Tag: 無効審判

『フランク三浦』商標問題、最高裁へ

最近この話題ばかりですが、『フランク三浦』商標の有効性が争われている件で、フランク・ミュラー側が上告したというニュースが流れてきました。

上告が受理されれば、最高裁が両商標の類否を判断することになるでしょう。パロディに関する判例・裁判例が乏しい現状を考えると、是非最高裁の判断を見てみたいですね。

なにより当事者にとっては非常に大きな問題だと思います。もし無効の判断がなされたら、おそらく「フランク三浦」時計は今後販売できません。

誤解がないように解説を加えますが、いま争われているのは、商標登録の有効性です。最初に無効審判にて登録無効の審決がなされて、次に知財高裁で審決の違法性が争われました。今回の上告は、知財高裁の「登録維持」の判決を不服としてこの取り消しを求めるものです。すなわち、実質的に争われているのはあくまでも『フランク三浦』なる商標の登録を維持するかどうかであり、フランク三浦時計を売っていいかはそもそも争いの対象ではありません。

ただし、仮に今回最高裁が両商標が類似すると判断したならば、その後『フランク・ミュラー』の商標権の侵害について争われた場合に、そこで商標非類似の判断はかなりしづらいと思います。

理論上は登録時の類否判断と侵害時の類否判断が異なることはあり得ますが、侵害訴訟において「取り引きの実情」について相当強力な立証がなされないかぎり、最高裁の判断を覆す類否判断はできないと思われます。すなわち、フランク三浦時計は販売を継続するのはかなり難しくなります。

逆に商標非類似の判断がなされたら、今後フランク・ミュラー側はフランク三浦時計の商標権侵害を問うことは難しくなるでしょう。その場合は、盤面デザイン全体、あるいは時計の形態全体を商品表示として、不正競争防止法に基づく差止請求等をすることになると思われます。

このようにいろいろな側面で注目したい事件です。今後も気をつけて見ていきましょう。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

『フランク三浦』商標についての記事が読売新聞&朝日新聞に掲載されました

『フランク三浦』問題について、5月17日に、私の記事が読売新聞オンライン版・深読みチャンネル内に掲載されましたのでご紹介いたします。

また、朝日新聞にも同問題について解説が掲載されました。こちらはコメントを提供したのみですが、同内容が新聞紙(夕刊)にも掲載されました。

基本的には記事に書いてあるとおりなのですが、多少解説を加えておきます。

事の発端は、『フランク三浦』というパロディ商品があり、これを製造・販売する会社(株式会社ディンクス)がこの商標を登録したところ、本家フランク・ミュラーが怒って無効審判を請求したことにあります。特許庁は商標登録を無効とする審決を出しましたが、ディンクス側はこれを不服として出訴(知財高裁に審決取消訴訟を提起)。知財高裁は、特許庁の判断を覆し、商標登録を維持する旨の判決を出しました。

本件の問題意識は、このようなパロディ商標の登録を認めていいのかというところにあります。何件か取材や問い合わせをいただいたのですが、そのほとんどが「パロディ商品を販売できる基準は何か」という内容でした。しかし今回は、そんなことは争われていませんし、判断もされていません。まずはここを明確にすることが重要です。

そこでパロディについて、知財法の観点から検討したわけですが、実は「パロディ」という概念にはあまりに多くのものが詰め込まれていて、まずはここを明確にしないと議論が錯綜します。記事執筆にあたり調べものをしている中で、本当に「パロディ」という側面から知財法上の問題を検討することが正しいのかという疑問すら持ちました。

そもそもパロディとは、著作権の世界で問題となるものです。例えば他人の絵画や写真を利用して、それに風刺的な意味を込めて新たな著作物を創作する行為などが問題になります。つい最近目にした例では、東京オリンピック招致にまつわる不正送金問題を揶揄する以下の画像などがこれに当たるでしょう(オリンピックエンブレムを1万円札で模しています)。

16052101

なお、本画像は実際のタイム誌の表紙ではなく、それを模したコラージュ画像であるようです。そうすると、エンブレムの著作権についてはパロディが許されるとしても、タイム誌の表紙デザインの著作権については、別に議論する必要があるかもしれません。

このような創作行為は、著作権法上の翻案(場合によっては複製)に該当することがあるでしょうし、同一性保持権を侵害する可能性もあります。しかし同時に、表現の自由の観点から、これをできるだけ認めるべきともいえるわけです。

この点については、著作権法では、他人の著作物を利用(※この文脈では必ずしも著作権法上の「利用」や「使用」を指すわけではありません)して新しい著作物を創作した場合は、二次的著作物として別個に保護されることになっています。ただし、元の著作物の著作権を侵害することになるので、原則として権利者の許諾を得なさいというバランスの取り方をしています。

これに加えて、上記のようなパロディには、社会的・政治的な問題に対する思想や主張が表されている場合があります。このようなものには、特に表現の自由を厳格に守るべきとして、その制限により慎重な判断がなされるべきであり、この観点からパロディが問題になるといえます。すなわち、一般的な二次的著作物の中で、社会的・政治的な風刺を含むパロディについては、許諾がなくても、より許されやすい場合があるかもしれないのです。

このような観点からパロディの可否が議論されてきたわけですが、時代の変遷とともにその対象が広がっていき、社会的・政治的な要素を含まないものでもパロディなら許されるべきではないかという議論が、欧米を中心になされてきました(そしてそれを認めるべきという大きな流れがあったように思います)。

日本の著作権法では、パロディについての特別の規定はありませんし、判例・裁判例を見てもパロディだからどうという判断はされづらいようです。つまりパロディだからといって特別扱いせず、通常の著作権侵害事件と同様の基準で判断すればいいとされているように思われます。社会的・政治的な表現はパロディ以外のものでもなされることを考えると、それも妥当かなという気はします。

また日本特有の問題として、二次創作(いわゆる同人誌)という文化もあります。これも広い意味でパロディに含められますが、個人的には、パロディだから許されるとか、そういう議論には馴染まないように思います。主にファン活動の一環としてなされるものでしょうから、ファンの間、及び著作(権)者や出版社を含めた関係者の間の問題として考えればよいように思います。ただしクールジャパンのように国家戦略としてこれを推奨していくというならば、何らかの法的手当は必要かもしれません(この点についてはいずれ別稿で)。

このように、著作権の世界ではパロディは「表現の自由」という重要な人権と関わる問題であり、安易に制限してはならないという考えに説得力があるのですが、商標の世界では必ずしも同じではないように思います。

例えば今回のフランク三浦の腕時計、あれを販売することを「表現の自由」の観点から認める必要があるかというと、そんなことはないと思います。「フランク三浦」は、ギャグ目的だとはいえ、「フランク・ミュラー」という商標の周知・著名性を利用したブランドであることは明らかです。仮に世の中に「フランク・ミュラー」が存在しなかったら、「フランク三浦」の時計は同じような売上げや利益を出すことはできなかったでしょう。

一方でこのような利用のされ方をしてもフランク・ミュラー側にはほとんどメリットはないでしょうから、端的に、フランク三浦はフランク・ミュラーの周知・著名性にただ乗りして利益を得たといえます。これを日本という国で社会的に認めていいのかという議論がまずあるわけです。フランク三浦が単なるフランク・ミュラーの模倣品ではなく、独自の製品を開発・製造・販売しているとしても、それを凌駕する利益を「フランク・ミュラー」の周知・著名性から得ているならば、この点を日本国民としてどう考えますかという問題なわけです。

念の為ですが、日本の知的財産法の世界では、他人の先行投資などに「ただ乗り」すること自体を禁止してはいません。すなわち、ただ乗りしている=違法とはなりません。この点は重要なのですが、意外と勘違いされています。

例えば特許の世界では、出願された技術内容は、一定期間経過後に特許庁により強制的に開示されます。その情報を利用して、他社は新たな技術を開発するわけです(技術の累積的進歩)。これも他人の先行投資へのただ乗りといえますが、特許法ではこれを禁止するどころか、これこそが特許法の真の目的です。ただ乗りだからダメとはいえない好例でしょう。

