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『フランク三浦』商標についての記事が読売新聞&朝日新聞に掲載されました

『フランク三浦』問題について、5月17日に、私の記事が読売新聞オンライン版・深読みチャンネル内に掲載されましたのでご紹介いたします。

また、朝日新聞にも同問題について解説が掲載されました。こちらはコメントを提供したのみですが、同内容が新聞紙(夕刊)にも掲載されました。

基本的には記事に書いてあるとおりなのですが、多少解説を加えておきます。

事の発端は、『フランク三浦』というパロディ商品があり、これを製造・販売する会社(株式会社ディンクス)がこの商標を登録したところ、本家フランク・ミュラーが怒って無効審判を請求したことにあります。特許庁は商標登録を無効とする審決を出しましたが、ディンクス側はこれを不服として出訴(知財高裁に審決取消訴訟を提起)。知財高裁は、特許庁の判断を覆し、商標登録を維持する旨の判決を出しました。

本件の問題意識は、このようなパロディ商標の登録を認めていいのかというところにあります。何件か取材や問い合わせをいただいたのですが、そのほとんどが「パロディ商品を販売できる基準は何か」という内容でした。しかし今回は、そんなことは争われていませんし、判断もされていません。まずはここを明確にすることが重要です。

そこでパロディについて、知財法の観点から検討したわけですが、実は「パロディ」という概念にはあまりに多くのものが詰め込まれていて、まずはここを明確にしないと議論が錯綜します。記事執筆にあたり調べものをしている中で、本当に「パロディ」という側面から知財法上の問題を検討することが正しいのかという疑問すら持ちました。

そもそもパロディとは、著作権の世界で問題となるものです。例えば他人の絵画や写真を利用して、それに風刺的な意味を込めて新たな著作物を創作する行為などが問題になります。つい最近目にした例では、東京オリンピック招致にまつわる不正送金問題を揶揄する以下の画像などがこれに当たるでしょう(オリンピックエンブレムを1万円札で模しています)。

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なお、本画像は実際のタイム誌の表紙ではなく、それを模したコラージュ画像であるようです。そうすると、エンブレムの著作権についてはパロディが許されるとしても、タイム誌の表紙デザインの著作権については、別に議論する必要があるかもしれません。

このような創作行為は、著作権法上の翻案(場合によっては複製)に該当することがあるでしょうし、同一性保持権を侵害する可能性もあります。しかし同時に、表現の自由の観点から、これをできるだけ認めるべきともいえるわけです。

この点については、著作権法では、他人の著作物を利用(※この文脈では必ずしも著作権法上の「利用」や「使用」を指すわけではありません)して新しい著作物を創作した場合は、二次的著作物として別個に保護されることになっています。ただし、元の著作物の著作権を侵害することになるので、原則として権利者の許諾を得なさいというバランスの取り方をしています。

これに加えて、上記のようなパロディには、社会的・政治的な問題に対する思想や主張が表されている場合があります。このようなものには、特に表現の自由を厳格に守るべきとして、その制限により慎重な判断がなされるべきであり、この観点からパロディが問題になるといえます。すなわち、一般的な二次的著作物の中で、社会的・政治的な風刺を含むパロディについては、許諾がなくても、より許されやすい場合があるかもしれないのです。

このような観点からパロディの可否が議論されてきたわけですが、時代の変遷とともにその対象が広がっていき、社会的・政治的な要素を含まないものでもパロディなら許されるべきではないかという議論が、欧米を中心になされてきました(そしてそれを認めるべきという大きな流れがあったように思います)。

日本の著作権法では、パロディについての特別の規定はありませんし、判例・裁判例を見てもパロディだからどうという判断はされづらいようです。つまりパロディだからといって特別扱いせず、通常の著作権侵害事件と同様の基準で判断すればいいとされているように思われます。社会的・政治的な表現はパロディ以外のものでもなされることを考えると、それも妥当かなという気はします。

また日本特有の問題として、二次創作(いわゆる同人誌)という文化もあります。これも広い意味でパロディに含められますが、個人的には、パロディだから許されるとか、そういう議論には馴染まないように思います。主にファン活動の一環としてなされるものでしょうから、ファンの間、及び著作(権)者や出版社を含めた関係者の間の問題として考えればよいように思います。ただしクールジャパンのように国家戦略としてこれを推奨していくというならば、何らかの法的手当は必要かもしれません(この点についてはいずれ別稿で)。

このように、著作権の世界ではパロディは「表現の自由」という重要な人権と関わる問題であり、安易に制限してはならないという考えに説得力があるのですが、商標の世界では必ずしも同じではないように思います。

例えば今回のフランク三浦の腕時計、あれを販売することを「表現の自由」の観点から認める必要があるかというと、そんなことはないと思います。「フランク三浦」は、ギャグ目的だとはいえ、「フランク・ミュラー」という商標の周知・著名性を利用したブランドであることは明らかです。仮に世の中に「フランク・ミュラー」が存在しなかったら、「フランク三浦」の時計は同じような売上げや利益を出すことはできなかったでしょう。

一方でこのような利用のされ方をしてもフランク・ミュラー側にはほとんどメリットはないでしょうから、端的に、フランク三浦はフランク・ミュラーの周知・著名性にただ乗りして利益を得たといえます。これを日本という国で社会的に認めていいのかという議論がまずあるわけです。フランク三浦が単なるフランク・ミュラーの模倣品ではなく、独自の製品を開発・製造・販売しているとしても、それを凌駕する利益を「フランク・ミュラー」の周知・著名性から得ているならば、この点を日本国民としてどう考えますかという問題なわけです。

念の為ですが、日本の知的財産法の世界では、他人の先行投資などに「ただ乗り」すること自体を禁止してはいません。すなわち、ただ乗りしている=違法とはなりません。この点は重要なのですが、意外と勘違いされています。

例えば特許の世界では、出願された技術内容は、一定期間経過後に特許庁により強制的に開示されます。その情報を利用して、他社は新たな技術を開発するわけです(技術の累積的進歩)。これも他人の先行投資へのただ乗りといえますが、特許法ではこれを禁止するどころか、これこそが特許法の真の目的です。ただ乗りだからダメとはいえない好例でしょう。

商標や標章の世界では特許のような累積的な進歩という概念には馴染まないのですが、それでもただ乗りしたら即アウトとはなっていません。商標法では、ただ乗りした上で、本家と出所の混同をきたす程度に類似していたらアウトということになっていますし、一見するとただ乗りそのものを禁止しているように見える不正競争防止法2条1項2号も、結局は他人の商品等表示を希釈化する程度に類似していたらダメだといっています。このように、ただ乗りした上で、各法律(条文)が目的とする違法性を備えるものが禁止されるというのが日本の法律の枠組みなので、ただ乗りかどうかだけを議論しても不十分だということには注意が必要です。

ということで、フランク・ミュラーの周知・著名性に、言い換えればフランク・ミュラーのこれまでの巨額の投資にただ乗りをして、自らは利益を得る一方、フランク・ミュラーのブランド価値を下げてしまうかもしれないフランク三浦時計の存在を、日本国民はどう位置づけますかということを考えなければいけないわけです。(もっともこの点は(すなわちフランク・ミュラー商標の侵害をするかについては)争われていないので、議論しづらいかもしれませんが。)

