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「PPAP」が他人に勝手に商標出願された件について、少し落ち着いて考えてみる

世間はすっかりこの話題でもちきりのようです。問い合わせが多いので、簡単な解説と、弁理士として思うことを少し書いてみます。

コトの発端・・・というとどこが発端なのかわからないのですが、ベストライセンス株式会社とその代表の上田育弘氏が「PPAP」関連の商標出願をしたということが、ネットのみならずテレビ等のメディアで大きく報じられているようです。例えば、

などなど。

ベストライセンスの行為はかねてから業界で問題になっており、このブログでも何度か取り上げたことがありました。

なのでこれまでの経緯は省略しますが、今回は「PPAP」を出願していたことがわかり、炎上しているわけです。

例えば、J-PlatPatでざっくりと「ピイピイエイピイ」という称呼を検索してみると、

関連しそうな出願が4件ヒットして、うち3件がベストライセンスによる出願です(残る1件はエイベックス)。

あるいは、「ペンパイナッポー」で検索してみると、

5件がヒットして、すべてベストライセンスによる出願です。

このあたりから、「ピコ太郎がPPAPを歌うとベストライセンスに使用料を請求される!」という指摘がなされているようですが、その心配はありません。

そもそもまだベストライセンスによって商標出願されただけの段階で、登録されたわけではありません。しかも、どうせ出願料未納なのでしょうから、結局登録されることはないと思います(仮に出願料を払って登録されると、登録料が発生するので、ベストライセンスはそれも納付しないといけません)。

ということでそもそも気にする必要はないと思われるのですが、このあたりを飛ばしてこれらが登録された場合を想定しても、ピコ太郎さんが「PPAP」とか「ペンパイナッポ〜」などと歌っても、ベストライセンスの商標権は侵害しません。

商標権の侵害となるには、現存する商標登録の、

1. 指定商品/役務について、*
2. 登録商標を、**
3. 商標的に使用する、

ことが必要です。

* ** いずれも類似のものを含みます。

しかしながら、歌を歌っても、どの指定商品/役務についても商標を使用することにはならないので、要件1を満たしません。(まぁCMソングなどでは事情が異なる場合もあるかもしれませんが、ここではとりあえずおいておきます。)

このように、ベストライセンスが出願しても、さらには万一それが登録されても、ピコ太郎さんには実質的な影響はありません。他人が勝手に登録するのはけしからん!という感情はわかりますが、「芸人はネタを公表する前に商標出願しておかないといけないのか」というようなことは、心配する必要はありません。

今後もしそれらの出願が問題になるとしたら、

  1. ピコ太郎さんが「PPAP」を商標出願した場合に、登録できないケースが出てくる
  2. ピコ太郎さんが「PPAP」を商標的に使用しようとした場合に、制限されるケースが出てくる

といった点についてでしょう。

1については、実際にエイベックスがベストライセンスに9日間遅れて出願をしており、登録が妨げられる可能性があります。エイベックスにとっては大迷惑でしょう。

また、2については、例えばベストライセンスによる商願2016-108551が「文房具類(第16類)」を指定していることから、ピコ太郎さんが「PPAP」ブランドのペンを販売しようとしたときなどに、問題になるかもしれません。

ベストライセンスの無断大量出願は、今回のように芸能関係で話題になることが多いのですが、商標実務をする上では、たまたま出願内容が重複(類似)してしまうことの方が問題です。

特許庁は、

という通達を出しており、要は「どうせ出願料未納なので、そのうち取り下げられるから待ちましょう」と言うのですが、個人や中小企業では事業のスピードが速く、出願内容が不安定なまま進めることにはリスクがあるとして、商標の変更をせざるを得ないケースがあります。もし出願の譲渡やライセンスなどの交渉をすれば、彼らはその段階で出願料を納付し出願を有効化して、高額の費用を請求してくるであろうことは想像に難くありませんから、こちらから連絡をすることは通常は考えられません。弁理士としては、こういう点が特に問題だと考えています。

特許庁も手を焼いているのだと思いますが、何らかの解決策を見出してほしいものです。

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弁理士制度について思うことと、ベストライセンスの件への若干のコメント 〜弁理士の日によせて〜

さて、今日7月1日は「弁理士の日」です。正直なぜ弁理士の日なのか知らないのですが、おそらく弁理士制度が開始された日とかそういうことだと思います。もう百年以上昔の話です。毎年弁理士会主催のパーティーがあるのですが、今年も開催されるのでしょうか。1万円くらいかかるので行ったことはないですが。。

ということで、知財系ブロガーによる弁理士の日を盛り上げるイベントに参加させていただくことになり、「知財業界でホットなもの」について記事を書かなければなりません。ここ数日何かネタはないかと考え続けていたのですが、思いつきません。仕方ないので、弁理士制度(弁理士試験)について書いてみます。

