録商標と知らずに使用」する侵害者への対応にもコストがかかります。実際、今回の対応までに、原了郭はかなりのコストをかけていると思います。そこまでして取得する価値のある商標か、出願前に検討することが重要です。

新サンダーバードで国際救助隊がインターナショナルレスキューとなった件から考える「商標的使用」

NHKでサンダーバードの新編が始まったようです。サンダーバードといえば国際救助隊ですが、新編ではこれがインターナショナルレスキューという名称に変わっており、その理由が商標登録があるためだとネットで話題になっています。

まず、そもそも国際救助隊は、オリジナル(英語版)では、インターナショナルレスキュー(International Rescue)です。国際救助隊のロゴにも IR の文字があり、これは International Rescue の頭文字をとったものと思われます。

ただこれまでは国際救助隊と日本語訳されていた(日本のファンにはこの名称で定着している)にもかかわらず、新編ではなぜかそのまま横文字が使用されています。商標登録が存在するせいで「国際救助隊」という名称が使えないのだと言われているようですが、実際はどうなのでしょう。

調べてみると、たしかに「国際救助隊」についての商標登録があります。

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株式会社アントレプレナーという会社が、平成22年に商標登録しています。商標は、「国際救助隊/Kokusai Kyujo Tai」という二段書き、指定役務はすべて第45類で、「インターネットの電子掲示板を用いたプロフィール・日記等の個人に関する情報の提供,インターネット上でのウェブサイトを通じた一般利用者向けの友達探し及び紹介のための情報の提供,ファッション情報の提供,施設の警備,身辺の警備,個人の身元又は行動に関する調査,占い,身の上相談,衣服の貸与,装身具の貸与」となっています。

サンダーバードの救助隊の名称に国際救助隊を用いるとこの商標権を侵害するといえるには、(商標の類似性はまあ議論しなくていいでしょう、)少なくとも役務が同一・類似でないといけません。正直何をするのかよくわからない役務も指定されていますが、ざっと見て問題になるものはなさそうです。つまりそもそも商標権侵害はしないと考えていいでしょう。

これだけで本記事は終わってしまうんですが、せっかくなのでもう少し広げて考えてみます。仮にNHKが、サンダーバードを放映することが上記の指定役務のどれかと同一・類似の役務に当たると考えていたとしたらどうでしょう。話をわかりやすくするために、もし上記指定役務に、「テレビ番組の制作又は配給」または「救助活動」が含まれると仮定した場合、作品中で「国際救助隊、出動!」というセリフがあった場合、商標権侵害となるのでしょうか?

商標権侵害といえるには、その商標を「商標的に」使用しないといけません。「商標的に使用する」とは、その商標を「出所を表示する態様で使用する」という意味です。つまり、その商標を使用することで、他人の商品や役務と取り違えられてしまうおそれがある場合に、商標権侵害となります

そう考えると、いくら作品中で「国際救助隊」を用いても、それによってこの作品を作った人がテレビ番組の制作又は配給をしていることも、救助活動をしていることも表さないでしょうから、やはり商標権侵害とはなりません。つまり、商標権侵害は考慮する必要はなさそうです。

ではなぜ新サンダーバードでは国際救助隊がインターナショナルレスキューになってしまったのでしょうか。もしかしたら、商標以外の視点(例えば全世界で名称を共通にするなど)があったのかもしれません。あるいは、上記のとおり放映では商標権は問題にならないにせよ、今後の関連商品の販売やイベントの開催などの活動において、どこかで商標権が問題になるケースが考えられ、そのリスクを避けるために名称を変更したとも考えられます。

実は似たような相談を受けることは珍しくありません。例えば、会社を作り活動し始めたが、ある程度経ったところで他人の商標権が存在することに気付いた。社名変更や損害賠償を求められたりしないか?という相談が多いです。これも上記と同じで、会社名が他人の登録商標と同じなだけでは、(指定商品・役務が事業内容と重複していても、)商標権侵害をすることはあまりありません。会社名を会社名として使用するだけでは、商標的に使用することにはならないことが多いからです。

ただ、企業の様々な活動の中で、その一部で商標的に使用するケースが絶対にないかというと、それは難しいかもしれません。常に商標権侵害を心配しながら事業活動をするのは大変です。実際に相談があったケースは、「領収書に会社名を印字してもいいのか」「商品を入れるビニール袋への印刷はどうか」「ネットショップの店名に会社名を含んでいたらダメなのか」など、企業が普通に活動する範囲内のものです。会社名を使うたびに商標権侵害を危惧しなければならず、大きな負担となっています。

こういうことにならないように、少なくとも会社名を決めるときには商標のチェックをするべきです。私は常々、

  • 商標登録
  • ドメイン
  • facebookのページ名
  • twitterアカウント

を調べて、先行するものがない会社名にするようアドバイスしています。まぁfacebookやtwitterなどはなんとかなるかもしれませんが、いずれにせよこうした事情を考慮しておくに越したことはありません。また設立時に先行登録がなかったとしても、その後他人が商標登録をしたらその後はその商標権に怯えなければならない事情は変わらないので、やはり自ら会社名を商標登録しておくというのはそれなりに価値のあることです。会社設立時にはいろいろと物入りなので、その中で商標登録を特に優先すべきだとは思いませんが、事業が軌道に乗って大きな契約が取れたり従業員を雇うような段階に差し掛かったら、一度検討してみるとよいでしょう。商標登録にかかるコストは十万円前後ですから、企業の経費としてはそれほど負担ではないはずです。そういう時期になったときが登録のタイミングなのかもしれません(※早い方がいいことは間違いありません!)。

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