今回は、このような問題に加えて、『フランク三浦』の商標登録を許すかどうかが争われたわけです。仮にフランク三浦時計の販売を許すとしても、商標登録はやりすぎだという意見もあるでしょう。『フランク三浦』が商標登録されるということは、フランク三浦は自らが他人の商標の模倣でありながら、自らの模倣を排除する権利を持つということを意味します(※もっともフランク三浦は模倣であっても本家とは商標非類似と判断されているので、類似商標の使用を排除することを同列に語ることはできないでしょうが)。個人的に問題だと思うのは、『フランク三浦』が商標登録されることによって、フランク・ミュラー側は『フランク・ミュラー』商標と類似する商標の一部の使用が制限される可能性がある点です。すなわち、両商標の類似範囲の重複部分(禁止権同士がぶつかる範囲)は双方とも使用できないわけですから、フランク・ミュラー側が使用できる商標の範囲がその分狭まったといえます。

例えば、『フランクミウラ』なるカタカナの商標は両方に類似する可能性が高く、これまでフランク・ミュラー側は(積極的にこれを独占使用できはしないけれども)他人を排除することで自らが実質的にこれを独占的に使用できたわけですが、『フランク三浦』商標登録のおかげで今後はこれを使用できません。これは微妙な例ですが、より現実的な問題(例えば『フランクミウラー』の場合はどうか、など)が生じる可能性は否定できません。使いたければ最初から商標登録しておけばいいと言われたらそれまでなのですが、フランク・ミュラー側にそのような負担を強いるだけの合理性が『フランク三浦』の商標登録にあるのかは、検討されてもいいでしょう。

このように、パロディについては、

  • そもそも著作権の世界で問題になった(表現の自由の観点から認めるべきという価値があった)
  • その対象が徐々に広がっていき、表現の自由とは無関係の、商売(商標)の世界にまでパロディの問題が生じるようになった
  • パロディ商品の販売が商標法上許されるかという議論に加え、ついにはパロディ商標を登録して他者の排除を認めていいかが問題となるようになった

という流れで書いたのですが、伝わっているでしょうか。

本来ならば、パロディ商品の販売は許してもいいが、その商標登録までは認められない、という価値観があってもいいように思いますが、おそらく実務上(あるいは現行法制度上)、侵害の場面と登録の場面の商標類否判断の基準の差は、そこまで大きくないと思われます。特に今回フランク三浦判決で示されたような「取引の実情」の参酌がされるのであれば、両者の間の差はほとんどないと言っていいかもしれません。

審査段階における「取引の実情」の参酌については、近年特に広く解釈されているようで、批判的な意見もあるようです。本件のように需要者層が異なるという要素は他の事例でも比較的頻繁に採用されており、ある意味「取引の実情」の定番の要素ともいえるものですが、将来販売される商品によって需要者層の重複が生じた際には、無効理由の根拠となるのか、その部分は権利範囲から外れると侵害訴訟で判断されるのか、あるいは一切影響しないのか、よくわかりません。すなわち、将来需要者層が重複した場合、『フランク三浦』は『フランク・ミュラー』の商標権侵害となるのか、その際に『フランク三浦』商標登録の存在はどうなるのか、不明です。

このようにいろいろ微妙な点を含んだ本件ですが、数少ない「パロディ×商標登録」の事例に重要な1つとして加わることは間違いないでしょう。朝日新聞で引用してもらった「フランク三浦は本気でパロディーをした」という表現はいくらかエキセントリックに聞こえるかもしれませんが、結局は独自の商品として需要者を開拓していったことで独自のブランドとして評価された、という意味です。本件で単なる模倣品とパロディとの差異を見出すとすれば、ここが最も重要なのではないでしょうか。

余談ですが、朝日新聞も読売新聞も、 Parody は「パロディー」なんですよね。私の感覚では「パロディ」なんですが、おそらく前者が正しいのでしょう。

これは表記ゆれと呼ばれる問題で、翻訳などをしてるとかなり頻繁に直面します。私は基本的には伸ばさないようにしていて、「スター」や「タブー」など明らかにおかしくなる場合のみ伸ばすようにしています。結局は好みの問題なのでしょうが、伸ばすかどうかだけで商標の類否判断に影響する事例が少なからずあることを考えると、少なくともブランド名ではこのあたり気を配った方がいいのでしょう。

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OEM・ODMと知的財産

最近は中国の工場に小ロットで製造を依頼できるようになったため、個人レベルの方でも工場と直接取引きをしてオリジナル商品を製造する例がかなり増えました。

それは良いことなのですが、そのような商品を製造し、日本に輸入して、いざ販売するという段階で「この商品を販売しても法的な問題がないか教えてください(しかも無料で)」という問い合わせが結構あります。このようなお問い合せをfacebookなどの個人メッセージでいただいても対応できないので閉口しているのですが、それ以前に商売の進め方として問題があります。

多くの方は「これはOEM生産なので大丈夫だと思いますが、念の為専門家の意見を聴かせてください」などと仰るのですが、OEMであることと他人の知的財産権侵害をするかどうかは、基本的には関係ありません。

まずは用語の定義を明らかにすべきですが、OEM(Original Equipment Manufacturing)とは、自社で開発した商品を製造するときに、製造能力がないとか足りないなどの事情により、製造部分だけを他社に委託する製造方法をいいます。

他社工場で製造するものの、商品開発自体は独自に行うため、製造するのは当然オリジナル商品となりますし、商品には自社のブランド(ロゴなど)を入れることになります。製造にあたっては設計図や技術情報を製造業者に提供しますし、技術指導をしたり人員を供与することもあります。

また、ODM(Original Design Manufacturing)という製造方法もあります。これは製造を受託する工場側が商品のデザインまでを開発するケースで、そのデザインに自社のブランド(ロゴなど)を入れた商品を工場に製造させます。

私に問い合わせのあるケースの多くは、アリババで工場を探してそこに製造委託し、商品に自社の商標を印刷等しています。アリババでは通常、工場側が製造できる商品を写真付きで公開しているので、発注者は数量を指定してその商品の製造を委託します。その商品に自社のロゴなどを入れるか、せいぜい多少のデザイン変更をする程度の改変をするのみで、基本的には工場側が提示した商品をそのまま製造します。このような製造方法がOEMなのかODMなのかは難しいところですが、発注者側が商品開発にほとんど寄与していないことを考えると、ODMに分類するのがよいと思われます。

さて、こうして中国の工場を利用して自社ブランドの商品を簡単にODMできる時代になったわけですが、そのような方法で製造した商品も、単に中国商品を転売する場合と比べて、知的財産権侵害をするリスクはほとんど変わりません。これは上記の説明でおわかりいただけると思うのですが、独自に発注し製造させているとはいえ、その骨格は中国の工場が開発した商品にほとんど手を加えずそれを製造、輸入し、日本で販売するからです。中国で仕入れられる商品のほとんどが偽物であるという話を以前しましたが、アリババに出ている商品も中国工場がどこかの商品を模倣したものですから、それを自社のブランドの商品として製造させる方法も、同様にほとんどが偽物を製造していることになります。

このような偽物の製造方法が蔓延している原因には、「オリジナルを少し改変すれば偽物ではなくなる」という誤った認識があるものと思われます。知的財産の世界では、他人の権利内容を少し改変すれば権利侵害とはならない、とはなっていません。例えば意匠権や商標権は、登録された意匠や商標と類似する意匠や商標まで権利が及ぶので、多少の改変をしても権利範囲に入ったままのケースが多くあります。また、権利範囲から外れるよう大きな改変をした場合は、別の権利の権利範囲に入ってしまう可能性があります。法的な構成はともかく、特許権や実用新案権、著作権、あるいは不正競争防止法でも事情はほぼ同じです。結局、少し改変したしたかどうかではなく、自分が製造・輸入・販売する商品が他人の知的財産権を侵害するかどうかを確認することが重要なのです。