商標や標章の世界では特許のような累積的な進歩という概念には馴染まないのですが、それでもただ乗りしたら即アウトとはなっていません。商標法では、ただ乗りした上で、本家と出所の混同をきたす程度に類似していたらアウトということになっていますし、一見するとただ乗りそのものを禁止しているように見える不正競争防止法2条1項2号も、結局は他人の商品等表示を希釈化する程度に類似していたらダメだといっています。このように、ただ乗りした上で、各法律(条文)が目的とする違法性を備えるものが禁止されるというのが日本の法律の枠組みなので、ただ乗りかどうかだけを議論しても不十分だということには注意が必要です。

ということで、フランク・ミュラーの周知・著名性に、言い換えればフランク・ミュラーのこれまでの巨額の投資にただ乗りをして、自らは利益を得る一方、フランク・ミュラーのブランド価値を下げてしまうかもしれないフランク三浦時計の存在を、日本国民はどう位置づけますかということを考えなければいけないわけです。(もっともこの点は(すなわちフランク・ミュラー商標の侵害をするかについては)争われていないので、議論しづらいかもしれませんが。)

今回は、このような問題に加えて、『フランク三浦』の商標登録を許すかどうかが争われたわけです。仮にフランク三浦時計の販売を許すとしても、商標登録はやりすぎだという意見もあるでしょう。『フランク三浦』が商標登録されるということは、フランク三浦は自らが他人の商標の模倣でありながら、自らの模倣を排除する権利を持つということを意味します(※もっともフランク三浦は模倣であっても本家とは商標非類似と判断されているので、類似商標の使用を排除することを同列に語ることはできないでしょうが)。個人的に問題だと思うのは、『フランク三浦』が商標登録されることによって、フランク・ミュラー側は『フランク・ミュラー』商標と類似する商標の一部の使用が制限される可能性がある点です。すなわち、両商標の類似範囲の重複部分(禁止権同士がぶつかる範囲)は双方とも使用できないわけですから、フランク・ミュラー側が使用できる商標の範囲がその分狭まったといえます。

例えば、『フランクミウラ』なるカタカナの商標は両方に類似する可能性が高く、これまでフランク・ミュラー側は(積極的にこれを独占使用できはしないけれども)他人を排除することで自らが実質的にこれを独占的に使用できたわけですが、『フランク三浦』商標登録のおかげで今後はこれを使用できません。これは微妙な例ですが、より現実的な問題(例えば『フランクミウラー』の場合はどうか、など)が生じる可能性は否定できません。使いたければ最初から商標登録しておけばいいと言われたらそれまでなのですが、フランク・ミュラー側にそのような負担を強いるだけの合理性が『フランク三浦』の商標登録にあるのかは、検討されてもいいでしょう。

このように、パロディについては、

  • そもそも著作権の世界で問題になった(表現の自由の観点から認めるべきという価値があった)
  • その対象が徐々に広がっていき、表現の自由とは無関係の、商売(商標)の世界にまでパロディの問題が生じるようになった
  • パロディ商品の販売が商標法上許されるかという議論に加え、ついにはパロディ商標を登録して他者の排除を認めていいかが問題となるようになった

という流れで書いたのですが、伝わっているでしょうか。

本来ならば、パロディ商品の販売は許してもいいが、その商標登録までは認められない、という価値観があってもいいように思いますが、おそらく実務上(あるいは現行法制度上)、侵害の場面と登録の場面の商標類否判断の基準の差は、そこまで大きくないと思われます。特に今回フランク三浦判決で示されたような「取引の実情」の参酌がされるのであれば、両者の間の差はほとんどないと言っていいかもしれません。

審査段階における「取引の実情」の参酌については、近年特に広く解釈されているようで、批判的な意見もあるようです。本件のように需要者層が異なるという要素は他の事例でも比較的頻繁に採用されており、ある意味「取引の実情」の定番の要素ともいえるものですが、将来販売される商品によって需要者層の重複が生じた際には、無効理由の根拠となるのか、その部分は権利範囲から外れると侵害訴訟で判断されるのか、あるいは一切影響しないのか、よくわかりません。すなわち、将来需要者層が重複した場合、『フランク三浦』は『フランク・ミュラー』の商標権侵害となるのか、その際に『フランク三浦』商標登録の存在はどうなるのか、不明です。

このようにいろいろ微妙な点を含んだ本件ですが、数少ない「パロディ×商標登録」の事例に重要な1つとして加わることは間違いないでしょう。朝日新聞で引用してもらった「フランク三浦は本気でパロディーをした」という表現はいくらかエキセントリックに聞こえるかもしれませんが、結局は独自の商品として需要者を開拓していったことで独自のブランドとして評価された、という意味です。本件で単なる模倣品とパロディとの差異を見出すとすれば、ここが最も重要なのではないでしょうか。

余談ですが、朝日新聞も読売新聞も、 Parody は「パロディー」なんですよね。私の感覚では「パロディ」なんですが、おそらく前者が正しいのでしょう。

これは表記ゆれと呼ばれる問題で、翻訳などをしてるとかなり頻繁に直面します。私は基本的には伸ばさないようにしていて、「スター」や「タブー」など明らかにおかしくなる場合のみ伸ばすようにしています。結局は好みの問題なのでしょうが、伸ばすかどうかだけで商標の類否判断に影響する事例が少なからずあることを考えると、少なくともブランド名ではこのあたり気を配った方がいいのでしょう。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

『フランク三浦』商標問題について考える

数日前になりますが、面白いニュースが出てきました。

超高級腕時計の『フランク・ミュラー』のパロディ商品として人気の高い、『フランク三浦』という腕時計のブランドがあり、これが「時計」等を指定商品として商標登録されていました(商標登録第5517482号)。

16041401
これに対して、本家フランク・ミュラー側が無効審判を請求したところ、特許庁審判部は、これを無効とする審決を出しました(無効2015-890035)。これを不服として、フランク三浦側が知財高裁に審決の取り消しを求めていたものについて、知財高裁は請求認容の(すなわち商標登録は有効という)判断を下したというものです。

現段階ではまだ判決文が入手できないためソースはニュース記事のみになってしまいますが、まぁ知財高裁らしい判断かなという印象です。

今回主に争われたのは、商4条1項11号の該当性だと思われます。主引例として商標登録第4978655号(『フランク ミュラー』の標準文字商標)が挙げられ、これとの類似性が議論されたようです。

16041402
日本では、パロディの商標を認めるかどうかという基準はありません。なので通常の商標として、両商標の類似性を判断することになります。(ただし後述するようにパロディならではの論点も多少あります。)

ざっくりみて、『フランク三浦』は「フランクミウラ」と発音されるので、称呼は『フランク・ミュラー』と類似するでしょう。そもそもパロディ商標なので、似ていて当然です。実際この点は特許庁審査・審判・知財高裁の各段階で共通の判断がされています。逆に、外観は一見して非類似でしょう。判断が難しいのは観念で、無効審判と知財高裁ではここで差が出ているようです。

審査基準によると、11号における商標の類否判断では取り引きの実情が考慮されることになっています。が、特許庁の審査段階では、単純に両商標を比較(離隔観察)して、外観や観念が異なるとして登録になったものと思われます。実際に、審査段階では拒絶理由は一度も通知されていません。

それが、無効審判では、称呼は当然類似するとして、観念についても『フランク三浦』からは『フランク・ミュラー』を想起するとして、類似性を肯定し、商標登録を無効としました。フランク・ミュラーの著名性を考慮しての判断です。

一方で知財高裁では、称呼は類似するものの、外観に加えて観念についても、「三浦」部分が日本人を想起させるとして、類似性を否定したようです。どうやら知財高裁は離隔観察の時点で商標非類似と言っているようです(判決文を読まないと正確なことはわかりません)。

この判決はさらに面白い判断をしています。上記だけでバッサリ「非類似」と切ってしまってもよかったのでしょうが(実際にそうしたのかもしれませんが)、知財高裁では両者の価格帯などに触れ、需要者が両商標を混同するおそれがないことを述べています。この「混同」が狭義の混同を指すのか、広義の混同まで含むのか、現段階ではわかりませんが、もし15号との絡みで出てきた議論なら面白いかもしれません。

11号の類似における混同とは、狭義の混同だとされています。つまり、フランク三浦の時計の出所がフランク・ミュラーだと需要者が混同するかというと、それはしないだろうと。だから両商標は非類似なのだという話ならば、それなりにしっくりきます。

