日本最大の掲示板群である2ちゃんねるの元管理人、西村博之氏が『2ちゃんねる』の商標登録に成功したようです(不服2015-3736、商願2014-23406の拒絶査定不服審判事件)。
この情報を知ったとき、もしかして特許庁は西村博之氏を2ちゃんねる(2ch.net)の所有者と認めたのか?とも思いました。というのは、ひろゆき氏は2ちゃんねるの帰属をめぐって訴訟を抱えているというニュースが頭の片隅に残っていたからです。
しかしながら、結論からいうとそういうことではなかったようです。審決の内容を紹介します。
事案の概要としては、ひろゆき氏が、
第38類「電子掲示板による通信及びこれに関する情報の提供」等
第42類「インターネット又は移動体通信端末による通信を利用した電子掲示板用のサーバの記憶領域の貸与及びこれに関する情報の提供」等
を指定して、
『2ch』
なる商標(標準文字)を出願したところ、当該商標は他人の周知な商標である『2ちゃんねる』と類似するので、商標法4条1項10号に該当して登録できないという理由により拒絶査定が出されていたところ、これを不服として拒絶査定不服審判を請求したものです。
商標法4条1項10号は、他人の周知な(未登録)商標と同一又は類似の商標は登録することができないという規定です。これは、(1)有名な商標は、無関係の人が商標登録すると需要者が出所の混同をしてしまう、(2)ある程度有名になった商標には他人の商標登録を阻止する権利を認めるべき、という理由で設けられている規定です。
つまり、審査官は、『2ちゃんねる』という商標が周知であるという前提に立って、(1)もしひろゆき氏が2ちゃんねると無関係ならば、商標登録を認めると需要者は2ちゃんねるの提供者がひろゆき氏だと勘違いしてしまう、(2)2ちゃんねるの提供者は、無関係なひろゆき氏の商標登録を阻止する権利がある、という理由で商4条1項10号に該当すると判断して、拒絶査定としたものです。
ところが、商4条1項10号の適用があるのは、その商標出願の出願時及び登録時の両方で商標が周知である場合に限られます(商4条3項)。審判ではこれがポイントになりました。
審決では、
- 1999年にひろゆき氏が2ちゃんねるを開設したこと
- 2009年に「PACKET MONSTER INC.(パケットモンスター社)」に譲渡されたこと
- ただし、パケットモンスター社はペーパーカンパニーであり、法人の実質的な管理者はひろゆき氏であったこと
- 2014年3月5日には、2ちゃんねる(2ch.net)の管理者は「Race Queen,Inc (レースクィーン社)」に変更となっていたこと
- 2014年4月に、ひろゆき氏が新2ちゃんねる(2ch.sc)を開設したこと
- そしてその事実は周知となっていたこと
その上で、
平成26年2月 | レースクィーン社が「2ch」の文字の使用を開始(2ch.netの運営がレースクィーン社に移転) |
平成26年3月 | 本件商標登録出願 |
平成26年4月 | ひろゆき氏が新2ちゃんねる(2ch.sc)を開設 |
という事実関係ではあるが、レースクィーン社が「2ch」の文字を使用している期間は非常に短いため、「2ch」の周知性獲得におけるレースクィーン社の貢献度は極めて低く、むしろひろゆき氏の貢献度が非常に大きい、という認定がなされています。
すなわち、たしかに現在の「2ch.net」の所有者はレースクィーン社だが、これを周知にしたのはひろゆき氏であり、出願時及び査定時(審決時)の両方、あるいは少なくとも一方において、「2ch」が他人の=レースクィーン社の周知な商標とはいえない(=ひろゆき氏本人の周知な商標である)、と判断されました。
要は、少なくとも出願時(平成26年3月)には、「2ch」はひろゆき氏のものとして周知だったので、商4条3項の規定により、商4条1項10号には該当しない、とされたものです。
これは少し特殊なケースといえそうです。
出願時には「2ch.net」の運営権はレースクィーン社に移っており、周知性も獲得していました。そしてレースクィーン社は「2ch.net」の運営を引き継ぎ、実際に商標を使用してサイトを運営していました。にもかかわらず、その段階では、その商標が示す出所はひろゆき氏であったと認定されています。
10号が適用される場合でも、多くのケースではこのような論点は発生しません。なぜなら、事業の譲渡人(本件ではひろゆき氏)と譲受人(本件ではレースクィーン社)のいずれとも無関係の第三者が出願した場合は、譲渡人・譲受人のいずれもその第三者にとっては「他人」に当たるため、出願時にその商標が譲渡人・譲受人どちらの商標として周知だったかを議論する必要などなく、「他人の周知な商標に類似する」と言ってしまえるからです。
今回は、事業の譲渡がなされたにもかかわらず(※もっともその譲渡の合法性が争われていますが)、譲渡人が商標登録を取得しようとしているという特殊な事情があります。特許庁の立場からは、譲渡の合法性の判断のために商標登録(出願)を利用されているという側面がありますが、そのような判断をするのは専門外なので、できるだけ避けたいところでしょう。なので形式的に「他人」かどうかという部分で判断したのだと思われます。
ただし、特許庁の論理によれば、仮にレースクィーン社が『2ch』等を出願していたとしても、登録を受けられないことになります。また、レースクィーン社には先使用権も認められないでしょうから、今後ひろゆき氏が商標権を行使したら、レースクィーン社は「2ch」や「2ちゃんねる」等の商標を使用できなくなるでしょう。これがネット社会に与える影響は大きいと思います。(※ただし運営権の譲渡が適法であった場合などには、権利濫用の法理で権利行使が認められない可能性もあります。)
契約により周知商標に係る事業を譲り受けたとしても、その商標が登録されていない場合は、譲受人は商標登録を受けることができず、さらに、譲渡後に元の事業者が商標登録してしまった場合には、譲受人はその商標を継続して使用できないことになってしまうのでしょうか。事業が継続して運営されており、運営者が変更となったのみならば、運営権とともに周知性も引き継がれたと解するのが素直なようにも思います。客観的にみれば確かに出願時にはひろゆき氏の商標として周知だったのでしょうが、事業譲渡されたあとに、譲受人との関係でもそのように評価すべきかは、議論があってもいいように思います。
もっとも、本件はドメインの乗っ取りや経営権の違法な獲得などが争われている特殊なケースなので、これらの事情が審決に何らかの影響を与えた可能性はあります。特許庁はドメイン乗っ取りなどについてはほとんど何も判断せず、事実のみを淡々と認定している印象ですが、もしそうした特殊な事情が審決に影響を与えているのであれば、多少でも言及してほしいところではありました。
※なお、商願2013-008081についても、同様の拒絶査定不服審判が請求されています。こちらの行方も気になるところです(まだ審決は出されていないようです)。
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