実際に、従来のOEMまたはODMでは、製造に入る前にこのような調査をすることが常識です。例えばアップルはほぼ100パーセントの商品をOEMしていることで有名ですが、開発段階で世界中の知的財産権の調査をしているはずです。また、多くの日本企業も中国の工場と提携してOEM生産をしていますが、やはり開発段階、少なくとも製造前にはこうした調査をすることが常識です。弊社にご依頼いただく調査も、当然ほぼすべてがこのような段階で行うものです。そのような前提のもとに日本で流通する中国商品の品質や合法性が保たれているのであって、単にアリババで発見した商品をOEM/ODMした商品について同列に語ろうとすることはできません。

その意味で、販売前に違法性の調査を依頼してくる人は一見正しいのですが、いかんせん「オリジナルを少し改変すれば偽物ではなくなる」という考えのもとに既に商品を製造し、日本に輸入までしてしまっているので、もはや権利侵害を議論すべき段階をかなり過ぎてしまっていることになります。本来ならば製造に入る前、商品の開発段階でそのような検討すべきでしたが、自社で開発をしていないので検討することができなかったのでしょう。そもそも販売直前の段階で調査を依頼し、販売NGの調査結果が出た場合はどうするつもりなのでしょうか。「多少改変しているのだから法律上問題ない」という前提がそもそも誤っているので、せめて発注する前にご相談いただきたいものです(それでも無料でアドバイスできる範囲は限られてしまいますが)。

なお、アリババなどのネットを用いず、中国の工場に直接サンプル(他社商品)を持ち込み、それの類似商品を製造するよう交渉するやり方は昔からありますが、これが単に偽物を製造しているということはいうまでもありません。特に最近はそうして製造した偽物を日本のネットで誰でも簡単に販売できるため、日本人による偽物のOEM/ODM生産はますます増加しています。ネット上で自社商品の偽物が販売されていることを発見したら、すぐに専門家に相談されることをお勧めいたします。

東京五輪エンブレム問題の続報

先日「東京五輪エンブレム問題について考える」という記事を書いたところ、予想以上の反響がありました。

その後ロゴの創作者である佐野研二郎さんが会見を開かれたので、その内容を踏まえて続編を書いてみます。

会見の様子(動画)

さすがデザインの専門家、説得力があります。細かい説明は動画や記事を参照いただくとして、「要素は同じものがあるが、デザインに対する考え方が違うものでまったく似てない」という意見には着目する価値があります。

実はこの「一部の要素は同じだが、コンセプトが異なる」点については、ベルギーのロゴを作ったドビさんも同じ考えを持っているようです。現段階でソースがありませんが、昨日のニュースでそのような発言をしていました。類似する内容の記事がありました。

ドビさんの主張は、コンセプトは異なるが、自分のロゴには著作権がある、佐野さんのロゴは自分のロゴと類似するのだから、著作権侵害となる、という趣旨だと思われます。しかしこれは、少なくとも日本の著作権法の観点からはあまり説得力がありません。

著作権

前回の記事でも書きましたが、佐野さんのロゴを使用するとドビさんのロゴの著作権を侵害するといえるには、

  1. 佐野さんがドビさんのロゴを知った上でそれを利用してロゴを作成し(依拠性)、
  2. 結果として佐野さんのロゴがドビさんのロゴに類似する(=佐野さんのロゴがドビさんのロゴを変形した新しい著作物である)(類似性)、

といえることが必要です。

依拠性

つまり、そもそも佐野さんがドビさんのロゴを知らなかったのであれば、著作権侵害の前提(正確には要件のひとつ)を欠くことになり、著作権侵害をすることはありません。これはワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件(判昭和53 年9月7日)という裁判で最高裁により判断が示されたもので、それ以降これに基いて訴訟実務が行われています。

そして、この依拠性は、著作権者側、すなわちドビさんが立証する必要があるとされています。

佐野さんはベルギーには行ったことがなく、これまでにドビさんのロゴを見たことはないと言っています。それが正しければ、上述の通り著作権侵害とはならないのですが、問題はそう単純ではありません。

現実問題として、ドビさんが、「佐野さんがドビさんのロゴを知らなかったこと」を証明するのは極めて困難です。これは常識でわかると思います。他人が何を知っているか(知らないか)など、それこそわかりません。

そこで訴訟実務では、著作物が類似している(類似性を満たす)場合は、依拠性ありと推認して、立証責任を被告に転嫁することが多いようです。つまり、佐野さんが「創作時にドビさんのロゴを知らなかった」ことを証明することになります。

ところが、一般にはこれも困難です。いくら自分のこととはいえ、佐野さんは自分がロゴを知らなかったことを証明することはそう簡単にはできません。知っていた場合でさえ証拠が残っていないケースも多いでしょうから、知らなかった場合の証明はその何倍も大変でしょう。

そこで訴訟実務では、佐野さんが創作時(創作前)に先行するロゴをどれだけ調査したかを証拠として提出して、十分な調査をしたかを見ることにしています。もし訴訟になれば、佐野さんは「こういう範囲の資料を参照した(がその中にドビさんのものはなかった)」ことを証明することになると思われます。

なお、それならJOCが事前に商標調査をしたと言っているんだから、その調査資料が使えるはずという指摘があるようですが、おそらくそれは理論的に不可能です。

商標調査は通常調査対象となる商標が存在する前提で行います。つまりロゴが完成してから調査したのでしょう。

一方で著作権侵害における依拠性の調査は、創作前に他人の著作物をどれだけ調べたか(結果として知っていたか)を証明するためのものです。なので、創作後にした調査は依拠性の証明においては価値がないと思われます。

無方式主義の限界

したがって、ドビさんが主張するように、「どのようにしてロゴを思いつかたか(=ロゴのコンセプト)は関係なく、結果として似ているから著作権侵害だ」ということにはなりません。日本の著作権法では、まずどのようにしてロゴを思いついたかが重要なのです。ドビさんのロゴを知って真似したことが必要で、その上でロゴが似ている場合に初めて著作権侵害となります。

一方で、特許権や商標権などの産業財産権では、それらの権利の存在を知っていたかどうかは関係なく、結果として権利範囲の内容を実施や使用すれば権利侵害となります。これは、産業財産権が登録及び公開という過程を経るのに対して、著作権では一切の登録、特に公開がないことに起因しています。

商標権などの公開があるものは、商売をする以上公開情報を調査して権利侵害しないように注意する義務があるという価値観に基づいています。なので結果として類似してしまったものでも、権利の調査をしなかったことに落ち度があるので法的な責任を追うことになります。

しかし著作権は公開されないため、専門家であっても他人の権利を事前に調査することは容易でないことが多いです。そこで、他人の著作権の内容を知って敢えて模倣した場合に限って権利侵害するとしているのです。著作権者には厳しいと感じられるかもしれませが、そうでないといつ他人の著作権を侵害してしまうかわからず、怖くて誰も表現できなくなってしまいます。

類似性

前回の記事でも書いた通り、そもそも佐野さんのロゴはドビさんのロゴを翻案したものではないと思われます。

ドビさんのロゴは、ざっくりいうと中心の長方形と、左上及び右下の三角形様の図形、お世び外縁を定める円から構成されます。どの構成要素も基本的な図形ですが、これらの組み合わせ及び配置に表現上の特徴があるため、著作物足りえるものと思われます。

佐野さんのロゴは、これらの構成要素のうち、中心の長方形と、左上及び右下の三角形様の図形の組み合わせ及び配置において共通するか、少なくとも類似します。逆にいうと、それら以外のすべての構成要素はすべて佐野さんの独自の表現です。佐野さんのロゴには、右肩に赤い円という新規要素が追加されており、逆に外側の円は採用されていません。