一方で15号における混同とは、広義の混同までを含む概念だといわれています。つまり、フランク三浦の時計がフランク・ミュラーから出されているとは思わないにしても、日本における低価格帯向けの時計を製造販売する子会社や関連会社から出されているのではないかと需要者が思う可能性があるのであれば、15号に該当するとして無効にされるはずです。本件は15号にも該当しないと判断されているものですから、もし15号該当性の議論において知財高裁が「ミュラーは多くが100万円を超えるのに対し、三浦は4000円から6000円と安いことなどから、「(広義の)混同は考えられない」と」(同MBS)判断したのならば、この部分はさらに面白いネタとなるでしょう。このあたりは判決文が入手できるまではただの妄想です。

ところでこの判決は弁理士としてなかなか興味深いです。

実際にこの種の相談をよく受けます。仮に「フランク・ミュラーのパロディとして『フランク三浦』という時計を販売していいか」と相談されたら、どう答えたらいいのでしょう。「問題ない、GO!」とはなかなか答えられません。なにせ特許庁の審査及び審判、知財高裁で判断が分かれているのですから、事前に正解を予測しろというのは無理というものです。しかもこれは登録性における類否の議論です。侵害性における類否の議論ならどうなるか、現段階でもわかりません。

このような場合に、私は、どうしても使いたいなら実際に出願してみるようアドバイスすることがあります。出願してみて登録になれば特許庁のお墨付きを得られたとして登録商標を堂々と使用すればいい* ですし、登録できなければ類似商標ということでしょうから使用しなければいいです。商標出願は費用も安いですし、判断が出るまでの期間も4ヶ月程度ですので、複数の弁理士に何十万円もかけて鑑定書をもらったり、特許庁に判定を請求するくらいなら、出願して審査官に判断してもらう方がコスパがいいでしょう。

* ただし、後に無効となった場合には、仮にそれまで商標登録されていたとしても、使用していた期間の損害賠償責任を負うというのが裁判所の立場ですから、100%リスクを回避できるわけではありません。

このような方法を採った場合、本件のように審査段階で離隔観察により非類似と判断され登録になったとして、その後無効審判やその取消訴訟で取り引きの実情が考慮された結果、無効とされてしまうリスクが実務上どれだけあるかは非常に悩ましいところです。本件では審査段階と知財高裁が同様の結論だったので結果的にこのような問題は生じなかったのでしょうが、逆の結論のケースも当然考えられます。

現実問題として、特許庁の審査段階で取り引きの実情を大きく考慮することは不可能でしょうし、今回のように拒絶理由さえ通知されずに登録されてしまうと、出願人にはそのための資料を提出する機会すら与えられません。そういうことは事後的に無効審判で争えということなのかもしれませんが、コストの観点からは個人や中小企業には優しくない制度です。本件のように判断が分かれる可能性があるものについては、審査段階で一度拒絶理由通知を打っていただきたいものです。本件などは拒絶理由通知が打たれていてもよかったケースなように思います。

さて、この判決のニュースは話題になっており、弊所にも「パロディ商標って大丈夫なんですか」という問い合わせが既にありました。たしかに、これまでの日本での商標の争いをみると、フランク・ミュラーのような明らかに著名な商標の持ち主が負けるケースは珍しいように思います。多くの場合、著名ブランドが正義であり、真似をする方が悪なので、よっぽどのことがない限り著名ブランド側が負けることは少ないでしょう。

だからといって「有名ブランドも少しいじればパクってOK」というわけではありません。前述のとおり、日本ではパロディだからどうかという基準はありません。結局は両商標が類似するかを議論するだけです。その過程で、本件のように「需要者層が異なる」というパロディの特徴が結論に何らかの影響を与え得るという程度です。そのような中で、今回フランク三浦は、本気でパロディをしたからこそこのような結論を得たと考えていいと思います。なぜならば、「需要者層が異なる」ことが類否判断に大きく影響するのであれば、粗悪な模倣品についても類似商標が登録しやすいのかというと、そんなことはないはずだからです。

例えば、『GUCCHI』の偽物の『GOCCHI』というブランドがあったとして、これを付したカバンが3千円台で売られていたらどうでしょうか。それを買う人はまさか本物のグッチだとは思わないでしょうから、需要者層は両者で異なります。ならば『GOCCHI』を商標登録して販売することを認めていいかというと、そんなことはないでしょう。やはりパロディをやるにしても、離隔観察の段階で非類似だと判断される商標を選択しないと危険だということです。(そして非類似な商標でパロディをすることは難しいはずです。)

結局、パロディをするにも真剣にやらないといけないということです。フランク三浦は、本気でパロディをした、だから裁判所も許してやろうという結論を下したのだと思います。彼らは自ら時計を作り、しかもその精巧さや品質に定評があったと聞きます。そのような、そもそも特徴のある時計に、著名なフランク・ミュラーをもじった名称をつけて、しかも「三浦」という日本で一般的な姓を選んだことで、一種のギャグ/ユーモアとして評価できるレベルに達していたのでしょう。著名なフランク・ミュラーのブランド力を利用して偽物を売ろうとした事例とは違うということです。

ただ正直、釈然としない部分もあります。価格帯が異なるから需要者が混同しないと言いますが、ではフランク・ミュラーが大衆向けの1万円くらいの時計を売り出したら結論は変わるのでしょうか。

フランク・ミュラー側は、「信用や顧客吸引力への『ただ乗り』目的だ」(朝日新聞DIGITALと主張しているようで、これはまさにその通りでしょう。もし「フランク・ミュラー」という著名ブランドがない世界だったなら、「フランク三浦」はどれだけ売れたでしょうか。ただ乗りではあるが、商標法で保護される利益を損なっていないという判断でしょうか。いまいち納得できません。

それにこれはあくまでも審決取消訴訟です。侵害訴訟でも同じ結論となるでしょうか。さすがにこの判決がある以上、今後商標権侵害訴訟が提起されても、そこで商標非類似と言うのは難しいかもしれません。そういう意味で、フランク・ミュラー側はいきなり無効審判を請求するのではなく、侵害訴訟から入ってその中で類似性や商標登録の有効性を争った方がよかったかもしれません(いまだから言えるわけですが)。

また、不正競争防止法の訴訟ならば、フランク三浦が差し止められる可能性も決して低くないと思われます。仮に商標部分が非類似だとしても、文字盤のデザイン(※フランク・ミュラーの文字盤デザインはかなり特殊的です)もよく似ています。それを商品等表示として類似性が争われた場合、文字盤の類似性を凌駕するほどの非類似性が商標部分にあるかは微妙だと思います。おそらくフランク・ミュラーの著名性は揺るがないでしょうから、2号の適用があります。2号では、著名ブランドの品位を落としたり(ポリューション)、唯一的な地位を傷つけたり(ダイリューション)する行為も制限されるので、フランク三浦の時計はそれらに該当するかもしれません。

そういう意味で、フランク三浦がこのまま販売を続けられるかわからず、まだまだ微妙な案件だといえると思います。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

スペインでの『UDON』商標問題について考える

元Jリーガーで、現在はスペインでうどん店を経営されている石塚啓次さんが、商標トラブルに巻き込まれたというニュースが話題となっています。

石塚啓次さんのブログでもこの問題に言及されており、スペインの弁護士から警告書を受け取ったこと、そこでは店舗名から「うどん」の文字を削除することなどが要求されたこと、対応費用がかかるので相手の要求に従うことなどが述べられています。

日本人にとっては腹立たしいニュースですが、商標法の観点から、実際のところはどうなのでしょうか。

問題の商標権を調べてみました。正確な情報がないのですが、スペインでは以下の商標登録が存在するようです。

16031201

出典:TMview

指定役務は以下のとおりとなっています。

16031202

出典:OEPM

恥ずかしながらスペイン語はわからないのですが、自動翻訳にかけてみたところ、「レストラン及びホテルの運営」となるようです。

さて上記商標権に基いて、スペイン国内でうどん店の看板等に「UDON」の文字を使用することを差し止められるのでしょうか。普通に考えて、うどん店の店舗名に「UDON」を用いるのは、商標的な使用でないですよね。おそらくスペインでも事情は同じだと思われます。

