Tag: 親告罪

2015年を振り返って

先程、食事をしながら池上彰さんの番組を見ていたら、「パクリ」の特集をしていました。

その中で、次の行為はパクリの観点から問題になるか?というコーナーがあり、

葛飾北斎の絵を大胆にアレンジして、商業的なイベントのパンフレットに使用する

という問題の答えが「問題にならない」でした。しかしこれは正しくないでしょう。

問題にならないとする根拠は、「葛飾北斎の死後50年経過しているので、既に著作権が切れているのだから、いまさら何をしようが構わない」というものでした。しかしこれはかなり雑な説明です。

たしかに、絵画(美術)の著作物についての著作権は、著作者の死後50年で保護期間が満了します(著51条2項)。しかしこれはあくまでも著作財産権についての説明であり、著作者人格権については別途考慮する必要があります。

著作者人格権のひとつである同一性保持権では、著作物の改変に一定の制限を課しています。具体的には、著作者の意に反する改変をしてはいけないことになっています(著20条)。

同一性保持権(著作者人格権)は一身専属的であり、譲渡(相続を含む)することはできません(著59条)。すなわち、著作者が死亡した時点で、同一性保持権は満了します。しかし、著作者の死後も、著作者が生きていたら著作者人格権の侵害となる行為は禁止されます(著60条)。従って、葛飾北斎の絵画を勝手に改変すると、著作者人格権を侵害する行為として問題になる可能性があります。

では実際にはどのように問題になるのでしょうか。

差し止めや損害賠償などの民事的な請求は、遺族しかできません(著116条)。遺族とは、死亡した著作者の配偶者父母祖父母又は兄弟姉妹をいうので、これらの者がすべて(多くの場合、最終的に孫)が死亡してしまったらもはや民事的な請求はできません。

一方で、刑事的な観点からは、事情が異なります。著作者の死後に、著作者が生きていたら著作者人格権の侵害となる行為(著60条)を行うと、500万円以下の罰金が課せられます(著120条)。しかも、これは遺族の告訴がなくても立件できます(非親告罪)(著123条反対解釈)。著60条には期間の定めがないので、結局、葛飾北斎の死後であっても、葛飾北斎が生きていたら意に反するであろう改変は未来永劫禁止され、これを勝手に行うと、検察により刑事訴訟を提起され、500万円以下の罰金が課せられてしまう可能性があります

番組では、葛飾北斎の絵を「そのまま利用して」パンフレットに使用する、という事例にすべきだったでしょう。

※もっとも、著作権法が存在しなかった江戸時代の絵画までが上記解釈になるかは、知りません。そもそも著作権(財産権・人格権ともに)が発生していないでしょうから、保護されることもないように思います。その場合は番組の解説のロジックもおかしいことになります。

さて、弊所は昨日(28日)で2015年の全業務を終了させていただきました。年明けは4日から業務開始いたします。なお、年末年始もメール・FAX・郵便でのお問い合わせは受け付けております。4日より順次対応いたします。

無事に年末を迎えられるのも、ひとえにクライアント様及び各方面のご関係者の皆様のおかげです。謹んでお礼申し上げます。

2015年を振り返って思うのは、今年は様々な「挑戦」の年でした。特に今年は、いろいろなご縁があり、個人や中小企業の方のご相談を受ける機会がかなり増えました。弊所はこれまで外国の大企業が主なクライアントであったため、初めて商標出願を行うようなお客様の出願を行うことにはあまり慣れておらず、ご迷惑をお掛けしてしまった部分もあったかもしれません。お詫び申し上げます。

おかげさまで、1年間の業務を通じて、そのような案件についても所内システムを構築することができ、いまではご相談〜出願〜登録まで、スムーズに運用できるようになりました。

また、ここ数年力を入れていた、模倣品対策事業も少しずつ形になってきました。特にECにおける模倣品対策では一定の実績を残すことができた点は、素直に自己評価したいと思います。来年はこの経験とノウハウを基に、より多くの権利者様のお手伝いをさせていただきたいと考えています。

来年も、もっと様々なことに挑戦し、皆様の貴重な資産である知的財産を適切に保護するお手伝いをして参る所存です。
より身近な特許事務所・弁理士となれるよう努力と工夫を重ねていくことをお約束して、2015年のご挨拶に代えさせていただきます。

DVDリッピングソフトのダウンロードURLをリンクした人が逮捕された事例

DVDリッピングソフトをアップロードした人と、そのサイトのURLを自己のWebサイトにリンクした人が逮捕及び書類送検されました。なかなか衝撃的なニュースなのですが、リンクを張る行為と著作権侵害の関係について考える良い事例となりそうです。

DVD Shrink とは?