といっても弁理士試験には合格以来まったく関わっておらず、どうやら最近は科目合格制?のようなものも導入されたとかで、既に私の知っている制度ではないようです。

最近知った情報だと、十数年前には受験者数が1万人程度いたものが、最近は5千人前後に減っているとかなんとか。産構審(?)あたりでなんやら議論されているのをチラッと見ましたが、弁理士資格に魅力がなくなっているのが原因だからもっと受験生を増やす工夫をしようという話がありました。ただ私が思うに、十数年前に一気に受験者数&合格者を増やしたのが異常事態というか、要はバブルだったわけで、それ以前の受験者数は5千人以下だったはずです。4000-5000人受けて100-200人受かるとかそういう資格だったものを、当時の小泉総理がアメリカの真似をして(60年も遅れて)「知財立国」などと言い出し、その一環でなぜか弁理士を急増させることになって、一気に合格基準を下げて大量に合格させ始めたという事情があったように記憶しています。当時は弁理士試験は超難関資格で、何十年も頑張ってそれでも受からない方もいましたが、合格者増によってそういう方々が軒並み弁理士になったいま、受験者数が減るのは当然だし、そもそも500-700人の合格者という高い数字を維持する必要もないのではないかと考えています(たいてい自分が受かった後はこういうものです)。

私が学生時代に弁理士を目指し始めた頃は、日本の弁理士は約3500人しかおらず、国民一人あたりの弁理士数は先進国の中でかなり下位にある、という説明がなされていました。現在は弁理士数は1万人を超えているはずで、当時の3倍程度に増えています。一方で特許出願数は当時の3/4程度に減少しており、単純計算で、弁理士一人あたりが扱う特許出願数は 3/4 × 1/3 = 1/4 にまで減っています。30万件の特許出願数を弁理士1万人で割れば、弁理士一人が受任する特許出願は、平均で30件/年です。1件あたりの売上げが50万円だとすると、年商(売上げ)ベースで1500万円。意匠商標を入れて2000万円くらいでしょうか。いくら特許事務所の利益率が高いといっても、厳しい数字に思います。

それまで弁理士はある種の特権階級というか、合格しさえすれば高収入が保証された資格でした。具体的な数字を挙げると怒られそうですが、合格すれば年収1千万スタート、独立すれば3千万スタート、などという話も聞きました。弁理士数に対して出願数が多かったので、「先生、お願いします」という時代だったのだとか。

もちろんこんな話は今や昔、現在は弁理士になっても就職先を見つけるのが大変なくらいです。特に新人弁理士は大変で、大手事務所に就職できないと自宅などでいきなり開業するしかなく、個人や中小企業の商標出願で食いつなぐしかありません。これまでは大手事務所に就職→案件を引っ張って独立という黄金コースで開業したものですが、当然この競争も激しくなっており、優秀な弁理士もなかなか独立できないようです。弁理士のクライアントはほとんどが大企業なことを考えると、これから合格していきなり独立してもそれら大企業とお付き合いできる可能性は高くなく、結局個人や中小企業の案件専門の事務所を開業するしかない可能性が高いわけですが、そういう仕事のみをしていても弁理士としての成長には限界があるので、将来のことを考えると不安です。試験制度がどうであれ合格できる(かつての100人合格時代でも合格できた優秀な人)ならばこうした流れの影響を受けないのかもしれませんが、バブルのおかげで合格できた人(私もそうかもしれません・笑)には厳しい時代です。

こうして個人や中小企業の仕事すら弁理士が奪い合い、価格競争に突入した時代を俯瞰してみると、小泉総理の目論見は見事に的中したといえるのでしょう。いまだ圧倒的に一人事務所(弁理士1人の特許事務所)が多いと思いますが、こういう競争の時代を生き抜くには、オールインワンの大手になるか、際立った部分を持った小規模事務所を目指すか、どちらかになると思います。中途半端な規模の事務所の存在意義はどんどん薄れていくからです(大手に頼んだ方が安心ですからね)。そういう意味で、特許業務法人制度を活用してどんどん巨大化していく事務所が出てくるのは当然の流れでしょうし、一方で小規模事務所路線でいくならば、そもそも特許事務所が所長個人に依存した商売であることを考えると、「この分野においてはこの弁理士に頼みたい」というような部分を見つけてそこを極めるしかないと思います。