また、識別力を発揮しない態様での使用でしょうから、商標権の効力の範囲外でもあるはずです。実際スペイン商標法には、以下の規定があります。日本の商標法第26条と同じような規定です。

スペイン商標法第37条(商標権の限定)
商標により付与される権利は,第三者が経済取引において次のものを使用することを禁止することをその所有者に対して許可するものではない。ただし,当該使用が工業上又は商業上の公正な慣行に従っていることを条件とする。
(b) 商品の種類,品質,数量,目的,価格,原産地,生産の時期若しくはサービス提供の時期,又はその他の特徴に関する情報

うどん店が店舗名に「UDON」の語を用いるのは「商品の種類」をそのまま表しているだけですから、商標権者が権利行使をすることはできないはずです。

更には、本件商標権は、無効理由を抱えているとも考えられそうです。

スペイン商標法第51条(絶対的無効理由)
(1) 次の場合は,商標の登録は確定的な決定により無効と宣言され,かつ無効となる。
(a) 第 3 条(1)及び(2)並びに第 5 条の規定に反する場合
スペイン商標法第5条(絶対的禁止事由)
(1) 次の標識は,商標として登録することができない。
(c) 商品又はサービスについて,その種類,品質,数量,目的,価格,原産地,商品の製造又はサービスの提供期間又はその他の特徴を示すために取引上使用される可能性がある標識若しくは表示のみからなるもの

本件商標は、第5条(1)(c)に違反して登録された可能性が高いので、無効審判を請求すれば登録を取り消すことができそうです。

ただ今回少し気になるのが、「うどん」という語は日本語であり、そのローマ字表記の「UDON」が外国で本当にうどんとして認識されるのかという点です。おそらく、「SUSHI」ならば欧州の多くの国で「寿司」として認識されると思われます。一方で「UDON」がどの程度のスペイン人に認識されるか、そもそもうどん自体がスペインでどれほど認知されているか、不明です。このあたりは国ごとに事情が異なるでしょうし、さらには同じ国でも事案ごとに判断基準が異なるので、なかなか一般的な答えはないのかもしれませんが、うどんが日本の代表的なヌードルのひとつであることを考えると、スペインのような国際化の進んだ国ではある程度認知されていると考えてよいのではないかと思います。そうであるならば、やはりスペインでも「UDON」の語は「うどん」の普通名称であると考えられます。
※もっとも、例えば特定の使用者によりその語が認知されるようになった場合など、事情によっては識別力が肯定されることもあります。結局はケースバイケースで判断される事項です。

このようにそもそも権利行使できないので争えば勝てるでしょうし、もし揉めるなら無効審判で商標登録を潰してしまうこともできるであろう案件ですが、いかんせんこうした対応にはコストと時間と手間がかかります。相手はそうしたことを理解した上で、法的に根拠のない言いがかりをつけているものと推測されます。本件商標は2002年に出願され、2003年に登録されています。当初は「UDON」を合法的に使えることの確認のために商標登録したのかもしれませんし、今回と同様の問題を過去にも起こしているのかもしれませんが、いずれにせよ今回石塚さんが遭遇しているトラブルは、一種の商標ゴロによる反社会的な活動を想起させます。

今回石塚さんは費用や時間の観点から相手の要求に従う意向とのことですが、とても悔しい思いをされているでしょうし、我々日本人にとっても非常に腹立たしい思いです。例えばレター(回答書)を1通だけ送るなど、コストをかけずに上記の内容を反論してみるなどもできるかもしれないので、是非諦めずにできることは何でもやっていただきたいと思います。翻訳料等実費を負担いただけるならば弊所で無料で対応するのですが…。

余談ですが、今回と逆の立場で、商品の普通名称を商標登録して他者の参入を阻止したいという相談をたまにいただきます。例えばクロム製のコップが海外で流行し、それを日本に輸入しようとする人が、『Chromium』をコップについて商標登録して、他人がクロム製のコップを輸入するのを阻止したい、というようなものです。

しかしこれは無理なことが多いです。商品の素材や産地などは、その商品について誰もが使いたいので、特定の誰かに商標権を与えて独占させることに馴染みません。そもそも商標とは、同じ種類の商品を複数の人が製造や販売する前提で、それぞれの商品の出所を区別するための標識ですから、商品そのものの独占をさせることは想定していません。その商品を独占的に製造や販売したいのであれば、特許権などの創作法の保護を求めるべきです。

この記事に対するご意見・ご感想は、弊所facebookページよりお願いいたします。
当ページヘのいいね!もお待ちしております。

ロッテリアの「黒七味」商標権侵害事案を考える

ちょっと忙しくてすっかり出遅れてしまいましたが、ロッテリアが「黒七味」の商標権を侵害したとして商品の販売を停止したというニュースについて考えてみたいと思います。

この事件は知人の弁理士が担当したそうです。最初はかなり際どい事例かと思いましたが、調べてみると両当事者とも妥当な判断をしたのかなという印象です。さすがですね。

事の発端は、ロッテリアが「京都黒七味風味」なる味付けのフライドポテトを販売したことで、これが株式会社原了郭の所有する商標権(おそらく登録第5157375号)を侵害するとして警告書が送付されたようです。

「京都」の地域に「黒七味風味」と書かれている

本件商標権の内容は、以下の画像のとおりの「黒七味」なる商標を、「白胡麻・黒胡麻・一味・山椒・けしの実・麻の実・青のりを主原料とし乾煎りした後さらに手もみで練り合わせて製造した七味唐辛子」について登録したものです。

15110301

出願時には「香辛料」を指定していましたが、審査において「黒」は「黒い」という商品の品質を表し、「七味」は「七味唐辛子」の略称なので、『黒七味』を黒い七味唐辛子について使用するならば商3条1項3号に落ちてくるし、それ以外の香辛料に使うなら4条1項16号に落ちると指摘され、拒絶査定となったものと思われます(審査書類を見たわけではないのでただの想像です)。

そこで商品を「白胡麻・黒胡麻・一味・山椒・けしの実・麻の実・青のりを主原料とし乾煎りした後さらに手もみで練り合わせて製造した七味唐辛子」に減縮する補正を行い、『黒七味』全体で一連の商標でありただちに「黒い七味唐辛子」と結びつくものではないなどと主張して、審判まで争って登録になったものです(主張内容は想像)。

冒頭に「際どい」と書いた理由のひとつはこれで、「黒七味」は一見して識別力が弱く登録しづらい商標なので、警告書をもらった立場で考えたら、自分が何を売っているかに関わらず、

  1. そもそも商標的に使用していないのでは?(商2条1項各号)
  2. 商標権侵害とならない使用態様なのでは?(商26条)
  3. 無効審判で潰せるのでは?(商46条)

などと考えるのが普通です。

本件商標は、拒絶査定不服審判まで経て登録されていることを考えると、いまさら無効審判を請求しても潰せる確率はそれほど高くないと考えられます(もちろん請求することはできますし、無効審判で拒絶査定不服審判と異なる判断をしても制度上問題はありませんが、まぁ厳しいでしょう)。

そうすると結局『黒七味』の使用が商標権侵害をするかどうか検討することになりますが、今回は「黒七味風味」として使用していて、これがまた本件を際どくしている一因です。それが商標的に使用されているのかという疑義が生じるからです。

一般に、「◯◯風味」とは「◯◯という素材の味を想起させる」などの意味合いで用いられることが多いはずです。例えば清涼飲料水について「レモン風味」と使用した場合には、「レモンのようなイメージの味である」という程度の意味なはずで、◯◯の部分は素材を表すのみですから商標的に使用しているとはいえず、ゆえにこれが商標権侵害をすることは通常はありません。

本件では、「黒七味風味」なわけですが、仮に「黒七味」が「黒い七味唐辛子」という一般的な素材だとすると、それがどのような風味なのか、需要者にはよくわからないと思われます(七味唐辛子は一般的な素材なので「七味風味」ならばわかりますが、一般的な素材として黒い七味唐辛子はどのような味かわからないので、「黒七味風味」もどのような味かよくわかりません)。つまりこの「黒七味風味」は、「黒い七味唐辛子風味」ではなく、「原了郭の黒七味風味」と言っている、と解釈することには一定の合理性がありそうです。地域として京都がわざわざ選択されていることもこれを推認させる材料となるでしょう(原了郭は京都の老舗)。