ドビさんのロゴのように基本的な図形のみで構成される著作物は、それらの組み合わせや配置、配色などの大部分が共通するときに限り翻案となります。つまり、構成要素がありふれた図形の場合は、権利範囲は非常に狭くなるわけです。

ドビさんの主張は、下記の構造を含むあらゆる図形は、その用途に限らず常にドビさんの著作権を侵害すると言っているようなものですが、それは認められないでしょう。

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例えば小説などの文章の場合は、そのうちの一部分(例えば一章)が他人の著作物と類似していれば、その部分のみを切り取って著作権侵害を議論できます。

しかし図形の場合は、その一部の構成要素のみを抽出して著作権侵害を議論することは、一般にはナンセンスです。図形は全体でひとつの図形だからです。

佐野さんのロゴは、ドビさんのロゴと構成要素の一部が共通しますが、新たな構造が追加されるなど、全体としてドビさんのロゴとは類似しない別の表現と評価できるため、ドビさんの著作権を侵害しないと考えるべきと思われます。

なお、佐野さんの会見では、三角形様の図形が長方形に接しているかいないかという差異にも触れられているようです。たしかにこれにより両者の印象は異なるものになっているように思われます。また、ドビさんは書体が同じであると主張していましたが、佐野さんの説明では異なる書体のようです。そもそも共通する文字がTの一文字しかないので書体が類否判断に与える影響はそれほど大きくないと思いますが。依拠性の議論に影響する部分なので、この事実は意外と重要かもしれません。

意匠権

ところで前回記事に対して「五輪+エンブレム+意匠」というキーワードからの流入がいくつかあったのですが、これは問題となる意匠権の存在が指摘されていない以上、議論する価値はないと思われます。

そもそもロゴと意匠はあまり相性がよくありません。たしかに意匠法上の物品の形態には商品の模様も含まれるので、ロゴが意匠登録できないわけではありません。ただし意匠とはある物品の美的な外観ですので、そのロゴが物品の外観と密接不可分な特殊なケースに限って意匠登録する価値があるといえます。例えばロゴの形そのものをキーホルダーにする場合などは、意匠登録する意義があるかもしれません。物品の形状は複数選択できるがそれにロゴを付すような場合は、意匠権でなく商標権での保護を模索することになるでしょう。

特許出願前に出願されている奇妙な事例

特許庁から「出願指令」に分類される書類が届きました。

書類名自体は「手続補正指令書(方式)」とよくあるものだったのですが、発送目録の起案種別が「出願指令」となっていてました。

特許出願をして初めて出願事件が特許庁に係属するわけですから、出願する前に特許庁から「出願しなさい」という書類が届くことは通常考えられません。

不審に思って特許庁に確認したところ、以下の特殊なケースに限って、特許庁から出願の催促があることがわかりました。

そのケースとは、

  1. 日本語でされた国際特許出願(PCT由来の出願)であって、
  2. 日本国特許庁を指定官庁として出願されたもの、

である場合は、国内書面を提出していなくても、なかば日本への移行が完了しているような状態になるようです。

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たしかに、日本を指定国に含む国際出願(PCT出願)は、国際出願日が確定すれば、日本国特許庁に対してなされた特許出願とみなされます(特184条の3第1項)。

そして、国内書面提出期間に国内書面が提出されない場合は、補正が命じられることがあります(特184条の5第2項第1号)。

だからといって、国際特許出願すべてにこのような補正指令が出されるわけではありません。例えば当所では外国人の国際特許出願が日本に国内移行する出願を代理することが多いのですが、もし国内書面提出期間に国内書面を出し忘れたら、もはや国内移行できなくなり、日本での権利化ができなくなると思われます(実は後述するようにそうでもないのかもしれないのですが、そんな経験は当然ないのでわかりません)。

なぜ日本語特許出願で日本国特許庁を指定官庁とした場合のみ補正指令が出されるのか。肝になるのは、この条文だと思われます。

第184条の6第2項
日本語でされた国際特許出願(以下「日本語特許出願」という。)に係る国際出願日における明細書及び外国語特許出願に係る国際出願日における明細書の翻訳文は第三十六条第二項の規定により願書に添付して提出した明細書と、日本語特許出願に係る国際出願日における請求の範囲及び外国語特許出願に係る国際出願日における請求の範囲の翻訳文は同項の規定により願書に添付して提出した特許請求の範囲と、日本語特許出願に係る国際出願日における図面並びに外国語特許出願に係る国際出願日における図面(図面の中の説明を除く。)及び図面の中の説明の翻訳文は同項の規定により願書に添付して提出した図面と、日本語特許出願に係る要約及び外国語特許出願に係る要約の翻訳文は同項の規定により願書に添付して提出した要約書とみなす。

本来この条文は、日本語特許出願の明細書等は、国内段階では特許出願の明細書等とみなされるという、国際段階と国内段階の明細書等の対応を定めるものです。

ところが見る角度を変えると、この規定のおかげで、日本語特許出願の場合は、国内段階で必要な書類は国際段階ですべて揃っているとも捉えられます。あとは料金を納付して、国内書面を提出すればよいだけです。特184条3第1項により、日本語特許出願はそのまま日本国内の特許出願とみなされるわけですから、特184条の5第2項に基いて欠けている書類を提出しなさいという補正指令を出すことは、特段不思議ではありません。

そこで特許庁では、日本国特許庁を指定官庁としてなされた日本語特許出願について、国内書面提出期間を経過しても国内書面が提出されない場合、国内書面と料金納付が不足する方式違反として取り扱い、補正指令を出す運用にしているものと思われます。

特184条の5第2項は、「手続の補正をすべきことを命ずることができる」という任意規定になっていますから、特許庁長官は別に補正を命じずにいきなり却下しても構いません。そこで補正指令を出すのを日本国特許庁を指定官庁とする場合に限定しているのですが、これは必要書類が確実に入手できるからだと推測されます。

この補正指令を受け取ってから30日以内に国内書面を提出し、料金を納付すれば、国内処理基準時までに手続きをしていなかったとしても、問題なく国内移行できます。

ところで弊所では、この書類を受け取ったのは初めてです。弊所にはそもそも外国から入ってくる特許出願が多いという事情もあるのですが、おそらくこのようなケース自体が非常に珍しいのだと思います。

なぜならば、この書類が発せられるのは、

  1. 国際特許出願を日本語で行い、
  2. 日本国特許庁を指定官庁として、
  3. 日本を指定国から除外しておらず、
  4. 日本で国内移行期限までに国内書面を提出していない

という要件をすべて満たす場合に限られますが、そういう機会はなかなかありません。

国際特許出願を日本語で行うのは、ほぼ日本人(日本企業)のみでしょう。共願の場合は少なくとも一人は日本人がいるはずです。そのような国際出願が日本国特許庁を指定官庁とすることには、疑問はありません。

しかし、わざわざ日本語で明細書を書いたのですから、日本に基礎出願がない場合は、通常は日本を指定して、期限までに国内書面を提出します(第4要件を満たさない)。

あるいは、日本に基礎出願がある場合は、(基礎出願は国内優先権の基礎とみなされ取下擬制されてしまうので、)日本を指定国から外します(第3要件を満たさない)。

改良発明などで基礎出願があっても日本を指定する場合は、やはり期限までに国内書面を提出するので、補正指令は発せられません(第4要件を満たさない)。

結局、このような補正指令が発せられるのは、日本語明細書で国際特許出願をしておきながら日本には移行しない特殊な場合か、国内書面を提出し忘れてしまった場合くらいしかなさそうです(今回は当然前者でした)。