市販やレンタルのDVDから、データをまるまる吸い出して、PC上のソフトで映像を再生したり、空のDVDメディアに書き込んで事実上DVDのコピーを作成するソフトのようです。

簡単に検索できるので提供サイト(オリジナル)のURLを掲載しておきますが、アクセスすると自動でダウンロードが始まるようですので、お気をつけください。なお筆者はMacを使用しており、OSが対応していないという警告が出たため、実際に何がどのようにダウンロードされるのかは未検証です。

http://www.dvdshrink.org/
アップロードした人

さてまず、アップロードした人の罪の内容を考えてみます。こちらは自己が運営するWebサイトにリッピングソフトの「DVDShrink日本語版」をアップロードして、そのサイトからダウンロードできるようにしていました。この人がどういう立場の人なのか、つまりDVDShrinkの製作者なのか単にそのコピーを配っていただけなのかはよくわかりませんが、記事を読む限り後者であるという印象を受けます(以下その前提で書きます)。

この人はリッピングソフトのコピーをダウンロードできるようにしていた行為が著作権侵害だと判断されたわけですが、現段階ではまだ逮捕及び書類送検されたのみで、著作権侵害(著作権法違反罪)の内容については詳細がわかりません。理論上は、以下の2つのケースが考えられます。

  1. 他人の著作物(コンピュータ・プログラム)を無断で複製及び公衆送信(可能化)したことによる、複製権及び公衆送信権の侵害罪(著119条)
  2. 技術的保護手段の回避を機能とするプログラムを公衆送信(可能化)したことによる罪(著120条の2第1号)
複製権及び公衆送信権親告罪の可能性

本件はおそらく、DVDShrinkを私的利用の範囲を超えて、著作権者(ソフト開発者)に無断で複製したり、それをアップロード(公衆送信可能化)していたものと思われます。それらの行為が、DVDShrinkについての著作権(複製権や公衆送信権)を侵害することは間違いないので、それを理由として逮捕された可能性もあります。例えば音楽や映画の違法コピーをWebサーバにアップロードした人が、著作権侵害を根拠に逮捕されることはこれまでにもありました。

ただ今回はこの可能性はあまり高くないと思います。複製権や公衆送信権を侵害する罪については、親告罪となっています(著123条1項)。今回はDVDShrinkという、ある意味違法行為に利用されるソフトの著作権が侵害されているわけですが、そのようなソフトの著作権者の告訴を警察が要求するとは考えづらいです。なお親告罪は著作権者からの告訴がなければ公訴が提起できない(検察が刑事裁判を起こせない)だけで、警察が逮捕する段階では公訴は必要ありません。著作権者侵害罪については、警察の判断で逮捕をして、警察は、著作権者からの告訴を待たずに、告訴の意思確認のみで逮捕をして(2015.09.12修正//ご指摘頂いた方、ありがとうございます)その後著作権者に告訴を依頼するという運用が実際に採られています。

著120条の2第1号の罪である可能性

市販の(レンタルを含みます)DVDには、コピープロテクトがかけられていることがほとんどです。このようなDVDを個人的に保存する目的でリッピングする行為は、以前は私的利用(著30条1項)の範囲であれば複製権侵害とはなりませんでしたが、2012年の著作権法改正により、複製権を侵害することとなりました(著30条1項2号)。

そして、リッピングソフトなどを提供した人には、刑事罰が科せられることになりました。

著作権法第120条の2第1項
次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一  (略…)技術的保護手段の回避を行うことをその機能とするプログラム(…略…)を公衆送信し、若しくは送信可能化する行為(…略…)をした者

この罪は親告罪ではないので、著作権者がどのような者であるかを考慮する必要はありません(権利者に告訴の協力を依頼するまでもなく検察が勝手に起訴すればいいのです)。今回はこの条文が初めて適用されたという報道がなされており、実際にそうなのだと思います(本当に初めてなのかは調べていなのでわかりませんが)。これまでリッピングソフトの譲渡は不正競争防止法違反として対応していました。今回改正後の条文が初めて使われたということで、(あくまで立件されていない段階ですが)先例的な価値があると言えそうです。

余談ですが・・・

実際に適用された事例を見て、著120条の2第1号が改正された意義は大きいと感じます。

もしこの条文がなければ、従来のカラオケ法理を利用して判断するしかないケースでしょう。しかしDVDのリッピングは、複製権侵害として損害賠償などの民事上の責任は負うものの、刑事罰の対象とはなっていません(著119条1項括弧書)。