しかしこのことをもってしても、やはりそれが商標的に使用しているといえるかは微妙です。仮にロッテリアのフライドポテトが原了郭の黒七味を使っているとして、「黒七味使用」と記載してあった場合を想定すると、これは出所の混同を生じない表記なので、商標権侵害しないと考えられます。今回ロッテリア商品は原了郭の黒七味を用いておらず、しかも「黒七味風味」という記載ですから、これは「黒七味」を原了郭以外の七味唐辛子について使用していることになるので、黒七味の出所の混同を生じるおそれがあります。このような使用態様は「黒七味」を商標的に使用しているといえそうです。

一応、ロッテリアが販売するフライドポテトは登録第5157375号の指定商品と類似するのかという点も検討してもいいかもしれませんが、これはフライドポテトのスパイスとして使用している七味唐辛子について、上述のように「黒七味」を商標的に使用しているので、指定商品と同一あるいは類似する商品について商標を使用していると考えて問題ないでしょう(別にフライドポテトと七味唐辛子が類似している必要はない)。

というように、真面目に考えてみると際どいことは特になく通常の商標権侵害として処理されて構わない事案だったと思われます。

まぁロッテリアは上述の商標的な使用かを裁判で争うこともできたでしょうし、その中で登録商標の識別力(要は無効性)を主張することもできたのでしょうが、ブランドイメージの毀損などを考慮して早めに手を引いたのかもしれませんし、そもそも争っても勝てる確率は低いと判断したのだと思います。本件について、ロッテリアは謝罪広告まで出しています。

上記謝罪広告では、ロッテリアは「弊社商品「京都黒七味風味」は、株式会社原了郭様の監修等を受けた商品ではなく、弊社内にて「黒七味」を模して創造的に製造した商品でありますので、株式会社原了郭様の販売される「黒七味」の商標を付した商品とは味・品質等一切の類似点はございません。」とまで書かされていて、そういう事情ならば本件を商標権侵害として処理することは商標法の基本的な趣旨にも合致します。

それにしても本件は京都特有の問題だと感じます。原了郭は300年の歴史を持つ老舗で、「黒七味」は長年使用してきたこともあり、今後も継続的に独占的に使用したい意思があったものと思います。また、そのような歴史がある商標だからこそ、「京都」の代名詞として選択されたという事情もあると思われます。実際、他の地域は、北海道=ほたてバター、愛知=ひつまぶし、兵庫=神戸ステーキと、明らかに識別力とは無縁の商品が選択されています。

これほどの歴史がない出願人の方は、『黒七味』のような登録の難しい商標の出願は避けるべきでしょう。出願しても登録できないリスクがありますし、登録できても少なくとも審判までは覚悟しないといけないので、登録までに数十万円のコストが掛かります。更にはこのようなギリギリで登録になった商標は、登録後に無効審判を請求されるリスクもあり、また本件のように「登録商標と知らずに使用」する侵害者への対応にもコストがかかります。実際、今回の対応までに、原了郭はかなりのコストをかけていると思います。そこまでして取得する価値のある商標か、出願前に検討することが重要です。

マイケル・ジョーダンが中国で名前の無断商標登録を潰せなかった事例

中学高校とずっとバスケ部だったのですが、当時マイケル・ジョーダンはすべてのバスケ少年たちの憧れの的で、言葉では言い表せないほどの人気を誇っていました。

そのバスケの神様、マイケル・ジョーダンが、中国で「ジョーダン」の名称を勝手に商標登録されたとして争っていた件が決着しました。結論は、ジョーダン側の敗訴。バスケの神様も中国の法律には勝てなかったようです。

訴訟の内容
事案の概要

中国の乔丹体育という企業が、『乔丹』を含む複数の商標を中国で出願し、登録を得ました。『乔丹』は中国語で人名の「ジョーダン」を意味します。これに対してマイケル・ジョーダンは、自分の名前が勝手に商標登録されたとして、商標登録の無効宣告請求をしたものです。
なお以下の記事では「商標権侵害」となっていますが、本件は無効審決(無効宣告決定)に対する取消訴訟です

なお、本件無効宣告請求は、先だって行った異議申立が却下されたことを受けて、2012年に商標評審委員会に対してなされ、2014年4月に請求棄却(商標登録維持)の決定がなされました。これを受けて、ジョーダン側は今年の初めに北京市第一中級人民法院に審決取消訴訟を提起しましたが、そこでも敗訴しました。そのため、今年4月に北京市高級人民法院(日本でいう高裁)に上訴していました。

また本件とは直接関係ありませんが、訴えられた乔丹体育はこれらの訴訟等によりブランドイメージが低下し予定していた上場に失敗したとして、逆にジョーダン氏に損害賠償を求める訴訟を提起しています。

結論

請求棄却。商標登録維持。

裁判所の判断

北京市高級人民法院は、

  1. 乔丹が必ずしも”Jordan”に対応するわけではない点、
  2. “Jordan”は米国で一般的な姓または名である点、
  3. “Michael Jordan”の中国語表記は「迈克尔·乔丹」であるが、「乔丹」のみの商標が「迈克尔·乔丹」や”Michael Jordan”を示すことの証明がない点、

を理由に、「乔丹」はマイケル・ジョーダンの名前についての権利を侵害しないと結論付けました。

また、ジョーダン側は、乔丹体育が下記の図形を用いていたことから、「乔丹」がマイケル・ジョーダンに結びつくなどと主張しました。

15073001

しかし人民法院は、このようなシルエットのみでは需要者はこの図形の人物がマイケル・ジョーダンであると判断できないとして、この主張を退けました。この文脈で、人民法院は、人格権たる肖像権が保護されるには、需要者が明確にその肖像を認識できなければならないことを指摘しています。

解説
ジョーダンと乔丹

人名の Jordan は、中国語(簡体字)では乔丹と表記されます。なお、「乔」という字は、日本語では「喬」に該当します。

乔丹のピンインは qiáo dān (チィァオ ダン)です。これはJordan の音から漢字を当てはめたパターンですが、[dʒɔ́ːrdn]と[qiáodān]の称呼がどの程度類似するか(Jordanから乔丹がただちに導かれるのか)を真剣に検討すると、多少面倒かもしれません。実際、人民法院は「乔丹」とJordanが必ずしも一対一対応しないと指摘しています。

ただ辞書で調べる限り中国語の「乔丹」は人名のJordanに一対一対応しているように思えます。このあたりは中国語に詳しい方の意見をきいてみたいところです。

余談ですが、Jordanには人名(ジョーダン)と国名(ヨルダン)の2種類の意味があります。中国語では、人名の場合は「乔丹」、国名の場合は「约旦(yuēdàn)」と、表記も発音も異なります。この点については日本語と同じですね。

中国商標法の規定 – 日本法との比較 –

乔丹は中国で商標登録されるべきなのでしょうか。中国商標法では、以下の規定があります。

第32条(旧31条)
商標登録出願は先に存在する他人の権利を侵害してはならない。(後段省略)

日本の商標法と比べると、だいぶ規定ぶりが異なります。

まず、日本の商標法では、このような包括的な規定にはなっていません。商標法4条1項各号に、登録できないケースが個別に列挙されています。一方で中国法では、かなりざっくりとくくってあり、具体的なケースは個別の案件ごとに判断する仕組みになっている点が特徴です。

さらに、「先に存在する他人の権利」なる概念は、日本の商標法ではありません。ここにいう「権利」には、意匠権や著作権、企業名などが広く含まれます。企業名などは商標登録されていない場合も含まれますから、このようなものまで出願の排除効を有するのは、日本の商標法よりも厳しい規定ぶりだといえます。今回は人名である「マイケル・ジョーダン」がこの権利である前提で争われました。

私見

マイケル・ジョーダンからすると、このような商標登録が潰せないのは非常につらいと思います。仮に先に自分で登録しようにも、不使用の問題があるので結局は意味がないことです。

人民法院は、要は「乔丹」と「マイケル・ジョーダン」が対応しないので、ジョーダンの氏名についての権利を侵害しない(ゆえに「乔丹」は商標登録されることができる)と結論付けました。ジョーダン側は、上述のようにシルエットからマイケル・ジョーダンが連想される点や、乔丹体育が背番号23番のユニフォームを販売していることから、需要者は「乔丹」からマイケル・ジョーダンを想起するなどと主張しましたが、認められませんでした。