ただ考えてみると、一部の出願人にはそれほど珍しいわけではないかもしれないという気がしてきました。例えば通常の(PCTでない)出願をした場合、審査請求をせず出願を取下擬制させることはよくあります。特に大手日本メーカーの場合は、出願から3年間で開発の方針が変わったとか、もともと防衛出願が目的だったので出願公開されれば十分だとか、いろいろな理由で審査請求をしない=その出願の権利化を目指さないという選択をすることは珍しいことではありません。

本件のようなケースでも、基礎出願をせずいきなり日本語で国際特許出願をした場合は、国際出願日から30ヶ月(2年半)が経過する段階で国内移行せず日本での特許化を目指さないという判断は当然あるでしょう。大手日本メーカーでは、この書類をもらうことはたまにあるのかもしれません(なおこの補正指令は国内段階の代理人がまだいないため出願人に直接送られます)。

それでは、外国語でされた国際特許出願で、日本国特許庁を指定官庁としてなされたものの場合はどうなるのでしょう?

ここで肝となる条文は、これだと思われます。

特許法第184条の4第3項
国内書面提出期間(中略)内に(中略)請求の範囲の翻訳文の提出がなかつたときは、その国際特許出願は、取り下げられたものとみなす。

つまり、国内書面提出期間期間内に翻訳文を提出しておかないと、せっかく日本の特許出願とみなされた(特184条の3第1項)国際特許出願も取下擬制されてしまうので、その後国内書面を出してももう遅いのです。

まとめると、

  • 日本語特許出願の場合は、国内書面が出されていないと、特許庁長官は補正指令を出すことができます(特184条の5第2項)。補正がなされない場合は、出願を却下します(特184条の5第3項)。補正がなされれば、出願は問題なく継続します。
  • 一方で外国語特許出願の場合は、国内書面及び翻訳文が提出されていないと、国際特許出願は取下擬制されてしまいます(特184条の4第3項)。取下擬制されてしまったものは復活の余地がないので、特許庁長官は補正指令を出しません(特184条の5第2項は任意規定)。

このような違いがあるため、特許庁では「日本語特許出願」の場合のみ、補正指令を出すようにしているのだと思われます。

ただし、外国語特許出願の場合、国内書面よりも先に翻訳文を提出することは、条文上は可能なはずです。その場合は出願が取下擬制されることはないため、日本語特許出願の場合と同じ事情になると思われます。しかし特許庁の説明では、外国語特許出願の場合は、日本国特許庁を指定官庁としていても、補正指令は出さないとのことですので、両者はどこかが違うのだと思います。もしかしたら国内書面よりも先に翻訳文を提出することはできないのかもしれません。そんなことはやったことがないので実際どうなのかはわかりませんが。どなかた詳しい方がいらしたら是非答えを教えていただきたいです。

個人輸入と知的財産権侵害

いわゆる個人輸入という輸入態様があります。個人輸入では、商標権などの知的財産権侵害物品であっても輸入できる(少なくとも特許庁及び税関では知的財産権を侵害しないので輸入できると解釈している)ことになっています。それでは、この法的な根拠は何なのでしょうか。

特許・実用新案・意匠の場合
個人輸入とは

そもそも個人輸入という用語は、法律用語ではありません。法律のどの条文を読んでも、個人輸入という単語は出てきません(たぶん)。なので、法律家は、「いわゆる個人輸入」などという言い方をします。

個人輸入の定義は、おそらく業として行わない輸入ということになると思われます。これは知的財産権の効力の定義から導かれるものです。

例えば特許法第68条には、特許権の効力がこう規定されています。

特許法第68条
特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。(後段省略)

実施には輸入行為も含まれるので、つまり、業として輸入しなければ、特許権侵害とはならないことになります。

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「業として」の輸入

ここで、業としてとは、広く事業としてという意味であり、営利性・反復性は問わないと解されています。民法系(特に消費者契約法など)の勉強をされた方はまったく逆の内容を教わったと思いますが、少なくとも特許の世界ではこうなっています。

そうすると、事業として行わない輸入は特許権を侵害しないことになり、このような輸入態様を個人輸入と呼んでいます(特許権侵害をしない輸入態様が個人輸入なのか、個人輸入が特許権侵害をしないのか、一見するとトートロジーのようですが、両者は同義です)。

そして、これは特許権、実用新案権、意匠権について同じ解釈となっています。つまり、特許権、実用新案権、意匠権の内容を実施する商品でも、事業として輸入しなければ、権利侵害とはならないのです。

上述のように営利性や反復性は必要ではないので、たった1回であっても、あるいは病院や学校などの非営利事業であっても、事業として輸入する限り個人輸入にはならない点に注意が必要です。

商標の場合
商標法における「業として」

しかし、商標法では少し事情が異なります。商標権の効力は、商標法第25条に規定されています。

商標法第25条
商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。

商標法では、特許法とは異なり、業として使用する権利を専有するとはなっていません。これはなぜかというと、そもそも商標の定義に業としての要件が入っているからです。

商標法第2条第1項
この法律で「商標」とは、(標章のうち、)次に掲げるものをいう。
一 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの

このように、商標法では、「業として商品を生産・証明・譲渡する者が使用する標章」を商標と定義しています。そして、商標は長年に渡り使用され続けることで信用が積み重ねられるという性質があるため、商標法にいう「業として」とは、一定目的のために反復継続的に行う行為をいうと解釈されています。ただし商標法でも、特許法等と同様、営利目的は要求されていません。

誰が業として標章を使用するのか?

では、輸入においては、業として(=反復継続的に)標章を使用するのは、商品を「生産する者」「証明する者」「譲渡する者」の誰なのでしょうか?逆にいうと、個人輸入では、誰が業として標章を使用しないので商標法上の商標ではない(故にそれを使用しても商標権侵害とならない)のでしょうか?

これは、「いずれにも該当しない」が正しいのだと思います。

輸入は商標法上の「使用」に該当します。しかし個人輸入の場合は、標章を使用する者(=輸入者)は、商品を生産・証明・譲渡のいずれもしません。よって個人輸入の場合には、標章は商標ではないのです。商標でないのですから、輸入行為が商標権侵害になることはない。そういう構造なのだと思われます。

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何かがおかしい・・・?

しかし上記の解釈はかなり強引で、感覚的に受け入れがたいものとなっています。

なぜならば、この解釈によれば、同じ商品に付された標章でも、それが輸入後に業として譲渡される場合は商標であるが、業として譲渡されない(orそもそも譲渡されない)場合は商標でないことになってしまいます。

例えばカバンにGUCCIの標章が付されている場合に、輸入後に業として譲渡されるならばそのGUCCIは商標であるが、業として譲渡されないならば商標でないというのは、感覚的に理解しづらいでしょう。

また、例えば業として譲渡しない(GUCCIは商標ではない)ものを、その後業として譲渡するようになった場合(GUCCIは商標である)、同じ商品に付されている標章が商標になったりならなかったりすることになり、かなり無理があるように思います(このような場合に過去に遡って輸入行為を商標権侵害とすることには実効性がなく意味がありません)。

そもそも、輸入後に譲渡されることを前提に、譲渡に先だって行われる輸入行為の侵害性が決定されるのは、法律構成としてもどこかおかしいように思われます。

さらには、この解釈では、輸入の場合と輸出の場合で矛盾が生じてしまう点も問題です。例えば海外ECサイトでGUCCIのカバンを購入したとします。海外からEMSで個人輸入しましたが、届いてからそれが偽物であることに気付きました。