大手事務所ならば安定して大企業の案件が入ってくるでしょうし、弁理士としてのスキルの向上も期待できるので、人生設計という点ではかなりの優位性があります。一方で小規模事務所ならば、自分に合わせて事務所の特色を打ち出していけるでしょうし、そこで大手事務所にはない色を出していける部分もたくさんあるはずで、経営者・専門家いずれの面白さも存分に味わえると思います。どちらも一長一短でしょうが、会社勤めをして出世できるタイプの人は大手事務所が向いているかもしれませんし、好きなことにのめり込むタイプの人は一匹狼でやっていくほうが成功しやすいのかもしれません。まぁ弁理士制度もいろいろ変わって、出願案件が少ないなら次はコンサルだなんだと盛り上がっているところですから、大手事務所で出願案件をこなすだけでなく、ある分野で特色を打ち出した変わり者の弁理士がたくさん出てくると知財業界ももっと盛り上がるのかなという気がしています。そもそも知財というニッチな分野に全人生をかけようということが無茶な気もしますが・・・。

※ 本当は「副業としての弁理士」というテーマで書こうと思っていましたが、さすがに怒られそうなので無難な内容にまとめてしまいました。まぁこれからの弁理士には様々な可能性があるというのは正しいと思います。

さてすっかり話題は変わって、例のベストライセンスの件です。なんと朝日新聞が上田育弘氏からかなり詳細なコメントを取ってきました。

彼が何を考えているのか、少しずつわかってきたような気がします。要は、将来的に利用できる可能性が少しでもある商標は、とりあえず出願するのだと。その中で、活用の可能性が出てきたものについては料金納付をして登録を目指すと。活用方法は、主に第三者へのライセンスや譲渡を考えていると。実際にBITOの件ではライセンス供与の提案をしたと。

このような商売を、「商標ゴロ」といいます。使用予定のない商標権を多数保有して、必要としている人に高額で売りつけたり、損害賠償を請求するわけです。特許の世界では「パテント・トロール」などと呼ばれ、問題になっています。ただし特許の場合は発明者か承継人しか出願できない(出願しても登録できない)ため、正当なルートで出願・登録された権利を安く買い取って、第三者に権利行使をすることになります。GoogleやMSも被害に遭っているようです。一方で商標は、上田氏のいうとおり、基本的に早い者勝ちなので、先に出願した人が権利を得られます。そのため今後価値の上がりそうな商標を片っ端から登録して、欲しい人がいればライセンスや譲渡の交渉をすることを考えているのでしょう。

このような行為は、現行の商標法上ある程度はしかたありません。有名ブランドがたまたま商標登録されていない場合に、先回り出願(登録)して権利を高く売りつけようとするケースは想定されており、法的に対応できるのですが、今後価値が出るかどうかわからない商標については、基本的には誰でも早い者勝ちで登録できることになっています。つまり先回り出願自体や大量出願自体を責めるのは、(倫理的にはともかく、)現行法上少し無理があると言わざるを得ません。これは先の記事でも指摘したとおりです*。

ベストライセンスの件は、同じ商標ゴロでも、出願料を納付せずに行っている点に問題があります。商標法ではこのようなやり方を想定しておらず、特許庁の事務処理に少なからぬ負担をかけているであろうことや、他の出願人の商標選択に影響を与えていることを考えると、「制度の抜け穴」で済ませていいのかには強い疑問があります。

もっとも、そもそも出願料を納付しないからこそこのような大量の出願が行えているわけですから、出願料を納付しないことと大量出願をすること、さらにはその内容が先回り出願であることも含めて、すべて一体の行為として非難されるべきといえるようにも思えます。

一般論として、知的財産権をもっと流通させるべきという意見には同意できます。特に特許などは眠らせておかずに実際に活用してこそ世の中の役に立ちますし、登録商標においてはその80%程度が不使用であるとのデータもあります。ライセンスや権利売買により有効に活用できるようになるのであればそれは好ましいですし、実際に今後そのようなプラットフォームは続々と登場すると思います。しかし彼らのやり方は自分だけが儲かればいいというもので、そのために他人に迷惑をかけても構わないというスタンスのものですから、いくら大義名分を掲げても評価されることはないように思います。ベストライセンスの件をきっかけに、知財業界でより積極的に権利流通のルール作りなどの議論をすべきなのかもしれません。

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特許庁が審査にAIを導入するようです

なんと、特許庁が審査の一部にAI(人工知能)を導入するそうです。

たしかに、この流れは予想されていました。特許や商標の出願業務の一部は、過去の事例を元に判断するという性質があるため、ビッグデータとAIを活用したシステムによく馴染むからです。

例えばニュースにあるように、特許分類を付与するとか、先行技術を検索する作業などは、今後人工知能がまかなう部分がどんどん増えていくでしょう。商標の区分や類似群コードの付与、さらには類否判断もどんどん人工知能に置き換わっていくと思います。そういう意味で、産業財産権の登録業務は、今後大きく変貌を遂げると思います。