たしかに「ジョーダン」は、米国で一般的な姓または名です。上記シルエットロゴからは、必ずしもマイケル・ジョーダンを想起できないという指摘も正しいでしょう。(ちなみにこのシルエットはNIKEが用いている下記の有名なシルエットを模倣したものと思われます。)

15073002

左:NIKEがエアジョーダンシリーズに用いたロゴ 右:乔丹体育が用いているロゴ
右の図だけを見てマイケル・ジョーダンを想起するのはたしかに難しい

バスケファンにとっては、このロゴはむしろ下記NBAのロゴを連想させます(まぁたいして似ていないのですが)。ロゴから「NBA」あるいは「バスケ」しか連想しないとすると、「乔丹」とこのロゴの組み合わせでは、NBAに在籍する他のジョーダン選手(例えば現役では DeAndre Jordan や Jordan Hill)をも想起するので、やはり「乔丹」とマイケル・ジョーダンが一対一対応しないという指摘には一理あるように思います。

15073005

NBAのロゴ。モデルは Jerry West

しかし、「ジョーダンという語」と「バスケ」の組み合わせでもマイケル・ジョーダンと対応しないとされてしまうと、もはや中国で自己の姓または名を他人に勝手に商標登録されてしまうことは防げないようにも思えてきます。乔丹体育は、「乔丹」は一般的な米国人の名前から取っただけで、マイケル・ジョーダンとは無関係であると主張していますが、さすがにこれは無理があります。中国ではバスケは日本に比べかなり人気のあるスポーツで、マイケル・ジョーダンは中国で最も有名な外国人の一人です。実際、下級審段階では、ジョーダン側は「「乔丹」という語を知っており、かつ真っ先にマイケル・ジョーダンを想起する需要者は、全国の63.8%にのぼる」という調査結果を証拠として提出しています。それでも、「乔丹」とマイケル・ジョーダンは必ずしも一対一対応しないからダメだというのですから、中国では、氏名ならともかく、ありふれたものの場合は姓または名のみを他人に商標登録されてしまうことは甘受するしかないといえるかもしれません。

しかし、中国商標法第32条では、人物の氏名についての権利は、その人の人格権を指すとされています。そうであるならば、必ずしも一対一対応のような厳格な基準を要求するのではなく、「乔丹」についての商標登録がマイケル・ジョーダンの人格権を損なうか、より本質的な議論があってもよいように思います。例えば、「乔丹」とマイケル・ジョーダンが一対一対応するかはそれほど重要ではなく、「乔丹」からマイケル・ジョーダンを強く連想するかどうかで判断すればよいのではないでしょうか。また本件では、マイケル・ジョーダンの著名性が判断にどれくらい影響を与えているのか不明です。仮に著名性が考慮されるのだとすると、マイケル・ジョーダンの著名性で足りないならばもはや全人類でこのような事例に対応できる人物はほとんどいないでしょうし、逆に著名性が一切考慮されないのだとすると、著名人の姓や名を不正な商標登録から保護することはやはり非常に難しいことになります。

なお、「乔丹体育」は中国では非常に有名な会社です。私の住んでいる義烏でも、近所のスーパーやコンビニではどこでも乔丹体育のボールなどを売っています。乔丹体育は1984年に設立され、その後これほど有名になり上場直前まで成長した会社ですから、中国国家としてこのブランドは守らなければならないという判断がはたらいたのかもしれません。そういう意味では、本件は多少特殊な事情があったのかもしれません。

日本の場合

仮に日本で『ジョーダン』なる商標が出願されたとしたら、どうなるでしょうか。

もし日本人の名前なら、ありふれた氏は登録になりません(商3条1項4号)。しかしジョーダンは日本ではありふれた氏ではないので、本規定をもっては拒絶されないでしょう。

本件の場合は、「他人の氏名の著名な略称」として登録拒絶になると思われます(商4条1項8号)。

商標法第4条第1項
八  他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)

「氏名」とはフルネームのことなので、「マイケル・ジョーダン」は、本人か、本人から許諾を得た人以外は登録できません。しかし「ジョーダン」は氏名ではないので、これに該当しません。氏または名のいずれか一方の場合は、それが著明な場合に限って本号に該当します。ジョーダンはマイケル・ジョーダンの略称として日本で著明だと思われるので、日本では本号を根拠に登録されないと思います。実際、「ジョーダン」の商標登録は、本日の時点で存在しません。

この規定は、上記私見で述べた「「乔丹」からマイケル・ジョーダンを強く連想するかどうか」という基準に近いものとなっているといえそうです。氏名の略称が著明なのであれば当然略称からその人物を連想するでしょうから、それを他人が勝手に商標登録すると人格権が損なわれると考えているわけです。

類似の事例

類似というほどではないのですが、同様に32条を根拠に登録性が争われた事例があります。

15073003

広州のステーキハウスが、上記ロゴを商標登録したところ、下記シカゴ・ブルズの著作権を侵害する商標だとして、NBAから異議申立及びその却下決定に対する不服審判を請求されました。

15073004

結局本件はその後中級人民法院を経て高級人民法院まであらそわれることとなり、最終的にNBA側の主張が認められて、上記商標登録は取り消されました。

著作権を侵害する商標だから登録できないという規定は、日本の商標制度の感覚からはにわかには受け入れられないかもしれません。日本では、他人の著作物であっても勝手に商標登録できることになっています(その著作物が周知な場合は登録できないこともあります)。その上で、著作権とぶつかる範囲の商標権の効力を制限するというバランスの取り方をしています。そうしないと、特許庁は審査段階でその商標が他人の著作物でないかを調査し判断する必要が出てきてしまいますが、商標の著作物性を判断するのは一般には難しいく、審査負担にも繋がってしまいます。

実際、上記事件でも、シカゴ・ブルズのロゴの著作権の帰属について延々と議論がされています。商32条違反を根拠にする無効審判では請求人適格が先行権利者または利害関係人に限られているため、著作権の権利の帰属が問題になるのです。異議申立、無効審判、中級法院、高級法院と争ってようやくNBAが上記ブルズロゴの著作権を有していることが認められました。

NBAがステーキハウスを経営する可能性は低く、自らの商標登録が現実的でないことから、こういう事態を防ぐには著作権登録をしておくことが有効だと考えられます。しかしすべてのロゴなどを著作権登録することも現実には難しく、また仮に著作権登録をするにしても、日本企業は日本で登録しておけば足りるのか、中国での登録が必要なのか(訴訟負担がどの程度軽減されるのか)、まだわかりません。

中国では、審査段階では先行する著作権等についての調査は行われないため、上記のような事例では一旦登録された後に異議申立や無効審判などで登録を潰すことになります。著作権に基づいて他人の不正な出願を排除できることはたしかに便利なのですが、著作権の管理を戦略的に行わないと実務上証明負担がかなり大きく、せっかく便利な規定も十分に活用できない点に注意が必要です。

上述のように中国商標法32条はかなりざっくりとした規定ぶりになっていて、どのような権利に基づいてどのような出願を排除できるかは、個別の事例ごとに、審判や裁判で闘う必要があります。しかしまだ事例が少なく、それらの基準が明らかになっていないものも多いようです。中国ではちょっとでも有名になり価値が出てくるとすぐに無断で商標登録されてしまうことがよくあります。国際的に活動する企業は常に最新の情報にアンテナを張っておくことが重要です。

他人のブランドを商標登録できるのか?