とすると、(カラオケ法理を適用したときにリッピングソフトの提供が間接侵害なのか直接侵害なのかで議論はあるでしょうが、いずれにせよ)直接侵害をするエンドユーザの行為が刑事罰の対象ではないのに、リッピングソフトを提供する者だけが刑事罰の対象となるとするのは、刑法の原則からみて容易には受け入れられない解釈だと思われます。なのでこの条文を設けておく価値があるのだと思います。

リンクを張った人

今回の事件で何よりも大きな衝撃があるのは、このWebサイトにリンクを張った人(3人)までもが逮捕されていることです。

事案の概要としては、逮捕された3人のうち1人はDVDコピー関連本を出版する出版社の従業員であり、他の2人は編集プロダクションの従業員であるようです出典。彼らはDVDのコピーに関する本を出版しており、そこにDVDShrinkのダウンロードができるURL(本件とは無関係)を掲載していました。ところがそのサイトがDVDShrinkのアップロードを中止したため、DVDShrinkのダウンロードができる他のサイト(本件)のURLを発見し、自社のWebサイトからリンクを張っていました。この行為が、著作権法違反を幇助するとして逮捕されました。

幇助というのは、正犯の実行行為が前提となっています。上述のとおり、エンドユーザがDVDShrinkをダウンロードしたり使用したりすることに刑事的な違法性はないので、複製権や公衆送信権の侵害を幇助したわけではないでしょう。となると、もともと存在したWebサイトにリンクを張る行為が、そのサイトでのDVDShrinkの公衆送信を手助けすると警察は判断したと考えられます。リンクを張ることによって公衆送信する相手が増えることは間違いないでしょうから、その事実をもって著120条の2第1号の罪の幇助となるというと警察は考えているわけです。

今後は違法サイトにリンクを張ると逮捕されるのか?
従来の議論とのギャップ

本件は特殊なケースだと考えられます。なぜならば、従来「リンクを張る行為が著作権侵害罪(の幇助)となるか」という議論は、アップロードが違法である場合に、その違法行為を幇助するかという文脈でなされてきたものだからです。今回は、上述のとおり著作物をアップロードするという行為そのものは、(違法ではあるものの)逮捕の根拠とはされていないと思われます。今回はコピープロテクトを回避するという、特殊なソフトをアップロードした行為が正犯として問題となり、その配布サイトにリンクを貼る行為はそれを幇助するので従犯となるという、特殊なケースだと思われます。

従って、違法コピーを配布するサイトにリンクを張ったとしても、ただちに本件と同様の判断がなされるとはいえません。

この点については、リンク(直リン)を張っても著作権侵害罪の正犯とはならないという見解が、経済産業省により示されています(p.122)。

また、従犯となるかについては、リンクの埋め込みに関する事例ですが(そして民事ですが)、以下の裁判例があります。

これによると、

  1. 著作権者の明示又は黙示の許諾なしにアップロードされていることが,その内容や体裁上明らかではない著作物であり
  2. リンク先が違法アップロードであることを認識し得た時点で直ちにリンクを削除する

場合には、幇助とはならない旨が示されています。

逆にいうと、明らかな違法アップロード(映画やゲームのコピー)に直リンを張ると、著作権侵害の幇助となる可能性があるといえます。

TPPで非親告罪化されると・・・

TPP交渉では、著作権侵害罪の非親告罪化が議論されているようです。非親告罪化されても「コミケに警察が踏み込んで・・・」のような議論は杞憂に過ぎないと思いますが、違法コピーにリンクを張る行為が受ける影響については認識しておく必要があると思います。

現在は、著作権侵害(複製権・公衆送信権の侵害の罪)は、親告罪です(著123条1項)し、正犯に対する告訴は従犯にも効力が及びます(刑訴238条1項)。逆にいうと、著作権侵害罪では、従犯は正犯または従犯そのものが告訴されない限り、刑事罰の適用を受けることはありません。

しかし、これが非親告罪となると、違法コピーへのリンクを張る行為(従犯)についても、検察は告訴を待たずに起訴することができるようになります。そうすると、警察も「違法コピーへのリンクを張った」ことのみを対象として逮捕しやすくなる可能性があります。

デジタル時代の著作権

これだけデジタル化が進むと、多くの著作物が非常に容易に、違法にコピーされ、それが一瞬で世界中にばら撒かれてしまいます。現在の著作権法は明治時代に作られたものをベースにしていて、いろいろな部分で現代社会の実情に対応できていません。

その中で、学説や裁判例の積み重ねにより、カラオケ法理をはじめ「できるだけ上流で」侵害責任を問うような法律解釈が発展してきましたし、パッチ当て的ですが法改正もなされています。今回は法改正が効果的に機能した例と言えると思います。今後も本件のような新しい事件が次々と出てくると思います。そういう意味で著作権の世界は激動のさなかにあり、非常に面白いです。