この場合、そのカバンは業として譲渡されないので、カバンに付されているGUCCIは商標ではありません。よって当然商標権侵害もないので、税関で止められることもありません。

しかし、偽物を外国の売主に返送しようとすると、税関では偽物の輸出としてそれを止める運用をしています。つまり輸出段階ではGUCCIは商標だと税関は捉えているわけです。輸入と輸出の間にどのような差があるのか、よくわかりません。

※ご参考(税関Webサイト
コピー商品の返送
Q.コピー商品を海外へ返送することは可能でしょうか。
A.権利者が同意のうえ、経済産業大臣の承認を得れば返送することが可能な場合もあります。
法改正への期待

このようにあまり納得できない解釈ですが、少なくとも特許庁と税関では、これを採用していると考えられます。

実は以前この点を税関に問い合わせたことがあるのですが、税関では以下の特許庁の見解を参考にしているとの回答でした。

本事例集の7ページには、以下の説明があります。

商品又は商品の包装に商標が付されたものを輸入する行為は商標の使用(商標法第2条第3項第2号)に該当します。商標とは、業として商品を生産し、証明し、若しくは譲渡する者等によって使用される標章をいい、「業として」とは一般に「反復継続的意思をもってする経済行為として」といった意味と解されているため、反復継続的意思をもってする経済行為として商品の譲渡等を行う者が偽ブランド品を輸入して商標を使用する行為は、商標権侵害となります

「…商品の譲渡等を行う者が…輸入して商標を使用する行為」とあるので、やはり「業として」の主体が輸入者であることを示していると考えられます。

このような無理のある解釈に頼らず、法改正をして、商標法でも商標権の効力の規定に業要件を入ようと考えるのが自然だと思います。産構審でそのような法改正の議論がされていました。

これの11ページ以降に、法改正する場合の条文案があります。

商標法第2条第1項(案)
この法律で「商標」とは、(標章であつて、)商品又は役務を識別する目的で用いられるものをいう。

として商標の定義から業要件を除いた上で、商標権の効力を以下のように規定します。

商標法第25条(案)
商標権者は、業として指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。

私もこの方がすっきりすると思います。そもそもカバンにGUCCIの標章が付されていれば、誰が輸入しようがそれは商標でしょう。その上で、それを業として輸入する場合に限り商標権侵害となるとする方がよっぽどストレートです。諸外国でもこの規定ぶりのようですし、この改正の議論が進むことを期待したいところです。

裁判所の判断は不明

なお、上記はあくまでも特許庁や税関の解釈であって、裁判所がどう判断するかはわかりません。この点に関する裁判例等はないようなので、今後裁判所が独自の判断をする可能性は残されています。

少なくとも文言を素直に解釈する限り、現行の商標法では個人輸入は商標権侵害となると解釈するのが素直な読み方です*。いまは個人輸入を商標権侵害とすべきでないという価値観がまずあって、それを満たすために無理のある法解釈をしていると捉えるのが正しそうです。

* 商2条1項1号の「業として」は「商品を生産する者」に係ると解釈し、海外メーカーが付した標章はすべて商標であると考えます。そうすれば、それを輸入(商2条3項2号)する行為は、業としてかどうかにかかわらず、商標権侵害となります(商25条)
著作権の場合

著作権法では、産業財産権法と異なり、そもそも業として使用・利用という分け方をしていません。個人輸入については、以下の規定があるのみです。

著作権法第113条第1項
次に掲げる行為は、当該(中略)著作権(中略)を侵害する行為とみなす。
一  国内において頒布する目的をもつて、輸入の時において国内で作成したとしたならば(中略)著作権(中略)の侵害となるべき行為によつて作成された物を輸入する行為

このように「国内において頒布する目的」がある場合は、模倣品を輸入すると著作権侵害になります。

まとめ

知的財産法では、「家庭的・個人的実施にまで特許権の効力を及ぼすのは社会の実状から考えて行きすぎである(青本・特許法)」という価値観に立って、商用目的の輸入に限り違法とし、まったくの個人使用目的の輸入については違法性を問わないとしています。商標法の解釈は多少複雑ですが、いずれも条文から導かれるものです。

ところでこうした規定を悪用して、個人輸入であると偽って偽物を輸入し、ネットショップ等で販売する人が増えています。言うまでもなくこうした行為は違法です。商標権侵害として差し止めや損害賠償請求の対象となるのみでなく、通関時に税関からの指摘を受け、個人的使用の確認書などを提出している場合は、故意に知的財産権を侵害したとして、商標法などの知的財産法または関税法に基いていきなり刑事罰が適用される可能性もあります。

また商標については、たとえ1個でも反復継続的に販売する意思がある場合は個人輸入にならないため、輸入・販売すると商標権侵害となるので、注意してください。

知財調査の重要性 – 商品開発と知的財産 –

任天堂の岩田聡社長が他界されました。謹んでご冥福をお祈りします。

今日は同じ任天堂の横井軍平さんのインタビュー記事をご紹介します。

任天堂といえば、言わずと知れた日本を代表するゲーム機器及びゲームソフトのメーカーです。ファミコン、ゲームボーイ、Wiiなど大ヒットとなったゲーム機は数知れません。

上記記事中、横井さんはおもしろいことを話されています。

開発をするときに、他社のもっている知的財産権を侵さずにつくるって、ほんとうはものすごくむずかしいわけです。日本の電機メーカーなんかはお互いにそれがわかっているから、クロスライセンス契約なんかを結ぶ。

それ以前というのは、けっこうイケイケで、他者の特許や実用新案などを考えずにものをつくっていたような時代もあったわけです。企業の法務部にいた人がいってましたけど、昔の法務部というのは、開発部がむちゃくちゃをやるので、それの尻拭いをする、そのために外と戦うのが法務部みたいな部分があったと。

それがあるときから、知的財産権がうるさくなって、それを侵さないように監視する社内警察のような部署になってしまったと。180度やっていることの方向性が違ってしまったといっていました。

新しい商品を開発した、さあ販売するぞという段階で、実は他社の知的財産権(特許権や実用新案権、意匠権など)を侵害していると気付くケースは少なくありません。そうなるとそのまま商品は販売できませんから、仕様変更するか、ライセンスをもらうか、無効審判などで対象となる権利を潰すか・・・など面倒な手続きを強いられます。当然商品の販売時期が遅れ、機械損失が生じます。

販売前に気付けたらまだましで、販売後に権利者から指摘されて気付いた場合などは、訴訟対応など高額な費用が発生する可能性があります。

上記横井さんのお話は、天下の任天堂での経験談です。常に時代の最先端をいく商品を開発し続ける任天堂でさえ、新しい商品を作ると他人の知的財産権を侵害していることが多いと言っているのです。

これが他人の商品の模倣品だった場合はどうでしょうか。例えば、中国で製造され、流通する商品。

私はこれまでに、中国や香港で開催される展示会に数十回参加しました。もちろん住んでいる浙江省・義烏では、福田市場に数えきれないほど行きました。無数の中国商品を目にしてきましたが、中国メーカーが独自で開発した商品は、ほとんど見たことがありません。ゼロと言ってもいいかもしれません

中国で出会う商品は、ほぼ100%、模倣品です。日本や欧米など先進国のメーカーが開発した商品を真似た商品です。それをまるまるコピーするか、多少手を加えて変形させた商品。それしかないと思っていただいてOKです。