例えば外国で展開されているブランドが、まだ日本で商標登録されていないときに、そのブランドの持ち主(メーカー)あるいはその代理店以外の人が、勝手にその商標を登録することはできるのでしょうか。

あるいは、そうして他人に登録されてしまった商標権を、ブランドの持ち主は奪還することができるのでしょうか。

弊所には最近、上記両方のご相談を多くいただきます。以下、登録になる場合とならない場合を見ていきましょう。

基本的な考え方

商標法では、他人が勝手に他者のブランドを登録しようとすることを、当然想定しています。

日本の商標制度は、先願主義を採用しています。つまり、同じ内容ならば、早い方の出願が優先的に登録になります。要は早い者勝ちなのです。

また、商標は選択物であり、商標自体には価値がありません(無価値物)。これは、特許や実用新案、意匠などの対象には価値があり、それらを発明などしたことが偉いから権利を与えるとする創作法の立場とは根本的に異なります。

つまり商標の世界では、その商標を出願人自ら生み出したかどうかには興味がなく、他人と区別できる表示(「標章」といいます)を、他人よりも先に出願した人に商標権を与えることになっています。なので、他人のブランドであっても、先に出願しさえすれば登録する。これが商標法の基本的な姿勢です。

一方で、それを貫徹すると様々な不具合が出てくることは容易に想像できます。例えば、『シャネル』という商標が、財布について日本で商標登録されていなかったとします。それに気付いた人が勝手にそれを日本で登録して、シャネルに対し「日本で販売したければ私にライセンス料を払え」と言ってきたら困りますよね。このような権利行使は商標法の趣旨から外れるため、最初から登録できないことにしています。このように先願主義の例外として、他人のブランドを登録できないケースがいくつかあります。

拒絶理由
商4条1項10号(未登録周知商標)

商標登録されていなくても、既に周知(有名)となっている商標は、無関係の人が登録してしまうと、既にそのブランドを知っている人が商品の出所を混同(要は商品の取り違え)してしまうので、登録できないことになっています。

また、そのブランドを周知にするまでに積み重ねられた信用を横取りするのを防ぐことも理由となっています。

輸入商品であっても、実店舗で販売する場合は、その所在地と隣接都道府県程度でそのブランドが周知になっていれば本号の対象となり、他人の出願を排除できるとされています(インターネット販売の場合は全国周知が必要とする解説もありますが、実際の審査実務では地域的な基準よりも販売数量や広告規模が重視されるようです)。ただし本号は需要者の混同防止が目的なため、日本国内での周知が必要です(外国のみで周知であってもダメ)。また、出願時と査定時両方で周知であることが必要です(商4条3項)。

商4条1項15号(商品又は役務の出所の混同)

本号も、既に周知になっている商標が無関係の人に登録されると需要者が商品を取り違えてしまうおそれがあるため、登録できないとする規定です。

また、本号では広義の混同(商品の取り違えだけでなく、関連会社などの関係にあると誤認されること)の防止までもが目的となっているため、非類似の商品までが範囲に含まれます。

例えば、シャネルの財布は有名だが、シャネルが靴を作っていない場合に、「靴」を指定商品とした商標『シャネル』の出願は、本号を根拠に拒絶されます。おそらく、他人のブランドを無断で登録しようとした場合に最も多く根拠とされるのが本号です

なお、本号でも日本国内での周知が必要で、かつ、出願時と査定時両方で周知であることが必要です。

商4条1項19号(不正使用目的の周知商標)

外国のみで周知なブランドが無断で登録されようとする場合には、上記10号や15号では拒絶できません。そのような出願は、本号を根拠に拒絶されます。

外国で成功したブランドがこれから日本に進出しようとするときに、先に商標登録をしていた他人が、商標権を根拠にそれを阻もうとしたり、高いライセンス料を要求したり、商標権を高額で売りつけようとしたりすることは、社会正義に反します。本号はそうした社会正義に反する商標登録を防止するための規定です。

本号は外国のみで周知な場合もその対象とする一方、前述のように商標権を高額で売りつけようとするなどの不正の目的がある場合に限定して適用されす。しかしながら、外国で周知な商標を他人が日本で登録しようとすることは、それ自体が不正の目的があると審査段階で推認される*ので、結局のところ外国で周知な商標を勝手に登録しようとすると本号に該当する可能性が高いといえます。

* 別途商標の顕著性が考慮されます

なお、本号でも、出願時と査定時両方で周知であることが必要です。

商4条1項7号(公序良俗違反)

本号は公序良俗に反する登録を排除するための包括的な規定です。かつては第三者による剽窃的な商標登録は本号を根拠に拒絶されていましたが、いまは上述の規定(10号、15号、19号)が適用されることになっています。

上述の規定はいずれも、少なくとも日本か海外いずれかで周知であることが前提なので、出願時に周知性を獲得できていなかった商標について第三者による登録を排除するには本号を用いるしかないのですが、審査基準が変わったため、最近の審査実務では本号を用いて剽窃的な出願を拒絶することは難しくなりました。出願の経緯で特に不誠実な事実があった場合にかぎり、本号により拒絶されることになります。このような包括的な規定の適用は抑制的であるべきなので、その方針は正しいといえるでしょう。

商4条1項8号(他人の氏名または著名な略称)

登録しようとする商標(ブランド)がそのメーカーの会社名と同じ場合は、本号の対象となります。他社名と同じ名称のブランドを勝手に登録しようとすると、本号で拒絶されるのです。

ただし、略称の場合は他社名が著名な場合に限り本号の適用となります。多くの場合、商品ブランドは社名の略称となるため、本号の対称となるのはその社名が著名な場合に限られます。

例えば「エクスカリバー株式会社」の商品ブランドが「エクスカリバー」である場合に、この『エクスカリバー』を登録しようとすると、これは商品ブランドであると同時に、会社名の略称でもあります。略称の場合は、その社名が著名な場合のみ本号の対象となるので(※外国のみでの著名で足ります)、「エクスカリバー株式会社」が著名な場合に限り、本号により登録が拒絶されることになります。

この著名性の判断は比較的緩く解釈されていて、外国である程度以上(従業員数が数百人以上いるなど)であれば、著名と判断されることが多いです。

無効理由・異議申立理由

上記の拒絶理由はすべてそのまま無効理由に挙がっています。従って、仮に審査段階で上記拒絶理由が見逃され登録になってしまった場合は、無効審判を請求することができます。異議申立についても同じです。

取消理由

一方で、拒絶理由等ではないが、取消理由に挙がっているものもあります。

商53条の2(代理人による不正登録)

出願前1年以内に外国メーカーの代理人であった人が、その商標を日本で勝手に登録してしまった場合は、本条に基いて、その商標登録を取り消すことができます。

代理人とは、メーカーに対して何らかの代理権を有する者を指し、一般には代理店がこれに該当します。単に仕入れをしているだけの卸先はこれに含まれないことに注意が必要です。

また、本取消審判を請求できるのは、ブランドの持ち主である海外メーカーだけである点にも注意が必要です。代理店などは、利害関係人にはなるでしょうが、本審判を請求することはできません。この場合は、その海外メーカーから弁理士宛の委任状を用意してもらい、事実上代理店が動くという方法をとることになります。

他人のブランドを登録してもよいのか

結局のところ、他人のブランドを勝手に登録してもよいのでしょうか。

少なくとも法律上は、上記の不登録事由や取消理由がありますので、これらに該当する場合には、そうした出願はリスクが大きく、出願すべきでないといえるでしょう。

一方で、上記のいずれの理由にも該当しない場合は、そのような出願をしてはいけないという法律上の根拠はありません。冒頭で述べたように、商標法はそうした出願を当然に予定しています。厳しいかもしれませんが、先願主義のもと、前もって出願しておかなかった点にメーカーの責任があるともいえます。

また、ほとんどの拒絶理由(無効理由)は、そのブランドが周知であることを前提にしています。一般に、商標は登録されて初めて保護されますが、未登録の商標は、周知性を獲得した場合にかぎり、他人に勝手に登録されないなど一定の保護を受けることができます。逆にいうと、周知性を獲得していない未登録商標は、商標法上保護される根拠がないのです。つまり、周知性を獲得するまでは商標法上保護する価値がないというのが、いまの日本という国の価値観なのです。

だとすると、周知でない商標については、他人のブランドであっても勝手に登録することを妨げる法律上の理由は、ないといえます。ただし法律上許されることと、社会通念上許容されることの間には差があるかもしれません。ご商売を続けていく中で、他人のブランドを無断で登録するという判断が貴社にとってどういう意味を持つのか、あるいはどのようなメリット・デメリットがあるのか、事前によく検討してください。

他人にブランドを登録されたらどうしたらよいのか

最近、このようなお問い合せを多くいただきます。

まずは上記の異議・無効・取消理由がないか、検討してみる必要があります。何かの理由がありそうならば、無効審判などを請求して、その商標権を潰すことを考えます。

ただしこれらの理由を探すことは難しいことが多いです。ほとんどの理由には出願時の周知性が要求されますが、出願は半年以上前になされていることが多く、有名ブランドでないかぎり、出願時の周知性を証明することは容易ではありません。