ただ、何をしても判断が遅い日本の役所がこのタイミングで人工知能の導入を決めたことには驚かざるをえません。上記ニュースによれば、「国の事務作業にAIを導入するのはこれが初めてのケース」とのことですが、特許分類の付与は特許庁に専門の職員がいますし、先行技術調査は一部外注をしています。審査スピードやコストにそれほど負担があるとは思えないので、どうしてもいますぐ導入しなければいけないという事情はないように思います。特許審査における人工知能の活用という点で、特許庁が世界をリードしようとしている意思が読み取れそうです。

さて、繰り返しになりますが、特許や商標などの登録業務において、人工知能の活用が進むことは間違いありません。実際に、先行技術調査では既にそのようなサービスが登場し始めています。そうなると、我々弁理士の仕事はどんどん減っていくのではないかという不安が出てきます。

この不安は、おそらく現実のものとなるはずです。調査だけでなく、数年以内に明細書を書くプログラムなどが登場すると思います。商標では類否判断も行ってくれるでしょうから、素人の方でも弁理士に依頼せずに、民間のシステムを使って出願準備が安くできるようになるはずです。弁理士は、人工知能で補いきれない部分を、高い専門性で補填していく職業に変わっていくのではないかと私は思っています。

例えば、ある商標の登録性を調査するときに、先行登録の有無により、「◯、△、☓」などで結果を示すことがよくあります。このとき、 ◯ と ☓ に該当するのもは、実は素人でも比較的簡単に検索・判断できます。なので、調査を事務職員に丸投げしている特許事務所も少なくないはずです。このあたりは真っ先に人工知能での判断に置き換わっていくでしょう。近い将来データベース提供会社がそうしたサービスを提供し始めるのは間違いないでしょうし、弁理士側も事務職員を雇うよりそうした外部サービスを利用した方が安上がりなはずです。

問題は △ の場合で、当面はこの判断は専門家が行わないと、確度の高い判断はできないと思います。ただいずれこれも人工知能に置き換わっていくはずで、そうなると、本当に重要な案件を、人工知能の判断にかけた上で、実力のある弁理士に更に判断してもらう、というようなシステムになっていくと思います。弁理士としては「この人に頼みたい」と思ってもらえるような実力をつけないと、誰でもできる仕事を自分に割り振ってもらうようなスタンスでは、生き残っていけなくなりそうです。怖いですね。

いずれにせよ、この流れはもう止まらないと思います。私も弁理士として、「弁理士の仕事が機械なんかにできるわけがない」という意見もよくわかるのですが、弁理士の実力の多くの部分は経験により身に付けるものであることを考えると、やはりいつか機械に負ける日がくる(そしてそれはそう遠い未来ではない)と思わざるをえません。そういう世界がきたときにも生き残っていけるように、日々鍛錬を積んで、どこか光るものを持った弁理士になっていかないといけないと強く思う次第です。

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弁理士のノマド事情

ノマドという働き方が流行し始めて久しいです。ノマドとは、オフィスを持たずにカフェやコワーキングスペースを転々としながら仕事をするというスタイルですが、弁理士のノマド事情はどうなのでしょうか。

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残念ながら弁理士の業務はノマドには向きません。なぜならば、弁理士には「新規性の保持」という重要な使命があるからです。特許、実用新案、意匠などは、出願するまでに誰にもその内容を知られてはならないという大原則があります。万一何らかの事情でそれが漏れてしまうと、特許等が取れなくなるか、仮に審査をパスできても将来的に特許無効とされてしまうリスクを抱えることになり、クライアント様にとって甚大な不利益となります。そのため、外出先では簡単に仕事ができないのです。

カフェや空港などではネットのセキュリティにも問題がありますし(これはVPNを通すことで多少改善するようですが)、どこで誰が見ているかわからないので、その場でできる仕事を常に意識して選ぶようにしています。

といっても弊所のクライアントはほとんどが外国企業なので、そこまで気にしなくて良いことが多いです。外国企業の出願は、既に海外で出願されていて、優先期間に入っています。優先期間の公知では新規性を喪失しないので、内容を他人に知られても権利が取得できないという最悪の事態に陥ることはありません。それでも外国出願の内容とまったく同内容で日本でも出願されるとは限りませんし、そもそも出願前の情報は企業秘密を含むので取り扱いに注意しなければならないことに変わりはありません。

最近は移動や打ち合わせが多いので合間に仕事を進めたいのですが、上記のような事情があり、Webページやブログを更新するとか、所内の事務連絡とか、公開公報を読むとかしかできません。雑用を片付ける時間と前向き考えていますが。