少し話が逸れますが、なぜこれほどまで模倣品が多いのかというと、そこには中国の商売の特徴があります。日本では「働く」というと、どこかの企業に就職することを想定するのが普通です。多くの場合は大企業に雇用されることを第一に考えますし、それ以降でもどこかの中小企業に雇用されるケースがほとんどです。

一方で中国では、人口に対して大企業がそれほど多くないこともあり、企業に就職することはいくつかある選択肢のひとつに過ぎません。企業に就職せずに、自分で事業を起こすことが日本よりもよっぽど盛んです。こうした中国の特徴は、13億総個人事業主(13億総老板)などと表現されることもあります。

つまり多くの商品が、家族経営のミニ工場で作られるか、そうした工場で作られた部品を中規模の工場で組み立てているだけなので、そもそも商品開発などしません。せいぜい売れている商品を買ってきて分解して似た商品を作ろうとするだけなのです。

さて、こういうわけで模倣品しかない中国市場ですが、もちろんすべての模倣品が他人の知的財産権を侵害するわけではありません。例えば既に権利が切れている技術・デザインや、そもそも権利が発生していないものもあります。あるいは、日本では特許権などを取得しているが、中国では権利がないため、中国の工場で製造・販売することは問題がないこともあります。

日本である商品を製造する人、あるいは外国で製造された商品を日本に輸入する人は、その商品が日本で、他人の知的財産権を侵害するかしないか、十分に調べる義務があります。特許法、実用新案法、意匠法、商標法、すべてにそう書いてあります。他人の権利を知らずに侵害した場合に、「そんな権利が存在するなんて知らなかった」という言い訳は通用しません。日本で商売する以上、それを事前に調べる義務があるのです。それがいまの日本という国の価値観です。

このような義務が課せられているにもかかわらず、中国製品を輸入する方の多くは、そうした調査を一切していません。つまり権利侵害をするかどうか、要は違法かどうかがわからない商品を輸入し、日本で販売しているのです。最先端の商品を開発する企業でさえ多くの商品が権利侵害をするのに、模倣品しかない中国商品を輸入する人が権利侵害を一切調査していないのです。これは非常に恐ろしいことです。

インターネットが発達し、仕入れも販売も、誰もが自宅にいながら手軽にできる時代になりました。しかし、いくらそうした部分が簡略化されたとしても、知的財産についての調査義務までが免除されたわけではありません。自分が輸入し、販売する商品が違法でないことを確認してから販売することで、日本で商売をする人として最低限の土俵に乗ることができるのです。

横井さんのお話にあるように、大企業ならばそうした調査は社内の法務部や知財部で行うことが多いです。もちろん重要な案件や複雑なケースでは、弁理士に調査委を依頼します。その調査費用は、ひとつの法律(さらにはその中で一つの主題)について、数十万円かかるのが普通です。商品によっては複数の法律や主題についての調査が必要な場合もあり、調査費用が数百万円になることもあります。こうしたコストを掛けるかどうかはともかく、いま日本で商品を販売するためには、そのような内容の調査をしなければならないのです。

知的財産権の侵害性の調査は、弊所でも行っています。ある商品を輸入・販売することが、他人の知的財産権を侵害しないか調査し、調査報告書を作成いたします。卸先の会社や店舗から、このような調査報告書の提出を求められることがあると思いますが、弁理士による知的財産権調査報告書は信頼感があり、大変ご好評をいただいています。

現在、お試しで、産業財産権四法(特許法・実用新案法・意匠法・商標法)の調査を、初回限定20万円で承っています(※平成27年9月末まで)。四法セットで20万円の価格は、業界標準の80-70%オフの大特価です。

万一販売後に侵害が発覚すると、訴訟対応で100万円単位のコストがかかります。できるだけ早い段階で調査しておくと、結果として安く済みます。重要な商品、大量生産する商品、大切な取引先に卸す商品は、是非知財調査を行うようにしてください。

海外在住の日本人の出願方法

日本での特許や商標の出願をできるのは、自然人または法人であれば、国籍によらず誰でもよいことになっています。ただし多少の例外があって、いわゆる内国民待遇を守らない国の国民の手続きには制限があります(特25条など)。

こうした例外はともかく、基本的には出願は国籍によらず誰でもできることになっています。つまり日本人や日本企業はもちろん、外国人や外国企業も日本へ特許や商標の出願ができます。

一方で、出願人の所在地によっては一定の制限があります。例えば外国人や外国企業が出願する場合は、特許管理人(一般には弁理士)によらなければなりません。同様に、日本人であっても日本国内に住所がない場合や、日本企業であっても日本国内に居所がない場合(追記:よく考えるとこのような日本法人はないように思われます)は、やはり特許管理人により手続きをする必要があります。

なお、特許管理士なる名称を用いている団体がありますが、何らの法的権原もないただの人たちです。

このように、日本国内に住所(居所)がない日本人(日本企業)が出願する場合は、特許管理人を設ければよいのですが、この場合は、願書に【国籍】の欄を設ける必要があります。要は国籍と住所が異なる場合は、【国籍】 の欄を設ける必要があるのです。

細かいことですが、この国籍欄、日本人の場合は「日本」とするのか、「日本国」とするのか、どちらでしょう。特許庁に電話で確認したことがあるのですが、よくわからないとのこと。「日本国」でいいのでは?というのでそう書いてみたのですが、出願ソフトに通すと強制的に「日本」に変更されてしまいます。要は「日本」とすべきなのですね。

話題がずれますが、中国の住所はどう書くべきなのでしょうか。当然漢字で書けますが、日本の漢字とは異なるものも多くあります。

結論としては、漢字でもカタカナでもOKです。漢字の場合は、日本の漢字にないものは特殊文字として扱われます。特殊文字は黒三角形で囲まれて、日本の漢字に強制的に直されることになっています。例えば

广州

▲広▼州

と表記されます。

弊所では、出願人さんの意向を確認した上で、あまりに▲が多くなる場合はカタカナで出願しています。結局はどちらが見やすいかという問題です。もちろん後から変更したいときには住所変更をかければOKです。

プロダクトバイプロセスクレームの権利範囲

プロダクトバイプロセスクレームの権利範囲の解釈について、遂に最高裁の判断がなされました。

プロダクトバイプロセスクレームとは、特許請求の範囲において、ある「物(プロダクト)」を特定するのにその物の製造方法(プロセス)を用いて記載されている発明をいいます。

例えば化学の分野では、その物質がどのような構造かよくわからない場合もあります。しかしどういう方法でその物質を作ればいいかはわかっていて、その物質の有用性も判明しているときは、その製造方法を記載することで物質を特定することが認められています。例えばAという方法で製造された物質Xのような記載方法が、化学や医薬の分野では認められているのです。

ただこの場合、その発明の権利範囲がどう解釈されるかが問題になります。つまり、Aという方法で製造された物質Xという記載で特定される物質Xについての特許発明がある場合に、Bという方法で製造された物質Xを製造する者があった場合に、これは特許権侵害となるのか否かという問題が生じるわけです。

この点については、下級審や学説で争いがありましたが、本日、最高裁により、特許権侵害となるという判断がなされました。

つまり、プロダクトバイプロセスクレームにおいて、記載されている製造方法(プロセス)は、単にその物質(プロダクト)を特定するための記載にすぎないという判断がなされたのです。

これにより、製造方法で特定するしかない物質にも、その製造方法に限定されない広い範囲まで権利が認められることになりました。製薬会社などにとっては、特許権取得に際しては、医薬の具体的構造を明らかにしなくてもその物自体が保護されるので、良いニュースとなるでしょう。一方で、他社に先行されている分野では、特許の内容を回避するために他の製造方法を探すことができなくなる可能性があり、その医薬自体が開発できなくなるリスクもあります。