万一無効理由等が見つからない・証明できない場合でも、メーカー側に商標権者よりも資金力があるならば、無効審判や取消審判を請求し、さらには訴訟などを提起することを検討します。

こうすることで、場合によっては商4条1項7号などが認められるかもしれませんし(7号の適用は個別の事情により適用になったりならなかったりします)、相手を牽制しつつ証拠収集の時間を稼げます。特に相手の規模が小さい場合は、審判や訴訟の対応費用で大幅な赤字になるので、争うよりも商標権を譲渡すると判断するケースが少なくありません。

弊所の対応

弊所には、商標を取りたい方・潰したい方の両方からご相談いただきます。

取りたい方には、上記のように数多くの拒絶理由があり登録できない可能性がある点、そのような商標登録は業界内で評価されずご商売に悪い影響が出る可能性がある点、また仮に無事に登録になっても相手方の審判請求などで手間やコストがかかる点などをご説明申し上げて、それでも出願をご希望される場合は、受任しています。繰り返しになりますが、商標法はこのような出願を許容しているからです。この場合は、登録後の審判対応なども包括的にサポートさせていただきます。

一方でそのような商標登録をされて困っている方には、審判請求をはじめ訴訟などあらゆる手段を用いて権利を潰すか、相手方と権利譲渡やライセンス許諾の交渉するなどの選択肢を検討します。弊所ではこれらのお手伝いもしています。英語でのメーカーとの交渉も代わりに行います。

いずれにせよ商標は先願主義で早い者勝ちという大原則があるので、どのような立場であれブランドを日本で展開する可能性がある場合は、一刻も早く商標出願すべきです。他人の権利を潰すコストの方がよっぽど高いので、たとえテスト販売であっても日本への進出が決まったならば同時に商標出願もしておくのが結局最も安上がりだからです。一般には、代理店側からメーカーを説得することで商標出願にこぎつけることが多いようです。

おまけ

以前、「松阪牛」や「津軽りんご」が中国で勝手に登録され、本物が輸出できないことが日本で問題になりました。

最近は逆に、日本人が中国メーカーのブランドを勝手に登録する事例が相次いでおり、問題となっています。これには中国メーカーの技術力が上がってきたことや、日本人が中国商品を簡単に仕入れられるようになったことが背景にあります。取引量が増え、競業者が増えるとどうしてもこのようなトラブルも増えてしまいます。

日頃の業務に取り組みながら、日本も変わってきたなぁと実感しています。

特許異議申立制度が復活しました

平成15年までは、日本の特許法には、商標法と同じように異議申立制度がありました。特許権の成立は公益に影響するため、審査官の判断の是非を広く世に問う目的でした。

ところが、異議申立をして失敗した場合に別途無効審判を請求する事例が多くあったため、権利者に大きな負担を強いることとなっており、かつ権利の安定性を過度に損なうという側面がありました。また、申立人には異議申立後に意見を述べる機会が設けられておらず、無効審判に比べて使い勝手が悪いという指摘もありました。そこで、平成15年の特許法改正で特許異議申立制度は廃止され、無効審判に一本化されました。

しかし、いざ無効審判に一本化されると、今度は逆に無効審判のデメリットが目立つようになりました。例えば、無効審判は原則口頭審理なため、当事者にとって負担がかなり大きいです(口頭審理は本当に大変です。機会があればどれだけ準備が大変で当日神経をすり減らすかご紹介します。)。また、無効審判は登録後であればいつでも、権利消滅後にさえ未来永劫請求でき、特許権者にとっては手間やコストの観点から負担が大きいという点も問題視されていました。そこで、昨年米国で特許異議申立制度が導入されたことに後押しされる形で、日本でも本制度を復活させることとしました。

今回復活した特許異議申立制度も、基本的にはかつてのものと同じです。ですが一部異なる部分もあります。これらを少し詳しく見ていきます。

■ 旧制度と共通の内容

1.申立人適格

何人も申立可能です。つまり自然人又は法人であれば、誰でも異議申立できます。公益的な観点から審査官の判断の是非を広く世に問う趣旨だからです。なお、権利能力なき社団も、代表者の定めがあれば、異議申立できます。

2.請求期間

特許公報の発行日から6月以内に限り、異議申立可能です。あまりに長い期間認めると権利が不安定になってしまうからです。

3.申立理由

公益的理由に限られています(新規性、進歩性、新規事項の追加、記載要件違反など)。冒認出願や共同出願違反などの権利の帰属に関するものは異議申立理由に挙がっていないので、無効審判で争う必要があります。

4.申立の単位

請求項ごとに申立可能です。なお、取り下げも請求項単位で可能です。

5.職権審理の可否

審判官は、申立しない理由についても審理可能ですが、申立されていない請求項について審理することはできません。

6.特許権者の対応

取消理由通知に対して、意見書及び/又は訂正請求書を提出することができます。意見書(訂正請求書)提出可能期間は、取消理由通知の発送から60日(在外者は90日)です。
複数回の訂正請求があった場合は、最新のものが採用され、先の訂正請求は取下げられたものとみなされます。この場合に、訂正の基礎となる明細書等は、設定登録時のものです。

■ 旧制度から変更となった内容

1.審理方式

書面審理のみ。旧制度では希望すれば口頭審理が認められることもありましたが、新制度ではすべて書面審理となります。ただし、希望すれば審判官との面接は認められるようです。

2.申立書の要旨変更補正

取消理由通知があった後は、要旨変更となる補正はできません。旧制度では、異議申立期間内であれば、要旨変更補正が認められていました。(要は要旨変更補正ができる期間が短くなりました。)

3.訂正請求があった場合の申立人の反論

特許権者が訂正の請求により特許請求の範囲を減縮した場合には、減縮された特許請求の範囲に対して意見を述べる機会が与えられます(取消理由通知の送付から30日(在外者は50日))。
旧制度ではこのような機会はなく、特許庁と特許権者のやりとりのみで審理が完結してしまっていました。

4.申立に要する費用

特許庁印紙代: 16,500円 + 2,400円×請求項数
弊所手数料:  250,000円 (+6,500円/追加請求項) + 150,000円 (+6,500円/追加請求項)(as成功報酬)
旧制度では、特許庁印紙代は 8,700円 + 1,000円×請求項数 だったので、約2倍に値上がりしたことになります(なお、弊所手数料は初期手数料を2万円、成功報酬額を12万円値引き致しました)。

異議申立制度が復活したことにより、競合他社の特許を潰す重要な機会がひとつ増えたことになります。

今後は、

  1. 審査段階での情報提供
  2. 権利付与後の情報提供
  3. 異議申立
  4. 無効審判

という選択肢の組み合わせで、特許を特許を潰す/維持する攻防が繰り広げられることになります。

異議申立は、基本的に特許庁と特許権者の間で手続きが進むため、他社の権利を潰したい場合には手間やコストの面で無効審判よりもかなり有利です。請求人適格に制限がない点も大きなメリットでしょう。このため、資金や人員を十分に割けない中小企業や個人にとって、自己の業務の安定のための強力なツールとなると思われます。

一方で、異議申立期間が限られているため、気が付いた頃には既に申立できないという事態もあり得るでしょう。競合他社の特許が成立したことを誰かが通知してくれるわけではないので、知らない間に重要な特許が成立していて、慌てて異議申立しようとしてももう申立期間が過ぎているということは十分考えられます。あるいは、異議申立しても登録維持の結論が出されることも当然あるでしょう。このような場合は無効審判で争うことになりますが、そのぶんコストが掛かりますし(ダブルで掛かる上に無効審判の方が高い)、無効審判は利害関係人しか請求できなくなったため、単に「競合他社の特許を潰したい」というケースでは請求できないことが多くなると予測されます。つまり、これまでは無効審判で争っていたケースも、今後は限られた期間で、異議申立一本で争わざるを得ないものがたくさん出てくるのです。

このような事態に備えて、出願段階から競合他社の特許出願情報をチェックし、出願状況をウォッチしておくことが重要になってきます。弊所ではそのような他人の特許出願を探しすお手伝い、そして、審査状況を定期的にモニターしてご報告するサービスを提供しておりますので、是非お気軽にお問い合せください。