というのが今日のニュースに関する表面的なお話です。ただ本当は、プロダクトバイプロセスクレームの解釈はまず審査段階か侵害段階かで判断基準が分かれて、さらにそれぞれにおいて、製造方法によらない(物同一説)か製造方法により限定される(製法限定説)かを分けて検討する必要があります。

審査段階では物同一説を採用することで事実上統一されていました(すなわちBという方法で製造された物質XはAという方法で製造された物質Xに対して新規性がない)が、侵害段階では判断が割れていました。なぜ割れていたかというと、侵害段階ではプロダクトバイプロセスをさらに真正プロダクトバイプロセス(物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため、製造方法によりこれを行っている場合)と不真正プロダクトバイプロセスクレーム(前記以外の場合)にさらに分けて判断されるからです。

本件は、高裁段階では不真正プロダクトバイプロセスクレームにあたると認定され、製法限定説が採用されていたものが、最高裁では一転して物同一説が採用されたものです。しかし、どのような前提のもとにこのような判断に至ったのか、いかんせん現段階でソースがニュース記事しかないので、わかりません。なので本判決の射程というか、先例的価値がどこまであるのか、ちょっとまだわかりません。記事からは「プロダクトバイプロセスクレームの権利範囲は特定される「物」の発明に常に及ぶ」というニュアンスを感じ取れますが、現段階でそう言い切るのは危険です。このあたりはいずれ情報が出揃ってから改めて解説します。

余談ですが、この判決を受けて、機械などの分野でもプロダクトバイプロセスクレーム風の請求項を書く事例が出てきそうで怖いです。公報を眺めているとたまに機械系でマーカッシュクレームを見かけますが、本来は化学系のクレーム記載方法ですよね。トレースしていませんが、ああいうのはあのまま特許になるんでしょうか・・・。

特許異議申立制度が復活しました

平成15年までは、日本の特許法には、商標法と同じように異議申立制度がありました。特許権の成立は公益に影響するため、審査官の判断の是非を広く世に問う目的でした。

ところが、異議申立をして失敗した場合に別途無効審判を請求する事例が多くあったため、権利者に大きな負担を強いることとなっており、かつ権利の安定性を過度に損なうという側面がありました。また、申立人には異議申立後に意見を述べる機会が設けられておらず、無効審判に比べて使い勝手が悪いという指摘もありました。そこで、平成15年の特許法改正で特許異議申立制度は廃止され、無効審判に一本化されました。

しかし、いざ無効審判に一本化されると、今度は逆に無効審判のデメリットが目立つようになりました。例えば、無効審判は原則口頭審理なため、当事者にとって負担がかなり大きいです(口頭審理は本当に大変です。機会があればどれだけ準備が大変で当日神経をすり減らすかご紹介します。)。また、無効審判は登録後であればいつでも、権利消滅後にさえ未来永劫請求でき、特許権者にとっては手間やコストの観点から負担が大きいという点も問題視されていました。そこで、昨年米国で特許異議申立制度が導入されたことに後押しされる形で、日本でも本制度を復活させることとしました。

今回復活した特許異議申立制度も、基本的にはかつてのものと同じです。ですが一部異なる部分もあります。これらを少し詳しく見ていきます。

■ 旧制度と共通の内容

1.申立人適格

何人も申立可能です。つまり自然人又は法人であれば、誰でも異議申立できます。公益的な観点から審査官の判断の是非を広く世に問う趣旨だからです。なお、権利能力なき社団も、代表者の定めがあれば、異議申立できます。

2.請求期間

特許公報の発行日から6月以内に限り、異議申立可能です。あまりに長い期間認めると権利が不安定になってしまうからです。

3.申立理由

公益的理由に限られています(新規性、進歩性、新規事項の追加、記載要件違反など)。冒認出願や共同出願違反などの権利の帰属に関するものは異議申立理由に挙がっていないので、無効審判で争う必要があります。

4.申立の単位

請求項ごとに申立可能です。なお、取り下げも請求項単位で可能です。

5.職権審理の可否

審判官は、申立しない理由についても審理可能ですが、申立されていない請求項について審理することはできません。

6.特許権者の対応

取消理由通知に対して、意見書及び/又は訂正請求書を提出することができます。意見書(訂正請求書)提出可能期間は、取消理由通知の発送から60日(在外者は90日)です。
複数回の訂正請求があった場合は、最新のものが採用され、先の訂正請求は取下げられたものとみなされます。この場合に、訂正の基礎となる明細書等は、設定登録時のものです。

■ 旧制度から変更となった内容

1.審理方式

書面審理のみ。旧制度では希望すれば口頭審理が認められることもありましたが、新制度ではすべて書面審理となります。ただし、希望すれば審判官との面接は認められるようです。

2.申立書の要旨変更補正

取消理由通知があった後は、要旨変更となる補正はできません。旧制度では、異議申立期間内であれば、要旨変更補正が認められていました。(要は要旨変更補正ができる期間が短くなりました。)

3.訂正請求があった場合の申立人の反論

特許権者が訂正の請求により特許請求の範囲を減縮した場合には、減縮された特許請求の範囲に対して意見を述べる機会が与えられます(取消理由通知の送付から30日(在外者は50日))。
旧制度ではこのような機会はなく、特許庁と特許権者のやりとりのみで審理が完結してしまっていました。

4.申立に要する費用

特許庁印紙代: 16,500円 + 2,400円×請求項数
弊所手数料:  250,000円 (+6,500円/追加請求項) + 150,000円 (+6,500円/追加請求項)(as成功報酬)
旧制度では、特許庁印紙代は 8,700円 + 1,000円×請求項数 だったので、約2倍に値上がりしたことになります(なお、弊所手数料は初期手数料を2万円、成功報酬額を12万円値引き致しました)。

異議申立制度が復活したことにより、競合他社の特許を潰す重要な機会がひとつ増えたことになります。

今後は、

  1. 審査段階での情報提供
  2. 権利付与後の情報提供
  3. 異議申立
  4. 無効審判

という選択肢の組み合わせで、特許を特許を潰す/維持する攻防が繰り広げられることになります。

異議申立は、基本的に特許庁と特許権者の間で手続きが進むため、他社の権利を潰したい場合には手間やコストの面で無効審判よりもかなり有利です。請求人適格に制限がない点も大きなメリットでしょう。このため、資金や人員を十分に割けない中小企業や個人にとって、自己の業務の安定のための強力なツールとなると思われます。

一方で、異議申立期間が限られているため、気が付いた頃には既に申立できないという事態もあり得るでしょう。競合他社の特許が成立したことを誰かが通知してくれるわけではないので、知らない間に重要な特許が成立していて、慌てて異議申立しようとしてももう申立期間が過ぎているということは十分考えられます。あるいは、異議申立しても登録維持の結論が出されることも当然あるでしょう。このような場合は無効審判で争うことになりますが、そのぶんコストが掛かりますし(ダブルで掛かる上に無効審判の方が高い)、無効審判は利害関係人しか請求できなくなったため、単に「競合他社の特許を潰したい」というケースでは請求できないことが多くなると予測されます。つまり、これまでは無効審判で争っていたケースも、今後は限られた期間で、異議申立一本で争わざるを得ないものがたくさん出てくるのです。

このような事態に備えて、出願段階から競合他社の特許出願情報をチェックし、出願状況をウォッチしておくことが重要になってきます。弊所ではそのような他人の特許出願を探しすお手伝い、そして、審査状況を定期的にモニターしてご報告するサービスを提供しておりますので、是非お気軽にお問い合せください。